聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

349 未明のある密かな想い

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 その夜、深夜になってもエドヴァルドは戻って来なかった。

 サレステーデやバリエンダールに出す書面、そんなに揉めているんだろうかと、窓の外に視線を向けたまま、思わず同情的な顔つきになってしまっていたかも知れない。

「エドヴァルド様、明日、商業ギルドに行けるのかなぁ……」

 ヘルマンさんから服も届けられた事だから、行ける時に行ってしまおうと、明日早速、王都商業ギルドを訪ねようと、王宮に戻る前には言っていたんだけど。

「明日の朝、聞くしかないか……」

 一人で行っても良いんだけど、確実にそれは却下される気がする。
 さすがに、そこは学習した!

「…そうですね。お休みになった方が宜しいかと」

 そしてヨンナの「そうですね」は、深夜まで起きていない方が良いと言う意味でのソレだ。

 それはそれで、ヨンナだけではなく、公爵邸の皆が「学習」している事だったりする。

「念の為伺いますが、レイナ様、バリエンダールに行かれるまで、当面旦那様とはご寝所を共にされると言う事で宜しいんですか……?」

「⁉︎」

 真面目な顔してナニ言ってるの、ヨンナさん⁉︎
 思わずギョッと目を見開いて、ヨンナを凝視してしまった。

「もちろん、レイナ様に無理を強いたりなさらない事が大前提です。ただ、ご一緒にお休みになるのかと言う意味で、お伺いしております。この後旦那様がお戻りになられた後、どちらでお休みになられるのかと思いましたものですから」

「えーっと……?」

 に大幅な相違があったとは言え、なるべく共に過ごしたいと言われた事も間違いではない。

 私はちょっと答えに困ってしまった。

「そ…添い寝ならって言ったし…そこは念押しして貰えたら……その……」

「――なるほど、理解致しました」

「……はは」

 無表情になったヨンナさんがちょっと怖いけど、私としても、他にどう言って良いやら分からない。

 そして、夜の間にどう言うがあったのかは分からないけれど、翌朝目を覚ますと、視界はすっぽりと覆われて、身動き一つ取れない、もはや基本デフォルト⁉︎と叫びたくなる体勢の自分がいた。

「――っ」

 ただ今朝は、思わず身動みじろぎしていたにも関わらず、聞こえてくるのは規則的な軽い寝息だけだ。

昨夜ゆうべ、よっぽど疲れたんだ……)

 ここはエドヴァルドの部屋じゃない。
 と、言う事はうっすらとだけれど部屋の灯りがある。

 おずおずと顔を上げれば、まだ完全に夜は明けてないんだろう。部屋自体は暗めだった。
 だけど灯りがある為に、エドヴァルドの寝顔は、くっきりはっきり認識が出来る状況だった。

(…ぁあっっっ!)

 叫び声を心の中で留めた自分を、誰か褒めて欲しい。

 いつぞやシャルリーヌが、静止画スチルじゃない、実物のエドヴァルド・イデオンの容貌は、国王陛下フィルバートにもエドベリ王子にも全く引けを取らないと褒め称えていたのが頭をよぎる。

 ……声も「耳に毒」だけど、顔も立派に「目の毒」だった。

(と言うか、コ、コノヒトと、お、オトナの階段とか……っっ)

 結局アップに耐えられず、うっかりエドヴァルドの寝間着を握りしめながら、耳まで赤くなっていたけど、今日に限っては、起きる気配がない。

 どうしよう。
 ヨンナかセルヴァンが、きっと適度な時間に起こしに来てくれる…よね。

 こんなに深く寝入ってしまう程疲れているなら、起こさない方が良いに決まっている。

 わざわざこっちの部屋に来なくても…なんて、言える筈もなかった。
 きっとそれでも、この部屋で過ごしたいと、思ってくれていたんだろうから。

 セルヴァンもヨンナも、これではエドヴァルドを止められなかっただろう。

 エドヴァルドが砕いてくれた心は、きっともう、とっくの昔に義務を超えている。

(い…いいんだよね。ここにいて…ここに、帰ってきても)

 バリエンダールには行ってみたいし、エドヴァルドの役にも立ちたい。
 その上で、ここにいたいと――願う事は強欲だろうか。

 ――抱きすくめる腕に、少し力が入ったのはきっと偶然だろうけど、なんとなく嬉しくなってしまったのは、誰にも言えない自分だけの秘密だ。

*        *         *

 ヨンナが起こしに来てくれたのは、意外に朝ゆっくりめの時間だった。

 そしてどうやら、朝食後は王都商業ギルドへ行こうとの事で、室内着に着替える時間は割愛されて、朝食はそのまま部屋に用意をされた。

「……エドヴァルド様、今日は王宮へは行かれないんですか?」

 パンだフルーツだと、ホテルのルームサービスの様な朝食を前にエドヴァルドに聞けば「ギルドで用を済ませてから行くと伝えてある。時間は特に告げていないから、大丈夫だ」と、あっさり返って来た。

「大分、お疲れだったみたいですけど……出かけちゃっても大丈夫なんですか?」

 私は「出かける」方に気を遣ったつもりだったけど、どうやらエドヴァルドの中では「お疲れ」の言葉ワードの方に引っかかりがあったらしかった。若干、眉根が寄っている。

「逆だ。今行っておかないと、多分しばらくはそんな余裕もなくなってしまう。貴女が正式に商会を立ち上げるのは、バリエンダールに行く前の方が良いと言うのもあるしな」

 手札は多いにこした事はないとエドヴァルドは言った。

 実店舗登録だけなら〝鷹の眼〟の誰かを連れて、自分だけで行っても良いんだけど、さすがにセカンドライン店舗の下見となると、事実上の出資者となる「イデオン公爵家当主」を蔑ろには出来ない。

「……すみません。なるべく早く、初期費用を回収出来るよう頑張ります」

 そう言って私がペコリと頭を下げると、エドヴァルドは、やや苦笑交じりの、何とも言えない表情を垣間見せた。

「あまり貸し借りで物事の全てを判断してくれるな。私は、貴女が私に何かを望んでくれる事そのものを嬉しいと思っているんだ。たとえそれが、ドレスでも宝石でもなく、商会一つでも…だ」

 その商会も、公爵家当主として、いずれ採算は取れると判断していると言ってくれた。

「テオドル大公とバリエンダールに行く時には『書記官レイナ・ユングベリ』として、向こうの王宮へは随行員登録をしておくつもりだ」

 今でも行かせたい訳じゃないが、とぶつぶつ呟いてはいるけど、既にもうどうしようもない話である事は、お互いが理解している。

 私も乾いた笑いを返すしかなかった。

「よ…ろしくお願いします。その、バリエンダールにもサレステーデにも、もう連絡は入れたって言う事なんですよね?」

「ああ。どちらもその場で何かを返して言質を取られるような事はしないだろうから、早くても深夜、あるいは明日以降の回答になるだろうと思っている。だからこそ午前中のギルド行きをもぎ取ってこれた訳だ」

「と、言う事はある程度は調が進んで、全体の状況を把握出来たと言う事ですか?」

 確か昨日、強力な自白剤を飲ませる…とか何とか。

 そこはちょっとオブラートに包んでみたけれど、エドヴァルドは分かっているとばかりに頷いていた。

「まあ…そうだな。多分、事前に聞いていた『噂』の事がなければ、すぐに信じたかどうか……」

 そう言ったエドヴァルドは片手を上げると、周囲にいた使用人たちを遠ざける仕種を見せた。

 そして可能な範囲で、昨夜あれからの事を教えてくれた。
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