聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
343 / 804
第二部 宰相閣下の謹慎事情

393 タダより高いものはない

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 翌朝。

 魚にしろ野菜にしろ肉にしろ、王都内に点在する市場マルケッティが開く時間と言うのは、朝早めではあるけれど、こちらが思う程に早朝オープンと言う訳ではなかった。

 と言うのも、その日水揚げされた魚はまず、王族や王宮内で働く多くの人々の為に納められて、その残りが市場で売られると言った仕組みが取られているから…と言う事らしい。

 おかげで、朝の4時とか5時とかからセリに行くと言ったイメージに囚われず、ちょっと早めに朝食を――くらいの時間に出かける事が出来た。

 とは言え。

「焼け石に水だったかなぁ……」

 テオドル大公にマトヴェイ外交部長、私とそれぞれの護衛で合計10人。
 更に「ユングベリ商会従業員」としてバルトリ、シーグ、リックがいて、市場の中をねり歩いているのだ。

 いくら他にも客と思しき人々がいようと、そもそも190cm超えのベルセリウス将軍がまず目立つ。

 そこからテオドル大公とマトヴェイ外交部長に視線が向けば、まず間違いなく「護衛までいて、どこの貴族王族のお忍びか」となる。

「いや、王宮用の正装よりは遥かに良いと思いますよ」

 そう言いながら、この市場には既に何度か来ていると言うバルトリが、先頭に立って私を案内してくれている。

 広さとしては、テレビで見た札幌場外市場が近いような気がする。

 アンジェスの王都中心街で年始を挟んで開かれる露店は所謂「青空市」だそうだけど、バリエンダール王都にあるこの市場は、ちゃんと建物があって、屋根がある常設市場だ。

 店舗数としては、食事をする処も含めて60店舗弱あるんだとか。

「せいぜい地方から出て来て、孫の王都観光に付き添っている…くらいにまではなっているかと」

 バルトリの苦笑に、私も「やっぱ、そうなるかぁ…」と同じく苦笑が洩れてしまう。

「まあ、今更仕様がないよね。それでバルトリ、寄って欲しいお店って、こっち?」

 市場に入る前、さてどこに行こうかと中に目を凝らした時に、バルトリが「立ち寄って欲しいお店があります」と言ったのだ。

 民族衣装を提供してくれた人物が、貸与に関しての代金は不要なので、その代わりに一軒、指定する店舗に立ち寄って欲しいとの話があったんだそうだ。

 ああ、やっぱり「進呈」ではなく「貸与」なんだな――と、そこに民族の誇りを垣間見た気がした。

 とは言え、着て歩いてこその洋服なので、散策中の汚れなんかに関しては気にしなくて良いとの話もあったらしいので、ある程度柔軟な考えを持つ人物である事は間違いないんだろう。

 もともと市場の見学に来た訳だから、立ち寄って食事をするなり何か買物をする事が衣装の対価と言うなら喜んで…と、テオドル大公にも断りを入れた上で、まずはそのお店に行ってみる事にした。

「ええ、申し訳ないですが一番奥になりますので、よければそれまでに他に寄ってみたいお店があれば、頭に留め置いていただければ、後ほど――」

 そう言ってバルトリが前方を指差したところで、その先から、明らかに「揉め事が起きています」と分かる、木箱がひっくり返る音と、怒号とが聞こえてきた。

「なんだ、ケンカか?」

 多分ベルセリウス将軍にとっては、領防衛軍なんかにいればしょっちゅうあるような事で、あまり慌てたりはしないのかも知れない。

 ただ私は、ちょっとイヤな可能性にぶち当たってしまい、思わずこめかみが痙攣ひきつるのを感じた。

「――バルトリ」

 エドヴァルドにはまるで及ばないものの、ちょっと低くなるよう意識して声を出してみれば、バルトリにはフイッと顔を逸らされてしまった。

「なるほど。アレの仲裁も衣装代の内なのね?」

「いえ…その…もしかしたら、そう言った事も起きるかも知れない、としか聞いていなかったんですが」

「ああ、そう。まあじゃあ、店主さんにはあとで話を聞くから、止めるのは自分でやってね?」

「双子は借りても?」

「ハイハイ、ユングベリ商会として対処するってコトね。分かりました、許可します」

 ポンポンと進む私とバルトリのやり取りに「レイナ嬢?」と、後ろからウルリック副長が近づいて来た。

「大丈夫です、副長。どうやら衣装代としてお金を落とす筈だったお店で揉め事が起きているみたいなんですけど、料金に入っていたみたいなので、バルトリと双子シーグリックに行かせます」

「それは……」

「過剰な戦力を投入して、お店が壊れちゃっても困るので、まずは三人に行かせます。手に負えなそうとなったら、お手伝いをお願いしても?もしくは、形勢不利になって逃げようとする雑魚がいたら押さえていただくとか」

 その間に「美味いサカナを食いに来ただけなのに…」とか愚痴るリックを引きずるように、バルトリがシーグも連れて先行する。

 それを見たウルリック副長も「まあ…では仰るように、とりあえず、逃げようとするのがいたら押さえますか」と、前方に目を凝らしながら頷いた。

「レイナ嬢は少し下がっていて下さい。彼らの捕縛をすり抜けたヤツがこちらへ駆けてこないとも限りませんしね」

 何気なく後ろを見れば、テオドル大公の前にはベルセリウス将軍とマトヴェイ外交部長が立っているので、そっちは大丈夫そうだと、私はウルリック副長の後ろに付いた。

「それにしても周囲の店が皆遠巻きに見ているだけで、警備を呼びに行ったりとか、動く様子がないので、もしかしたら今回が初めての揉め事じゃないのかも知れませんね」

 ウルリック副長の言葉に、一瞬だけ周囲を見渡してみれば、確かに誰も、積極的に怒号の先に駆け付けようとはしていない。

 むしろ「ああ、まただよ…」とか「仕方ないよ。どこかのエライお貴族様がバックに付いているんだろう?」とか囁かれている声をうっかり耳にしてしまって、私は思わず足を止めてしまった。

「レイナ嬢?」

 私の変化に目ざとく気付いたウルリック副長が声をかけてくれたけど、結局、今の声がどこから発せられたものなのかを特定が出来ずに、それ以上を詳しく探る事が出来なかった。

「……副長」
「どうされました」
「どうも、地上げか乗っ取りか、何かしら物騒な話が、この市場には以前からあるみたいですね」

 なるべく周囲には聞こえづらいボリュームで話をしてみれば、聞こえたのはウルリック副長だけだったらしい。

 答える代わりに軽く目を瞠っている。

「だから、誰も動かない。手を貸せば、次は自分たちの方に矛先が向くかも知れないって、皆戦々恐々としてる。しかも実働部隊とは別に、この国の「お貴族様」とやらも背後にいるっぽい」

「――それは」

「タダより高いモノはない、ってよく言ったものですよ、ホント。ああ、私の国のことわざなんですけどね?」

 言い得て妙過ぎて反論も出来ませんね、とウルリック副長も苦笑いだ。

「副長……リックの『美味いサカナを食いに来ただけなのに』って言うさっきの言葉、私も心から賛同します」

 これは確実に「何か」に巻き込まれた。

 ……どうしてこうなった。
しおりを挟む
感想 1,417

あなたにおすすめの小説

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

病弱な愛人の世話をしろと夫が言ってきたので逃げます

音爽(ネソウ)
恋愛
子が成せないまま結婚して5年後が過ぎた。 二人だけの人生でも良いと思い始めていた頃、夫が愛人を連れて帰ってきた……

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。