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第二部 宰相閣下の謹慎事情

325 誰も味方をしてはならぬ?

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「――さっきの薬、嘔吐剤だったそうですよ。ナシオさんから伝言です」

 さも、スプーンを取り替えていますといったていで、今度は〝鷹の眼〟ルヴェックがそっと耳元で鑑定結果を教えてくれた。

「一応、例の無効化薬もここに置きますけど、お館様が『食事には手をつけるな』って仰ってるようですし、あくまで念のためと思っておいて下さい」

 そのままテーブルの上に、対面側むこうからは見えるかどうかといったサイズの小瓶をコトリと乗せている。

「お館様や陛下、あと…フォルシアン公爵令息でしたか?彼らの食器や食事には怪しいところはなかったようです。ナシオさんの指示で、ハジェスさんとフィトさんで確認してます。お館様からの伝言は、その時だったみたいですよ」

 ――食べるな、触るな、そこにいろ。いいから絶対に一人で動くな。

 ルヴェックの声にちょっと笑いが混ざっているのは、どれだけ信用ないんですか、と私への揶揄が多分に入っているからだろう。

 思わず頬を膨らませそうになったけど、よく考えたら、薬の内容を聞いたらどうしようかと思っていた時点で、エドヴァルドを責められた義理じゃなかったかも知れない。

「……じゃあ、ちょっと頼まれて欲しい事があるんだけど。これ以上はルヴェックが不自然に見えるだろうから、護衛騎士に化けてる誰かと代わって?」

 ルヴェックの表情かおが一瞬痙攣ひきつったのは、きっと気のせい。

 化けるってなんです…と言いながらも、最終的にはハジェスが入れ替わりにやって来てくれた。

「呼んでる…と、ルヴェックが」

「あ、ありがとうハジェス。ちょっと斜め向かいのご一行を威嚇しながら、話聞いてくれる?」

 武闘派と言うより知性派、どちらかと言えば雰囲気柔らかめなハジェスに言う事ではないのかも知れないけど、この際仕方がない。

「アイツら、睨んでおけば良いのか?」

 普通に聞けば、仮にも一国の王子相手に何を言っているんだって話になるけど、イデオン公爵邸内において、サレステーデ王族に対する敬意などと言うモノは、既に地の底以下、彷徨うどころか埋められていた。

「うん。それで、そのまま聞いて?――早急に貴族牢に誰か人をって、サレステーデのドナート第二王子の食事を取り上げてくれる?もう配られているなら、吐かせるか解毒剤飲ませるかして?あと、ドロテア第一王女の方は、誰かが牢の鍵を壊しているかも知れないから、まだ牢にいるかどうかを確認して?」

「―――」

 私の言葉に、ハジェスだけでなく、隣のシャルリーヌも息を呑んでいる。

 理由を聞いても?と、乾いた声のハジェスに、シャルリーヌも微かに頷いていた。

「私の食事に嘔吐剤が混ぜられた。だけど陛下やエドヴァルド様の食事には混ぜられていない。この時点で、無差別に混ぜて夕食会を潰したいって言う可能性は消えた。そしてフォルシアン公爵令息の食事も無事。この時点で、貴族牢の王族二人が、最後の足掻きを試みた…って言う可能性も消えた」

 なるほど、とハジェスとシャルリーヌが同時に納得の声を洩らしている。

「そして、見ての通りに犯人はそこのぽっちゃり王子と公爵だった」

「……向こうもこっちを見てるな」

「でしょ?多分、私が気分が悪くなって、この部屋から外に出たところで捕まえて、貴族牢の王子の所に放り込むつもりなんじゃないかと思うのよ。で、そのまま貴族牢のドナート王子と一緒に殺されるか何かして、無理心中事件として片付けられる。犯人は私――的な?」

 はぁ⁉と小声ながらに呆れた口調を隠していないのは、シャルリーヌだ。

 とりあえず聞いて?と、私は片手を上下に振って彼女を宥める。

「彼らは一刻も早く、貴族牢の王子王女を処刑してしまいたいのよ。だけど今日はどう足掻いても連れ帰れそうにない。なら、アンジェスで処刑してしまえる理由を作りたい。ドナート王子がこの国の聖女あるいはその姉を事と、エドヴァルド様がそれを拒否した事は既に公になってる。なら、私は本当はサレステーデに行きたがっているけど、エドヴァルド様がそれを許さなかった。だったら来世で結ばれようと二人は……的な陳腐な脚本を考えたっておかしくないと思うのよ」

「陳腐と言うか……それが事実なら、お館様の反応を推し量るのが既に恐ろしいと言うか……」

「待って待って、レイナ、じゃあ、王女サマの方はどうするつもりだって言うの?」

 なんだかんだ、シャルリーヌがすっかり会話に加わっている。

「ドロテア王女の方はね、フォルシアン公爵令息をここから出したところで、彼が王女を好ましく思っていたなんて、誰も信じないから、同じ脚本は書けないでしょう?だったら多分、こちらとは逆の脚本はなしを書いていると思うわ」

「逆?」

「王女を不憫に思ったドナート王子が、ドロテア王女を逃がした。ドロテア王女はフォルシアン公爵令息を探してこの『月神マーニの間』に来る途中、侵入者と判断されて、斬り捨てられる」

「「――うっかり」」

 ハジェスとシャルリーヌの声が、意図せずハモっていた。
 
 うっかりじゃないだろう事なんて、全員が認識済みだ。

「ただ、陳腐は陳腐なんだけど、それでも、あそこにいるぽっちゃり二人には無理だと思うのよねぇ……どう見てもタダの道化に見えるって言うか」

 確かに、とまたしてもハジェスとシャルリーヌの声が被る。

「その『うっかり』のドサクサで、もしかしたら、あそこのぽっちゃり二人も巻き込まれるかも知れない。ファルコやベルセリウス将軍がめちゃくちゃ警戒をしている男が一人いるでしょ?どう見ても彼、ぽっちゃり二人に忠誠誓って付いてる様に見えないのよねぇ……もっと、別の目的があって動いていると言うか」

「……例えば第三王子派が漁夫の利を狙ってたり?」

 シャルリーヌの呟きに、思わず「そう、それ」と私も場を忘れた答え方をしてしまった。

「第三王子は既に次期王位争いからは下りて、国内貴族との縁組が出来ているって聞いてはいるけどね?だからと言って『最後の一人』になれば、事情も変わるだろうし。……まあ、それは後でも良いんだけど、とりあえず、貴族牢の食事を止めるのと、牢の鍵の確認を急いでくれないかな」

「……分かった、そうしよう。それでまさかとは思うが、部屋から出てみるとは言わないな?多分、と言うか間違いなく〝鷹の眼〟全員『俺らを殺す気か!』って反対してくるぞ。俺も含めてだが」

 あはは…と、私は乾いた笑い声を洩らした。

「まぁ…言おうとしていたのは否定しないけどね。でも多分、さっきスプーンの交換を頼んだところを見た時点で、向こうも自分たちの目論見が半分バレた事には気が付いている筈なのよ。だとしたら、牢から逃げた王女をこの部屋まで引き込んだ上で、ドサクサまぎれに私やフォルシアン公爵令息を斬る方向に切り替えてくるかも知れないな――なんて」

 その瞬間、ハジェスの周りの空気がピリッと引き締まった気がした。

「なら、すぐに王女を確保して――」

「待って。それならそれで、王女はこの部屋の中にまで引き込んでしまった方が良いと思うの」

 場を離れかけたハジェスが、私の言葉に思わずと言ったていで急停止していた。

「いやいやいや。お館様は確かに『動くな』と言ったかも知れないが、こっちで囮になるとかなら、意味ないだろう」

「――この部屋には、既に『招かれざる客』がいるのよ。予め聞いていた夕食会だけの参加者を加味しても、さっきの謁見と、人数が合っていない。王女を捕まえる為に何人かを外へ割こうとすると、この部屋の警護が逆に手薄になる」

「……っ」

「もしかすると、バレた時の保険なのかも知れない。だから貴族牢に確認に行くのは最低限にして、いないならいないで、王女をこっちまで引き入れた方が絶対に安全性は高い筈」

「二人とも牢でピンピンしていた時はどうする?」

「その時は、向こうの手勢から誰かが確認に行くでしょうから、それを捕まえて、後はエドヴァルド様なり陛下なりに判断して貰うってコトで」

「なるほど。一応、お館様に報告する気はある…と」

「……それちょっとヒドくない?」

「疑われるくらいには、前科がありすぎだ。まあ、そう言う事なら承知した。貴族牢の確認と、お館様への報告と、警備体制の見直しをファルコと相談してくる。それまでは、ここはサタノフに頼むから、くれぐれも動かないように」

「……ほんっと、レイナ信用ないわねぇ……」

 踵を返したハジェスをチラ見しながら、しみじみとシャルリーヌが呟いている。

 ――誰も味方をしてくれない、と私は私でいじけたくなっていた。
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