上 下
299 / 800
第二部 宰相閣下の謹慎事情

352 幻の異母姉(あね)

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「えーっと…キリアン第一王子の事はこの際、遠くの空に放り投げるとして」

 王子を真っ先に放り投げるな、とエドヴァルドがこぼしているけど、かなりの小声なので、本人も一般常識として言ってみただけなんだろうなと、勝手に判断した。

「いくらメダルド国王が、そのビリエルが前のサレステーデ国王に似ているとは言っても、隣国の王の話では周辺諸国の信頼すら得られませんよね。せめて兄であるセゴール国王の証言は欲しいところでも、本人、話せる状況にないとの事ですし」

「そうだな。ビリエル本人がサレステーデ王族として復権するには、もう時代ときがたち過ぎた。ビリエルも自分の子を残して、セゴール国王の子として後継にするのが、今の自分に出来る事だと考えたに違いない。ただバルキン公爵としては、兄嫁であるリーケ妃の子供、つまりキリアン第一王子が後継でも、どちらでも困らない訳だから、そのあたりの温度差はあったかも知れないな」

「利害が一致したのは、ドナート第二王子にだけは後継の座を渡したくないと言うところだけ――と。と、言うかそもそも誰が、あのビリエルを暗殺者もどきに鍛え上げちゃったんですか。ただバルキン公爵家に口きいただけなら、むしろ転がした方が早いダルマ体型一直線の筈なのに」

 ダルマってなんだ、とエドヴァルドの表情かおには出ていたけど、前後の言葉で想像がついたのか、口に出しては聞いてこなかった。

「年代的な事を考えれば、その頃はまだ、ミラン王太子は口を挟めなかった筈だ。恐らくは、バリエンダールの宰相あるいは宰相家の誰かが口を出し、手を貸し――ヤツをサレステーデに送り込んだ」

「と言う事は、バリエンダールの宰相様とミラン王太子は、基本的には手を組んでいないと思って良いんでしょうね……?」

「いや。サレステーデを潰すと言う一点においてのみ、協力体制をとっている可能性はある」

 それもそうだ。
 と言うか、それだと話が進まない!と私が思わず唸ってしまうと、エドヴァルドが「……レイナ」と、不意に声色を下げて、こちらを覗き込んで来た。

「バリエンダールにもし着いたら、キアラ・フォサーティと言う女性が今、どうしているのかを探ってみると良い。もしかしたら無関係、あるいは既に亡くなっている可能性もあるが、それも含めて情報を得ておいて損はないと思う」

「キアラ……フォサーティ」

「私の、オーグレーン家の継承権放棄に際し、もう何年も前に、先に保証人としての署名だけをしてくれていた女性だ。署名の時点で『これきりにしてくれ』と言われていたから、表立っては探らない方が良い…とは思う」

「……え?」

 オーグレーン家の継承権放棄に署名が出来るのは、王族と本人以外の一族と決まっていた筈。

 思わず表情を消してしまった私に、エドヴァルドもゆっくりと頷いた。

「もはや名前も言いたくはないが、アロルド・オーグレーンとその正妃だったカリタ妃との間に生まれていた王女むすめだ。既に前にはバリエンダールの宰相家に降嫁していたらしいから、私も名前しか知らないんだがな」

「ギーレン王家からも、バリエンダール…それもウワサの宰相家に渡った女性ひとがいたんですね」

 それも、年齢としの離れたエドヴァルドの異母姉あね――と言う事になる。
 
 エドヴァルドの口調からするに、恐らくはエドヴァルドと同程度に、父親の事は思い出したくもない事であり、血の繋がりそのものから否定したい女性ひとなのかも知れない。

「分かりました……そう言う事なら、先にバリエンダールにいる〝鷹の眼〟バルトリか〝シーグリック〟のどちらかに、こっそり探らせるようにしてみます」

「……そうだな」

 少し複雑そうだと分かってはいても、今の時点では私からは何を言える筈もなかった。

 そろそろ商業ギルドに行こうか、と言われた私は「分かりました」と頷いて、着替えと用意をヨンナにお願いした。

*        *         *

 イデオン公爵邸宅には、銀の在庫がまだ存在していた。

 レイフ殿下とボードストレーム商会を追い込むのに、どこまで買えば相場が動いたのかと、それはもうビックリするくらいに、まだった。

 馬車の椅子の下、こっそり貴重品を隠す、今やお馴染みとなったスペースに、実店舗登録用の銀を押し込み、御者は護衛も兼ねてファルコとフィト、腕っぷし自慢の二人が馬車の前と後ろに腰を下ろしていた。

 馬車自体も、家紋をわざと外してある、抜き打ちの視察などに使う方のシンプルな細工の馬車が使用されている。

「順序としては、どうするつもりなんだ?」

 出発して間もないところで聞いてきたエドヴァルドに、私は「もちろん実店舗付商会登録が先です」と答えた。

「ファルコやフィトの腕がどうと言う以前に、大量の銀を持ったままとか、馬車に置いておくとか絶対イヤです。落ち着きません。とっとと登録して、渡してしまうに限ります。ええ、絶対」

 根っからの資産家おかねもちであるエドヴァルドは、あまり気にならないのかも知れないけど、小市民には、置きっぱなしとか絶対無理ですので!

 そんな心の声も伝わったのか、エドヴァルドの方はちょっと引きぎみだったけど。

 渡されていた書面を読む限りは、現金の代わりに銀で納品する場合には、純度と重さが重視され、貨幣には換算されない。
 だとすれば、エドヴァルドが買い取った際の相場とは無関係と言う話になる。

 出来るだけ、商売を始めようとする人間に対しては門戸を低くしようと言う、ギルドの方針の表れらしい。

 その代わり、ギルドに貸付を頼む際に銀を指定する場合には、返済は銀でも現金でも良いとなるため、上手くいけば損をしない返金が可能になる。

 商人として上手くやりくりしろと、実地教育をしているようなものなんだろう。
 お金の流れに疎いなら疎いなりに、長けた人間を雇えと言う事だ。

 現状、現金で買った銀をそのまま貨幣代わりに納める様なものなので、損をしているのかどうかが非常に分かりづらい。

 今の相場はどうなっているんだろう。
 気にするなと、エドヴァルドは言ってくれているけれど。

「あ、エスコートは不要ですよエドヴァルド様!それだと馬車から降りた瞬間に「貴族」だと丸わかりになっちゃいますから!」

 正直エドヴァルドの場合、ちょっとやそっとの「くだけた服」ではどうフォローのしようもないんだけれど、それでも最低限「威圧してません」アピールはしなきゃ!と、私はエドヴァルドに念押しした。

 ちょっと不満そうな宰相閣下、それ以前に庶民に見えてないって自覚して下さい!
しおりを挟む
感想 1,393

あなたにおすすめの小説

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

(完結)嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。