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第二部 宰相閣下の謹慎事情

395 日本食への道も一歩から

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 私が名物料理を片っ端から味見したいと言ったのもあってか、ほぼほぼ統一性のない料理が一度に机に並べられる事になってしまった。

 最初に目についたのは、ボウルに入った白くドロドロとした液体状の食べ物だったので、すわお粥か⁉と一瞬テンションが上がりかけたんだけど、よくよく聞いてみると、エールになる穀物を使っているとの事だったので、どうやら大麦のオートミールらしいと、ちょっとガッカリ。

 塩漬けされた魚――どうやらニシンっぽい――と併せて食べるらしく、それはバリエンダール国内では割とポピュラーな庶民食としての朝ごはんらしかった。

 その隣には、調理前の物を見せて貰ったところ、バリエンダール国内では「アラタロ」として知られている、どう見てもジャガイモと、大麦粉を使って作られたチャパタ的なサイズの、鮭っぽい魚の燻製やらチーズやら、一枚ごとに色々な食材が乗せられた、オープンサンド式のパンが置かれていた。

 他にも、オートミールよりはやや固めの粒状になった大麦をベースにした雑穀野菜サラダもどきや、何の魚かは良く分からないまでも、焼かれた白身っぽい魚の上にハーブが乗っているのやら、それの鮭もどき版もあった。

 そこまでが海の幸料理で、バリエンダール王都では割とポピュラーな料理だと言う事だった。

『あと、こちらのテーブルにあるのが、川の幸や大地の恵みを利用した、内陸や北方方面で食べられている料理なんです』

 鱒っぽい魚は香辛料とオイルに漬け込まれ、低温で加熱されているらしい。
 食べなくとも、不味い筈がないと言うのが分かる見た目だ。

 少数民族ハタラ族が使用すると言う言葉を話すこの女性は、名前をチェーリアと言うらしい。

 それから…と続いて紹介された魚の形状に、思わず目を丸くしてしまった。

『あ、え、ウナギ⁉』

 テオドル大公やマトヴェイ外交部長なんかは、その見慣れない形状に目を瞠っているけれど、私には分かった。

 ――燻製になったウナギモドキが、そこにある。

『あ、そちらの言葉ではそんな風に?ハタラでは「アングイラ」と言うんですが……でも、ご存知なんですね?王都ですら珍しいと聞いていたのですが』

『あっ、え、ええ。私が以前に住んでいた国で見た事あります。ただ、調味料は今のところ原材料がどうやっても手に入らないので、食べるとしたら白焼きかな…と』

『しろやき?』

『えーっと…腹開きしちゃって、切り身にして、串に刺して焼いて、塩で食べる食べ方です』

 蒲焼なら背開きに蒸し作業を追加して…となるだろうけど、ここでもみりんや醤油の壁が立ちはだかって、タレが作れない。

『……初耳です』

『この見た目だと敬遠されがちなところもありますし、腹開きして焼いてしまうのもアリだと思いますけどね?』

 そのままの燻製と言うのは、結構斬新だ。
 逆に日本では見た事がない気がする。

『こちらの、稚魚のオイルソテーはまだ需要はあるんですけど、燻製はなかなか皆さん馴染みがないみたいで……。今度の仕入れの際に、燻製になる前にそれが出来ないか聞いてみようかしら』

『それで売れそうとなったら、相談に乗りますよ』

 蒲焼もひつまぶしも出来ないけど、塩がけだけでも少なくともシャルリーヌは喜ぶ。
 …ちょっと、いやかなりマニア受けかも知れないけど。

「うむ。切り身にした方が良かろうよ」

 バルトリに通訳されたらしいテオドル大公の声も聞こえているので、やっぱりニョロニョロとした見た目は、忌避されがちなのだと、ちょっと納得した。

『こちらは生の段階で砂糖と塩を揉みこんで一晩寝かせてある川魚の身をベースにして、茹でて潰したアラタロと野菜を交互に積み重ねて、エプレを使った調味料を少し混ぜてあるんです』

 見た目には、サーモンとポテトのミルフィーユ…と言ったところで、盛り付け的にも前菜に出来そうな見た目だった。

『‼』

 そして一口食べたところで、私は思わず目を大きく見開いてしまった。

『りんご酢――‼』

 周囲でさえ、ギョッとしたほどである。

『りんご!あ、違う。エプレって言った?え、貴女の故郷はエプレ沢山収穫出来るの?』

『え…あ…その、根底にあるのはあくまでカラハティの遊牧なんですけど、なかなかそれだけではって言う話になって、一部の人間が定住して栽培を始めるようになって、最近たまたま出来た調味料なんですけど……あ、こっちのお肉が、そのカラハティのお肉なんです。エプレの調味料に漬け込んで、柔らかくしてから焼いてあって――』

『――チェーリアさん!』

『ひゃいっ⁉』

 私の勢いに、噛み噛みでドン引いているっぽかったけど、それどころじゃなかった。

『うん、イケるイケる!生の魚は王都の外へは持ち出しづらいけど、アングイラの白焼きとエプレの調味料はイケるよ!特にエプレの調味料は、上手くすれば牛乳と併せての飲料にも出来るし、もっとパンを柔らかくする事だって出来るし、化けるよ!』

 どうやらまだ、長らく放置でもしてあった偶然の産物でりんご酢が出来たっぽいけど、その酵母が安定して作れるようになれば、ワインやビールにだって、酵母部分を活かしてのビネガー作りが出来るかも知れない。

 米酢や日本酒への道のりは遠いにしても、ビネガー自体は料理の幅が大幅に広がる。

 もしかすると、ワインや大麦の産地では、出回っていない、あるいは捨てられている「お酢の素」はあるかも知れないけど、北部地域で主要な収穫が出来ると言うリンゴのビネガーなら、まだ今から市場に入れるだろうし、どこも脅かさない筈だ。

『まずは民族衣装――と言うか小物雑貨の部分で費用を稼いで、調味料の安定供給を目指しましょう!調味料なら北部から運んで来てもすぐには腐りませんし、香辛料と同様に他国にだって持ち出せます!あ、ちなみにこのアラタロと魚と野菜の組み合わせですけど、この調味料さえあれば、他の海の幸でも作れますからね?』

 甘エビとかホタテとか、ミルフィーユ状に出来る素材なら他にもあるのだ。

『あ、他の貝とか魚とかあります?試しに作ってみますか?』

 少なくとも甘エビっぽいのは、さっき散らばってしまった素材の中にあった。
 身だけ取り出して、ちょっと細かく叩けばすぐに出来る筈。

 厨房の料理人が、キョトンとしながらも、既にある料理のアレンジだと言う事で、すぐにそれを試作してみてくれた。

『………美味しい』

 うん、想像通りの味。
 とは言え、恐らくは初見の他の皆様方は、驚いたように、だけど全員がそれを完食していた。

「うむ。これは盛り付け方次第で高位貴族の食事にも出せるな。あるいは酒場でワインと共に味わうのも良さそうだ」

 ウナギにちょっと引き気味だったテオドル大公も、前のめりになって頷いている。

「確かにこれであれば、既存の市場は香辛料にせよカラハティにせよ、どこも脅かすまい」

「紅茶への匂いづけや、香り袋にする事なんかは、もしかしたら他の地域でもあるかも知れませんけど、多分この調味料なら、まだ勝負に出られると思うんですよね」

 リンゴであろうとなかろうと、何分まだ安定して「酵母」を作る事が出来ていない筈だ。

「ハタラ族なり周辺部族なりの代表の方と、それぞれ会って話す必要はあるのかも知れませんけど、何ならクヴィスト領内の乳牛家とか、スヴェンテ公爵領の養羊家の中から、バリエンダール北部でリンゴ栽培に賭けてみたい人はいないか、聞いてみても良いかなとは思ってるんですけどね」

 バリエンダールで漁業となると、壊血病やら時化による転覆やら、色々と心配な事は出てくる。
 まだ定住であるリンゴ栽培の方が、気持ち的には安心なんじゃないだろうか。

 ただこればかりは、トップに立つ人間が排他的民族主義でない事を願うばかりだけど。

 私とテオドル大公との会話を、バルトリが今度はチェーリアさんに通訳している。

 それを聞いて、今度はチェーリアさんの方が大きく目を見開いていた。

「――その話」

 ただ、チェーリアさんが何かを言いかけるより先に、背後から別の男性の声がこちらへと投げかけられてきた。

「私が代表で詳しく聞こう」

 全員が弾かれた様に声のした方を振り返り、ウルリック副長やベルセリウス将軍が、こちらを庇うようにさっと前に立った。

其方そなた……その恰好は……」

 とは言えテオドル大公は、相手が誰かすぐに分かったらしい。

 私もベルセリウス将軍の背中から、そっと顔だけを声の主の方へと出した。

「これが私の正装なんですよ――テオドル大公殿下」

 そこには、色と柄が若干異なるものの、同じ少数民族衣装を身に纏ったジーノ・フォサーティ宰相令息が、あくまでにこやかに佇んでいた。
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