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第二部 宰相閣下の謹慎事情
303 ねないおとなだれだ(中)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「それは……いくら我らが『イデオン公爵領防衛軍』に所属する者だからと言って、素直に頷ける話ではないな。まさかとは思うが『平民の小娘よりも公爵閣下を優先するのが当然』などとは言うまいな?もはやそんな事を言う時期はとうに過ぎているぞ」
ソファに腰かけたまま、腕組みをしたベルセリウス将軍の表情が、険しい。
一般的なご令嬢なら卒倒しかねないレベルかも知れないけれど、エドヴァルドの冷気よりマシと思ってしまうのは、近頃の慣れだろうか。
「でも、それって覆しようのない事実ですよね」
「……っ」
ベルセリウス将軍は思い切り顔を顰めているし、このままいけばウルリック副長まで何かを言い出しかねない勢いなので、私は先に話を進める事にした。
「もちろん、私は自慢じゃないですが腕っぷしゼロの人間なんで、放っておいて良いとか、さすがにそこまでの事は言わないです。ただ私は『同時に二人の人間を注視する』事は絶対に無理だと思っているので、いざと言う時に誰を優先するか、予め決めておいて欲しいだけなんですよ。……自分の事も含めて」
二人の事は任せてくれ。
そんな綺麗ごと、私は信じない。
それは、とウルリック副長が言葉に詰まる。
「仮に相手が複数で、エドヴァルド様と私に同時に刃が向いたら?一瞬、誰が誰を相手にするか、目と目の会話にしろ、考えますよね?でも実際、その何秒かが致命的にならないとは言い切れないじゃないですか?」
一瞬の躊躇が命取り。
私なんかよりも、彼らの方が余程よく分かっている筈の事だ。
「イデオン公爵領防衛軍は、領を守る組織。だったらお二人には、何を置いても領の当主であるエドヴァルド様を守って欲しいと思います。私は『公爵邸の客』なので、公爵邸が抱える護衛組織である〝鷹の眼〟に、頭を下げて頼みます。これはもう組織の在り方の違いとして、ぜひ受け入れて頂きたいなと」
「……ファルコ達になら、貴女はきちんと守られて下さると?」
「侯爵閣下とウルリック副長が頼りにならないとか、信用出来ないとか、そう言う話では決してないので、そこは誤解しないで下さいますか?あくまで今の戦力をどう割り振るかと考えた時に、個人の感情抜きに最も妥当な配置と考えただけの事ですので」
将軍と一緒に来た軍の同行者の皆には、いったん全員王宮に上がって貰い、ミカ君はその間はイクスゴードでアルバイト、護衛には〝鷹の眼〟から回って貰い、終わった後はイデオン公爵邸で「公爵邸の客」として皆の帰宅を待つ。
多分それが、最も強固な布陣を敷ける。
私がそこまでを説明したところで、ベルセリウス将軍が唸り声をあげて天井を見上げた。
「多分、そのまま言ったところでお館様は頷かん気がするぞ……」
「ですから、そこは『分かりました』とだけお答え下されば」
「ウチの将軍にそんな小芝居出来ませんよ」
間髪入れずに返しているのは、ウルリック副長だ。
「いいんですよ。多分、何かしら違う事を考えていそうだと言うのは、誰がどう取り繕ってもエドヴァルド様にはバレると思います。だけど口にさえしなければ、もし察せられたとしてもエドヴァルド様は頷かざるを得ない筈ですから」
きっと、私が何かを考えていると思いながらも、私が囮になったり姿を消したりする可能性がない事さえ明らかならば、それ以上強くは出られない筈なのだ。
「ただでさえ、エドヴァルド様は今回の件、国としての対応を考えるだけでも大変でしょうから、それ以上の気苦労を背負って貰う必要はないですよ。今のうちから、エドヴァルド様でなくともやれる事を探して、引きはがしていった方が良いですって」
「我々の事は、任せておいても問題ないとお館様に思わせる…と?」
「そんな感じです。基本、全て自分でやってしまうタイプの人でしょう、エドヴァルド様?信用するしないと言うよりは、自分でやった方が早いから。そこら辺、何とかしないといい加減倒れますよ、あの人」
一人でエドヴァルドの働きをカバーする事が出来ないなら、何人かで組めば良い。
今回は、軍と〝鷹の眼〟とで、予め王宮内でどう動くかを決めておく事が、その第一歩だ。
「脱指示待ち態勢ですよ。多分この後エドヴァルド様は、明日のサレステーデ第一王子の来訪スケジュールを持って帰って来られるでしょうから、王宮内での配置を指示される時に、さりげなく軍の皆さんがエドヴァルド様寄りにと言う事と〝鷹の眼〟の皆が私寄りに待機すると言う事とを話の中にねじ込んで下さい。もしかしたら、誰がどの位置とか、名前まで指定してくる可能性がありますけど、そこは普段の連携がとか何とか、エドヴァルド様が安心しそうな事を上手く前線軍人としての観点っぽく言いくるめて下さい」
私がそう言ったところで、その場にいた皆が「確かにそこまで指定しそうだ」との表情を一様に浮かべてみせた。
「……貴女はお館様のお考えをよく分かっているのだな」
いっそ感心したように呟くベルセリウス将軍に、私はやんわりと首を横に振った。
「と言うか、私なら間違いなく軍とか〝鷹の眼〟とか、そんな大まかな指定じゃなく、ここに将軍、ここに副長…とかって、全て考えて指示しちゃうでしょうからね。信じる信じない以前の話で、もうそこまで考えてしまうクセがついてるんですよ。それまで、自分が先陣を切って動かない事には、何一つ事態が動かない事を、身をもって経験してきたから」
10歳になるかならないかと言った、非常識な若さで当主の地位を継いだエドヴァルドとて、同じ事が言える筈だ。
「とは言えエドヴァルド様は独裁者じゃありませんから、前線軍人の意見だと言う事で、連携の話をされたら、間違いなくそれには頷かれると思いますよ?そもそも現場の意見には積極的に耳を傾ける方ですし」
「まずは大まかな指定さえあれば、我らは動けると言う事をお館様に知っていただく、と?」
「そんな感じです、ウルリック副長」
「そして貴女も、鳥かごには入りたくないと言う事を、お館様に知って頂きたい訳ですね」
そしてやっぱり、ウルリック副長は、一筋縄ではいかない人だった。
必要以上に過保護にされたくないのだと言う私の胸の内まで、しっかりと読み取られていた。
ハッキリ答えず、ニッコリと笑った私に、隣でベルセリウス将軍の方は「む?」と、ちょっと首を傾げていた。
「ああ、将軍にそこまで説明をすると、もはやまともな演技一つ出来なくなりますから、その話はまた今度本部に戻ってからじっくりと。ルーカス様に聞いていただく意味でも、その方が良いでしょう」
「……だから、おまえは誰の部下なのだ、ケネト」
「このうえなく、将軍の為を思ってのお話しをさせていただいたのですが、心外ですね」
さすがに、自分が「誤魔化された」と言う事は分かっていたけれど、ベルセリウス将軍の方も、ウルリック副長といつもの掛け合いをする事で、深くは追及しないと暗に表明してくれたみたいだった。
「話は戻るが、貴女の事はファルコに一任して良いと言う事なんだな?」
「そうですね。勝手に話は聞いてると思ってますけど、まだ了解取ってませんので、将軍の方からも口添えして下さると有難いですが」
「うむ、それならば任せろ!どうせ今頃その辺で感涙の海に沈んでいるだろうがな!我らが〝貴婦人〟の全幅の信頼があるとは、羨ましい限りだ!」
――うるせぇよ!と、天井なのか壁なのか、どこからか声がしたのは気のせいだろうか。
「皆さま、旦那様がお戻りになられました」
そこへやっぱり、どうやって知らされるのかが分からないセルヴァンの声で、エドヴァルドが邸宅に戻って来た事を知らされたのだった。
「それは……いくら我らが『イデオン公爵領防衛軍』に所属する者だからと言って、素直に頷ける話ではないな。まさかとは思うが『平民の小娘よりも公爵閣下を優先するのが当然』などとは言うまいな?もはやそんな事を言う時期はとうに過ぎているぞ」
ソファに腰かけたまま、腕組みをしたベルセリウス将軍の表情が、険しい。
一般的なご令嬢なら卒倒しかねないレベルかも知れないけれど、エドヴァルドの冷気よりマシと思ってしまうのは、近頃の慣れだろうか。
「でも、それって覆しようのない事実ですよね」
「……っ」
ベルセリウス将軍は思い切り顔を顰めているし、このままいけばウルリック副長まで何かを言い出しかねない勢いなので、私は先に話を進める事にした。
「もちろん、私は自慢じゃないですが腕っぷしゼロの人間なんで、放っておいて良いとか、さすがにそこまでの事は言わないです。ただ私は『同時に二人の人間を注視する』事は絶対に無理だと思っているので、いざと言う時に誰を優先するか、予め決めておいて欲しいだけなんですよ。……自分の事も含めて」
二人の事は任せてくれ。
そんな綺麗ごと、私は信じない。
それは、とウルリック副長が言葉に詰まる。
「仮に相手が複数で、エドヴァルド様と私に同時に刃が向いたら?一瞬、誰が誰を相手にするか、目と目の会話にしろ、考えますよね?でも実際、その何秒かが致命的にならないとは言い切れないじゃないですか?」
一瞬の躊躇が命取り。
私なんかよりも、彼らの方が余程よく分かっている筈の事だ。
「イデオン公爵領防衛軍は、領を守る組織。だったらお二人には、何を置いても領の当主であるエドヴァルド様を守って欲しいと思います。私は『公爵邸の客』なので、公爵邸が抱える護衛組織である〝鷹の眼〟に、頭を下げて頼みます。これはもう組織の在り方の違いとして、ぜひ受け入れて頂きたいなと」
「……ファルコ達になら、貴女はきちんと守られて下さると?」
「侯爵閣下とウルリック副長が頼りにならないとか、信用出来ないとか、そう言う話では決してないので、そこは誤解しないで下さいますか?あくまで今の戦力をどう割り振るかと考えた時に、個人の感情抜きに最も妥当な配置と考えただけの事ですので」
将軍と一緒に来た軍の同行者の皆には、いったん全員王宮に上がって貰い、ミカ君はその間はイクスゴードでアルバイト、護衛には〝鷹の眼〟から回って貰い、終わった後はイデオン公爵邸で「公爵邸の客」として皆の帰宅を待つ。
多分それが、最も強固な布陣を敷ける。
私がそこまでを説明したところで、ベルセリウス将軍が唸り声をあげて天井を見上げた。
「多分、そのまま言ったところでお館様は頷かん気がするぞ……」
「ですから、そこは『分かりました』とだけお答え下されば」
「ウチの将軍にそんな小芝居出来ませんよ」
間髪入れずに返しているのは、ウルリック副長だ。
「いいんですよ。多分、何かしら違う事を考えていそうだと言うのは、誰がどう取り繕ってもエドヴァルド様にはバレると思います。だけど口にさえしなければ、もし察せられたとしてもエドヴァルド様は頷かざるを得ない筈ですから」
きっと、私が何かを考えていると思いながらも、私が囮になったり姿を消したりする可能性がない事さえ明らかならば、それ以上強くは出られない筈なのだ。
「ただでさえ、エドヴァルド様は今回の件、国としての対応を考えるだけでも大変でしょうから、それ以上の気苦労を背負って貰う必要はないですよ。今のうちから、エドヴァルド様でなくともやれる事を探して、引きはがしていった方が良いですって」
「我々の事は、任せておいても問題ないとお館様に思わせる…と?」
「そんな感じです。基本、全て自分でやってしまうタイプの人でしょう、エドヴァルド様?信用するしないと言うよりは、自分でやった方が早いから。そこら辺、何とかしないといい加減倒れますよ、あの人」
一人でエドヴァルドの働きをカバーする事が出来ないなら、何人かで組めば良い。
今回は、軍と〝鷹の眼〟とで、予め王宮内でどう動くかを決めておく事が、その第一歩だ。
「脱指示待ち態勢ですよ。多分この後エドヴァルド様は、明日のサレステーデ第一王子の来訪スケジュールを持って帰って来られるでしょうから、王宮内での配置を指示される時に、さりげなく軍の皆さんがエドヴァルド様寄りにと言う事と〝鷹の眼〟の皆が私寄りに待機すると言う事とを話の中にねじ込んで下さい。もしかしたら、誰がどの位置とか、名前まで指定してくる可能性がありますけど、そこは普段の連携がとか何とか、エドヴァルド様が安心しそうな事を上手く前線軍人としての観点っぽく言いくるめて下さい」
私がそう言ったところで、その場にいた皆が「確かにそこまで指定しそうだ」との表情を一様に浮かべてみせた。
「……貴女はお館様のお考えをよく分かっているのだな」
いっそ感心したように呟くベルセリウス将軍に、私はやんわりと首を横に振った。
「と言うか、私なら間違いなく軍とか〝鷹の眼〟とか、そんな大まかな指定じゃなく、ここに将軍、ここに副長…とかって、全て考えて指示しちゃうでしょうからね。信じる信じない以前の話で、もうそこまで考えてしまうクセがついてるんですよ。それまで、自分が先陣を切って動かない事には、何一つ事態が動かない事を、身をもって経験してきたから」
10歳になるかならないかと言った、非常識な若さで当主の地位を継いだエドヴァルドとて、同じ事が言える筈だ。
「とは言えエドヴァルド様は独裁者じゃありませんから、前線軍人の意見だと言う事で、連携の話をされたら、間違いなくそれには頷かれると思いますよ?そもそも現場の意見には積極的に耳を傾ける方ですし」
「まずは大まかな指定さえあれば、我らは動けると言う事をお館様に知っていただく、と?」
「そんな感じです、ウルリック副長」
「そして貴女も、鳥かごには入りたくないと言う事を、お館様に知って頂きたい訳ですね」
そしてやっぱり、ウルリック副長は、一筋縄ではいかない人だった。
必要以上に過保護にされたくないのだと言う私の胸の内まで、しっかりと読み取られていた。
ハッキリ答えず、ニッコリと笑った私に、隣でベルセリウス将軍の方は「む?」と、ちょっと首を傾げていた。
「ああ、将軍にそこまで説明をすると、もはやまともな演技一つ出来なくなりますから、その話はまた今度本部に戻ってからじっくりと。ルーカス様に聞いていただく意味でも、その方が良いでしょう」
「……だから、おまえは誰の部下なのだ、ケネト」
「このうえなく、将軍の為を思ってのお話しをさせていただいたのですが、心外ですね」
さすがに、自分が「誤魔化された」と言う事は分かっていたけれど、ベルセリウス将軍の方も、ウルリック副長といつもの掛け合いをする事で、深くは追及しないと暗に表明してくれたみたいだった。
「話は戻るが、貴女の事はファルコに一任して良いと言う事なんだな?」
「そうですね。勝手に話は聞いてると思ってますけど、まだ了解取ってませんので、将軍の方からも口添えして下さると有難いですが」
「うむ、それならば任せろ!どうせ今頃その辺で感涙の海に沈んでいるだろうがな!我らが〝貴婦人〟の全幅の信頼があるとは、羨ましい限りだ!」
――うるせぇよ!と、天井なのか壁なのか、どこからか声がしたのは気のせいだろうか。
「皆さま、旦那様がお戻りになられました」
そこへやっぱり、どうやって知らされるのかが分からないセルヴァンの声で、エドヴァルドが邸宅に戻って来た事を知らされたのだった。
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