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第二部 宰相閣下の謹慎事情
377 その置物の名は部長
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
バリエンダールにいると言う商会長への紹介状を受け取ってラヴォリ商会から出た後、エドヴァルドは今度は馬車を王宮へと向かわせた。
ちょっと、と言うか、かなり嫌そうに見えるのは、私も大分コノヒトに慣れてきたって言う事なのかも知れない。
「……何であっさりラヴォリ商会に行ったのかと思ったら、なるべく王宮に行くのを遅らせたかったんですね」
ちょっとくらい待たせておいても文句は言われないだろう――的な。
私のジト目にエドヴァルドは答えないけど、既に態度が正解を言っているようなものだった。
どうにも、未だに私のバリエンダール行きに対して、内心で面白くないと思っているのが傍目にもバレバレで、私はうっかり笑みを溢してしまった。
(冷徹、鉄壁…なんて言われている筈の人が、何だか可笑しい)
「……レイナ?」
「いえ……心配して頂いてるありがたみを噛みしめていたところです」
それは掛け値なしの本音なので、エドヴァルドも、それ以上混ぜ返す様な事はしなかった。
「……良い傾向だ」
私の場合、悪意への敏感さは人一倍なのに、好意に対してはその反動であるかの様に、鈍感が過ぎると言う事らしい。
「貴女を心配する私の存在を、常に忘れてくれるな。それが約束出来ないなら、今からでもテオドル大公に貴女は行かせないと直談判したって良い」
…目がまるっきり、冗談を言っている目じゃなかった。
そこに見え隠れする情念の炎を、嫌でも肌に感じた。
――私と結婚して欲しい。
うっかり、スヴェンテ公爵邸の庭園での出来事が脳裡をよぎってしまい、顔の火照りを抑えるのに苦労をする羽目になった。
本気なんだと、今更ながらに思い知らされてしまった。
「どうかしたか?疲れて気分が優れないとかなら、公爵邸に馬車を引き返させても良いが――」
「い、いえっ!と言うか、そんな事をすれば、バリエンダールで居心地の悪い思いをしなくちゃならなくなりますから、ちゃんと外交部の方とのご挨拶はさせて下さい!」
ブンブンと私が首やら手やらを振ると、エドヴァルドはあからさまに眉を顰めていたけど、そこに正当性があるのもまた確かで、最終的に、馬車を引き返させる事はしなかった。
そうして王宮内、コンティオラ公爵がいる執務室に辿り着いた先には、テオドル大公とコンティオラ公爵、それと大公の年齢に近そうな男性がいて、男性はエドヴァルドの姿を目にするなり、立ち上がっていた。
「……大仰な挨拶は不要だ。互いに時間に余裕がある訳ではないのだから、それよりも用件を済ませてしまおう」
確かにスヴェンテ公爵邸に行く事は予め伝えてあり、時間の約束まではしていなかったみたいだけど、それでも一般的な茶会時間から考えての予定時間はオーバーしていた筈だ。
恐らくは仕事をいったん横に置いて待っていたに違いないのに、皆それを表には出さずエドヴァルドの牽制を苦笑と共に受け流していた。
「まさかとは思うが、外交部の部長自らが同行をすると?――ルーミッド・マトヴェイ外交部長」
ただ続けられたエドヴァルドの言葉に「えっ」となったのは私だけで、他の面々は誰も驚きを見せなかった。
半目のエドヴァルドだけが、やや懐疑的に相手を見やっていた。
「コンティオラ公爵閣下から話は聞きましたが、やれ、置物になれて忘れるのも得意な官吏――などと、どこに存在するのかと言う話ですよ、宰相閣下。今年入った新人か、定年間近な私くらいしか、家の柵が少ない者はいないでしょう。その上で、ド新人をテオドル大公殿下に同行させるなどと恐れ多くて……と、なるでしょう。残るべくして私が残ったのですよ」
「儂はド新人の方が有難かったがな。部長だなどと、儂とレイナ嬢が霞むわ」
そう言ってテオドル大公が肩を竦めているところを見ると、どうやら本気の確定事項のようだ。
コンティオラ公爵のすぐ下には、政務代理としての長官職があり、そのすぐ下が各部署の部長職になるそうで、要は組織の中のナンバー3集団の中から一人を差し出してきたと言う事になる。
(ぜ、全然、ただの報告の使者になってない……)
私もテオドル大公の嘆きに思わず首を縦に振っていたけど、コンティオラ公爵とマトヴェイ外交部長は、その決定を覆すつもりはないみたいだった。
「……下手に新人を付ければ、そこにまで護衛がつく言い訳が立たない」
相変わらずのボリュームに欠ける声で、コンティオラ公爵が言う。
テオドル大公は聞こえているんだろうか…とか、一瞬、失礼な事を考えてしまったくらいだ。
まあ、想像はつくかも知れないけど。
「確かに、何を警戒しているのかと言われてしまうな」
聞こえているのか想像がついたのか、正確に内容を汲み取ったエドヴァルドは、渋い表情だ。
「ところで……どなたもそちらのご令嬢をご紹介頂けませんので?まあ想像はつきますが、建前の問題として、一応」
そんな中でマトヴェイ外交部長の視線が、特に厳しくはないけど興味深げにこちらへと向けられたので、私もやんわりと〝カーテシー〟を返した。
「おお、すまんすまん。儂と其方との同行者になるレイナ嬢だ。家名は――ソガワだったか?ああ、いや、今回の渡航を機に変えると言っておったか?」
同行者と言う事で、いったんはテオドル大公が口火を切ってくれた。
ちらりとエドヴァルドを見れば、その先は私が話して良いと頷いている様にも見えたので、そのままマトヴェイ外交部長の方に向き直る事にした。
「大公殿下の仰る通りです。今回の渡航以降、私は『レイナ・ユングベリ』――ユングベリ商会の商会長を名乗らせて頂きます。商業ギルドへの登録も済ませてきました。どうぞ宜しくお願い致します」
「ふむ、それで今回は商会長としてサレステーデ語とバリエンダール語の両方が出来る其方に、書記官としての同行を頼んだと、そう言う設定か」
テオドル大公の確認に軽く頷いて見せれば、マトヴェイ外交部長の目がやや驚きに見開かれたみたいだった。
「……私はてっきり、イデオン宰相閣下の婚約者としての箔付けの為の同行かと……いや、失礼。改めて私が今回外交部から同行するルーミッド・マトヴェイだ。なるほど、両言語に不自由をしておらず、商会も経営しているとなれば、道理で私の方が置物で良いと言われる訳ですな」
「置物に部長職を持つ者を据える事の方こそ、想定外でしかないわ。レイナ嬢の同行なぞ、可愛いものよ」
な?と微笑まれても、コメントに困ります、大公殿下。
エドヴァルドのこめかみが痙攣るので、軽口もほどほどにお願いしたいです。ええ、切実に。
「期間は4日間。メダルド国王あるいはミラン王太子の、我が国への訪問約束を日時込みで取り付けたところでの帰国。サレステーデの王族の処遇に関しては、安易に言質を取られず、アンジェス主導で進められるように誘導する。今回は、ここまでをお願いする形で宜しいか、大公殿下?」
宰相らしい、冷ややかで威厳に満ちたエドヴァルドの声にも、テオドル大公は動じなかった。
「よかろうよ。そうでなければ、この国の者たちも枕を高くして眠れないであろうからな。王族としての最後の奉公と思って、老骨に鞭打ってくるとも。その代わり、アンディション侯爵領をそのままにしておく件に関しては忘れてくれるなよ?あの土地はあの土地で、終の棲家として、儂も妻も気に入っておるからな」
「――光栄です」
そこに口を差し挟む事は、その場の誰に出来る事でもなかった。
バリエンダールにいると言う商会長への紹介状を受け取ってラヴォリ商会から出た後、エドヴァルドは今度は馬車を王宮へと向かわせた。
ちょっと、と言うか、かなり嫌そうに見えるのは、私も大分コノヒトに慣れてきたって言う事なのかも知れない。
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(冷徹、鉄壁…なんて言われている筈の人が、何だか可笑しい)
「……レイナ?」
「いえ……心配して頂いてるありがたみを噛みしめていたところです」
それは掛け値なしの本音なので、エドヴァルドも、それ以上混ぜ返す様な事はしなかった。
「……良い傾向だ」
私の場合、悪意への敏感さは人一倍なのに、好意に対してはその反動であるかの様に、鈍感が過ぎると言う事らしい。
「貴女を心配する私の存在を、常に忘れてくれるな。それが約束出来ないなら、今からでもテオドル大公に貴女は行かせないと直談判したって良い」
…目がまるっきり、冗談を言っている目じゃなかった。
そこに見え隠れする情念の炎を、嫌でも肌に感じた。
――私と結婚して欲しい。
うっかり、スヴェンテ公爵邸の庭園での出来事が脳裡をよぎってしまい、顔の火照りを抑えるのに苦労をする羽目になった。
本気なんだと、今更ながらに思い知らされてしまった。
「どうかしたか?疲れて気分が優れないとかなら、公爵邸に馬車を引き返させても良いが――」
「い、いえっ!と言うか、そんな事をすれば、バリエンダールで居心地の悪い思いをしなくちゃならなくなりますから、ちゃんと外交部の方とのご挨拶はさせて下さい!」
ブンブンと私が首やら手やらを振ると、エドヴァルドはあからさまに眉を顰めていたけど、そこに正当性があるのもまた確かで、最終的に、馬車を引き返させる事はしなかった。
そうして王宮内、コンティオラ公爵がいる執務室に辿り着いた先には、テオドル大公とコンティオラ公爵、それと大公の年齢に近そうな男性がいて、男性はエドヴァルドの姿を目にするなり、立ち上がっていた。
「……大仰な挨拶は不要だ。互いに時間に余裕がある訳ではないのだから、それよりも用件を済ませてしまおう」
確かにスヴェンテ公爵邸に行く事は予め伝えてあり、時間の約束まではしていなかったみたいだけど、それでも一般的な茶会時間から考えての予定時間はオーバーしていた筈だ。
恐らくは仕事をいったん横に置いて待っていたに違いないのに、皆それを表には出さずエドヴァルドの牽制を苦笑と共に受け流していた。
「まさかとは思うが、外交部の部長自らが同行をすると?――ルーミッド・マトヴェイ外交部長」
ただ続けられたエドヴァルドの言葉に「えっ」となったのは私だけで、他の面々は誰も驚きを見せなかった。
半目のエドヴァルドだけが、やや懐疑的に相手を見やっていた。
「コンティオラ公爵閣下から話は聞きましたが、やれ、置物になれて忘れるのも得意な官吏――などと、どこに存在するのかと言う話ですよ、宰相閣下。今年入った新人か、定年間近な私くらいしか、家の柵が少ない者はいないでしょう。その上で、ド新人をテオドル大公殿下に同行させるなどと恐れ多くて……と、なるでしょう。残るべくして私が残ったのですよ」
「儂はド新人の方が有難かったがな。部長だなどと、儂とレイナ嬢が霞むわ」
そう言ってテオドル大公が肩を竦めているところを見ると、どうやら本気の確定事項のようだ。
コンティオラ公爵のすぐ下には、政務代理としての長官職があり、そのすぐ下が各部署の部長職になるそうで、要は組織の中のナンバー3集団の中から一人を差し出してきたと言う事になる。
(ぜ、全然、ただの報告の使者になってない……)
私もテオドル大公の嘆きに思わず首を縦に振っていたけど、コンティオラ公爵とマトヴェイ外交部長は、その決定を覆すつもりはないみたいだった。
「……下手に新人を付ければ、そこにまで護衛がつく言い訳が立たない」
相変わらずのボリュームに欠ける声で、コンティオラ公爵が言う。
テオドル大公は聞こえているんだろうか…とか、一瞬、失礼な事を考えてしまったくらいだ。
まあ、想像はつくかも知れないけど。
「確かに、何を警戒しているのかと言われてしまうな」
聞こえているのか想像がついたのか、正確に内容を汲み取ったエドヴァルドは、渋い表情だ。
「ところで……どなたもそちらのご令嬢をご紹介頂けませんので?まあ想像はつきますが、建前の問題として、一応」
そんな中でマトヴェイ外交部長の視線が、特に厳しくはないけど興味深げにこちらへと向けられたので、私もやんわりと〝カーテシー〟を返した。
「おお、すまんすまん。儂と其方との同行者になるレイナ嬢だ。家名は――ソガワだったか?ああ、いや、今回の渡航を機に変えると言っておったか?」
同行者と言う事で、いったんはテオドル大公が口火を切ってくれた。
ちらりとエドヴァルドを見れば、その先は私が話して良いと頷いている様にも見えたので、そのままマトヴェイ外交部長の方に向き直る事にした。
「大公殿下の仰る通りです。今回の渡航以降、私は『レイナ・ユングベリ』――ユングベリ商会の商会長を名乗らせて頂きます。商業ギルドへの登録も済ませてきました。どうぞ宜しくお願い致します」
「ふむ、それで今回は商会長としてサレステーデ語とバリエンダール語の両方が出来る其方に、書記官としての同行を頼んだと、そう言う設定か」
テオドル大公の確認に軽く頷いて見せれば、マトヴェイ外交部長の目がやや驚きに見開かれたみたいだった。
「……私はてっきり、イデオン宰相閣下の婚約者としての箔付けの為の同行かと……いや、失礼。改めて私が今回外交部から同行するルーミッド・マトヴェイだ。なるほど、両言語に不自由をしておらず、商会も経営しているとなれば、道理で私の方が置物で良いと言われる訳ですな」
「置物に部長職を持つ者を据える事の方こそ、想定外でしかないわ。レイナ嬢の同行なぞ、可愛いものよ」
な?と微笑まれても、コメントに困ります、大公殿下。
エドヴァルドのこめかみが痙攣るので、軽口もほどほどにお願いしたいです。ええ、切実に。
「期間は4日間。メダルド国王あるいはミラン王太子の、我が国への訪問約束を日時込みで取り付けたところでの帰国。サレステーデの王族の処遇に関しては、安易に言質を取られず、アンジェス主導で進められるように誘導する。今回は、ここまでをお願いする形で宜しいか、大公殿下?」
宰相らしい、冷ややかで威厳に満ちたエドヴァルドの声にも、テオドル大公は動じなかった。
「よかろうよ。そうでなければ、この国の者たちも枕を高くして眠れないであろうからな。王族としての最後の奉公と思って、老骨に鞭打ってくるとも。その代わり、アンディション侯爵領をそのままにしておく件に関しては忘れてくれるなよ?あの土地はあの土地で、終の棲家として、儂も妻も気に入っておるからな」
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