聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

393 タダより高いものはない

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 翌朝。

 魚にしろ野菜にしろ肉にしろ、王都内に点在する市場マルケッティが開く時間と言うのは、朝早めではあるけれど、こちらが思う程に早朝オープンと言う訳ではなかった。

 と言うのも、その日水揚げされた魚はまず、王族や王宮内で働く多くの人々の為に納められて、その残りが市場で売られると言った仕組みが取られているから…と言う事らしい。

 おかげで、朝の4時とか5時とかからセリに行くと言ったイメージに囚われず、ちょっと早めに朝食を――くらいの時間に出かける事が出来た。

 とは言え。

「焼け石に水だったかなぁ……」

 テオドル大公にマトヴェイ外交部長、私とそれぞれの護衛で合計10人。
 更に「ユングベリ商会従業員」としてバルトリ、シーグ、リックがいて、市場の中をねり歩いているのだ。

 いくら他にも客と思しき人々がいようと、そもそも190cm超えのベルセリウス将軍がまず目立つ。

 そこからテオドル大公とマトヴェイ外交部長に視線が向けば、まず間違いなく「護衛までいて、どこの貴族王族のお忍びか」となる。

「いや、王宮用の正装よりは遥かに良いと思いますよ」

 そう言いながら、この市場には既に何度か来ていると言うバルトリが、先頭に立って私を案内してくれている。

 広さとしては、テレビで見た札幌場外市場が近いような気がする。

 アンジェスの王都中心街で年始を挟んで開かれる露店は所謂「青空市」だそうだけど、バリエンダール王都にあるこの市場は、ちゃんと建物があって、屋根がある常設市場だ。

 店舗数としては、食事をする処も含めて60店舗弱あるんだとか。

「せいぜい地方から出て来て、孫の王都観光に付き添っている…くらいにまではなっているかと」

 バルトリの苦笑に、私も「やっぱ、そうなるかぁ…」と同じく苦笑が洩れてしまう。

「まあ、今更仕様がないよね。それでバルトリ、寄って欲しいお店って、こっち?」

 市場に入る前、さてどこに行こうかと中に目を凝らした時に、バルトリが「立ち寄って欲しいお店があります」と言ったのだ。

 民族衣装を提供してくれた人物が、貸与に関しての代金は不要なので、その代わりに一軒、指定する店舗に立ち寄って欲しいとの話があったんだそうだ。

 ああ、やっぱり「進呈」ではなく「貸与」なんだな――と、そこに民族の誇りを垣間見た気がした。

 とは言え、着て歩いてこその洋服なので、散策中の汚れなんかに関しては気にしなくて良いとの話もあったらしいので、ある程度柔軟な考えを持つ人物である事は間違いないんだろう。

 もともと市場の見学に来た訳だから、立ち寄って食事をするなり何か買物をする事が衣装の対価と言うなら喜んで…と、テオドル大公にも断りを入れた上で、まずはそのお店に行ってみる事にした。

「ええ、申し訳ないですが一番奥になりますので、よければそれまでに他に寄ってみたいお店があれば、頭に留め置いていただければ、後ほど――」

 そう言ってバルトリが前方を指差したところで、その先から、明らかに「揉め事が起きています」と分かる、木箱がひっくり返る音と、怒号とが聞こえてきた。

「なんだ、ケンカか?」

 多分ベルセリウス将軍にとっては、領防衛軍なんかにいればしょっちゅうあるような事で、あまり慌てたりはしないのかも知れない。

 ただ私は、ちょっとイヤな可能性にぶち当たってしまい、思わずこめかみが痙攣ひきつるのを感じた。

「――バルトリ」

 エドヴァルドにはまるで及ばないものの、ちょっと低くなるよう意識して声を出してみれば、バルトリにはフイッと顔を逸らされてしまった。

「なるほど。アレの仲裁も衣装代の内なのね?」

「いえ…その…もしかしたら、そう言った事も起きるかも知れない、としか聞いていなかったんですが」

「ああ、そう。まあじゃあ、店主さんにはあとで話を聞くから、止めるのは自分でやってね?」

「双子は借りても?」

「ハイハイ、ユングベリ商会として対処するってコトね。分かりました、許可します」

 ポンポンと進む私とバルトリのやり取りに「レイナ嬢?」と、後ろからウルリック副長が近づいて来た。

「大丈夫です、副長。どうやら衣装代としてお金を落とす筈だったお店で揉め事が起きているみたいなんですけど、料金に入っていたみたいなので、バルトリと双子シーグリックに行かせます」

「それは……」

「過剰な戦力を投入して、お店が壊れちゃっても困るので、まずは三人に行かせます。手に負えなそうとなったら、お手伝いをお願いしても?もしくは、形勢不利になって逃げようとする雑魚がいたら押さえていただくとか」

 その間に「美味いサカナを食いに来ただけなのに…」とか愚痴るリックを引きずるように、バルトリがシーグも連れて先行する。

 それを見たウルリック副長も「まあ…では仰るように、とりあえず、逃げようとするのがいたら押さえますか」と、前方に目を凝らしながら頷いた。

「レイナ嬢は少し下がっていて下さい。彼らの捕縛をすり抜けたヤツがこちらへ駆けてこないとも限りませんしね」

 何気なく後ろを見れば、テオドル大公の前にはベルセリウス将軍とマトヴェイ外交部長が立っているので、そっちは大丈夫そうだと、私はウルリック副長の後ろに付いた。

「それにしても周囲の店が皆遠巻きに見ているだけで、警備を呼びに行ったりとか、動く様子がないので、もしかしたら今回が初めての揉め事じゃないのかも知れませんね」

 ウルリック副長の言葉に、一瞬だけ周囲を見渡してみれば、確かに誰も、積極的に怒号の先に駆け付けようとはしていない。

 むしろ「ああ、まただよ…」とか「仕方ないよ。どこかのエライお貴族様がバックに付いているんだろう?」とか囁かれている声をうっかり耳にしてしまって、私は思わず足を止めてしまった。

「レイナ嬢?」

 私の変化に目ざとく気付いたウルリック副長が声をかけてくれたけど、結局、今の声がどこから発せられたものなのかを特定が出来ずに、それ以上を詳しく探る事が出来なかった。

「……副長」
「どうされました」
「どうも、地上げか乗っ取りか、何かしら物騒な話が、この市場には以前からあるみたいですね」

 なるべく周囲には聞こえづらいボリュームで話をしてみれば、聞こえたのはウルリック副長だけだったらしい。

 答える代わりに軽く目を瞠っている。

「だから、誰も動かない。手を貸せば、次は自分たちの方に矛先が向くかも知れないって、皆戦々恐々としてる。しかも実働部隊とは別に、この国の「お貴族様」とやらも背後にいるっぽい」

「――それは」

「タダより高いモノはない、ってよく言ったものですよ、ホント。ああ、私の国のことわざなんですけどね?」

 言い得て妙過ぎて反論も出来ませんね、とウルリック副長も苦笑いだ。

「副長……リックの『美味いサカナを食いに来ただけなのに』って言うさっきの言葉、私も心から賛同します」

 これは確実に「何か」に巻き込まれた。

 ……どうしてこうなった。
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