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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【ギーレン王宮Side】コニーの選択(後)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「リーナ!我が妃よ‼」

 陛下は困った時だけラハデ公爵家の後ろ楯を頼りに縋っていらっしゃる、とエヴェリーナ様は仰るけれど。

 それはそれで、陛下も、誰よりもこの国の王妃に相応しいのがエヴェリーナ様だと、無意識の内にも認めていらっしゃるのだろうと思う。

 愛妾の娘に王家の姫としての安定した地位を与えて、地に足を付けさせたかったと言う陛下の密かな願いは、理解出来ない訳ではないのだけれど。

(…本当に、オーグレーン家の名を掘り起こそうとさえしなければ良かったのに)

 エヴェリーナ様であれば、国内の政治バランスを考えた最適な貴族家を提案する事など容易かったと言うのに。

 そんな私のため息から、恐らくは内心までを正確に汲み取られたエヴェリーナ様は、テーブルにあった扇を手に取って、意味ありげな目線と共にそれで口元を覆われた。

「どうなさいました、陛下。お戻りは明日とお聞きしていたように思いますけれど……?」

「リ、リリアナが、レフトサーリ辺境伯家の次男と閨を共にしてしまったのだ――!」

「「………まぁ」」

 予め、そうなる可能性はあったと理解はしていたものの、エドベリの様に最後まで至らない事も予想していただけに、むしろ私もエヴェリーナ様も、もはや後戻りが出来なくなるところまで事態が突き抜けてしまった事の方に、驚きの声をあげた。

 扇の影で私に向かって「想像以上でしたわね、あの次男」と声に出さず口を開け閉めしているエヴェリーナ様の言葉に、無言で私も頷いてみせる。

 媚薬に抵抗らしい抵抗をせず、身体を張って、こちら側に付く事を証明して見せたのだから、なかなかに将来が末恐ろしい子ではないだろうか。

 ふとエドベリを見れば、唖然とした様に口が半開きだ。

 軽く咳払いをして窘めてやれば、我に返ったのか「どう言う事ですか、父――陛下!」と、父親に詰め寄っている。

「知らん!バシュラールでは、アンジェスのイデオン宰相と過ごすと聞いていたのに、そこにいたのはレフトサーリ辺境伯家の次男だったのだ‼」

「……陛下?何やら今、聞き捨てならない単語があったように思いますけれど」

 本当は全て把握していて、むしろ仕掛けた側であるにも関わらず、エヴェリーナ様はその事を微塵も陛下やエドベリに感じさせなかった。

 上手く陛下の口から、イルヴァスティ子爵令嬢と、イデオン宰相との間に既成事実を成立させようと、バシュラールにする手筈になっていたとの話を聞きだしたエヴェリーナ様は、大げさなまでのため息をついて「エドベリ殿下の件も含めて、全てイデオン宰相様にしてやられましたわね」と、王宮側こちらの話とをそこでまとめてしまわれた。

「うん?妃よ、エドベリの件とは?」

「こちらはこちらで、エドベリ殿下が一服盛られて、アンジェスの聖女様と一晩をお過ごしになられたそうですわよ?」

「なっ⁉」

「まあ…イルヴァスティ子爵令嬢と異なるのは、殿下が盛られたのは睡眠薬。ただ一晩、同じ寝所で過ごされたと言うだけで、既成事実は成立していないようですけれど」

 陛下が、ホッと息を吐き出されたのは無理からぬ事かも知れないけれど、エヴェリーナ様は「とは言え」と、陛下の楽観論に冷水をかけていらっしゃった。

「目撃者が大勢おりますので、何もなかったと言っても、どこまで信憑性を持たせられることやら」

 そうして、エドベリに見せたのと同じ〝転移扉〟の情報が記された書物を掲げ見せられたところで、陛下がサロンのソファに、半ば崩れ落ちるかのように腰を落とされた。

「何故……一体、何が……」

「あら、そう難しいことではありませんわよ、陛下。恐らくは、ナリスヴァーラ城の中にイデオン宰相様の協力者がいて、事前にバシュラールに張り巡らされた罠の情報を掴んでいらしたのではありませんこと?その者の協力で、替え玉としてレフトサーリ辺境伯家の次男が派遣された。ご自身は、そのタイミングに合わせてアンジェス国に帰国すべく、この書物を使ってわたくしに〝転移扉〟を使わせる事を承諾させた。万が一にもエドベリ殿下に王宮内で遭遇すると大変だから、王宮内の誰かを抱き込んで、食事なり執務室で出される飲み物なりに、睡眠薬を混ぜた。――矛盾がありまして?」

 ナリスヴァーラ城の中や王宮内に裏切り者がいたと言うところは虚構でも、他の話は真実だ。

 そうなるとエヴェリーナ様の話には、説得力が上乗せされる。
 自ら手の内を明かす事はしないだろうとの思いも加わると、この時点で「エヴェリーナ様首謀説」は消え失せてしまうのだ。

「陛下。私の使用人への教育が行き届いていなかったやも知れません。このように宸襟を騒がせ奉りました事、幾重にもお詫びを――」

 更に私が頭を下げる事で、陛下はそれ以上の追及が出来なくなる。
 いや、コニーは悪くないぞ!などと言ってしまえば、後々エドベリが一連の流れに疑いを持ったとしても、話はここで打ち切りだ。
 今度はエドベリの方が「陛下の決定に逆らうのか」と言われてしまうからだ。

「レフトサーリ辺境伯家にしろ、バシュラールの別荘にいたユシュコール侯爵家派遣の使用人にしろ、妃やコニーとは日頃からの繋がりが薄い家。イデオン宰相が抱き込んだのだろうとの妃の考えには賛成だ。王宮内も同じ事であろうよ。今更そこを吊るしあげたところで、起きてしまった事実はもう消せぬのだからな」

 そう言って陛下は、再び深いため息をその場に落とされた。

「それで陛下、レフトサーリ辺境伯家の次男…ですか?その彼と、イルヴァスティ子爵令嬢は今、どこで何を……?」

「う、うむ。まあリリアナに関しては、これ以上身体に負担をかける訳にもいかぬ故、明日でも明後日も良いから、落ち着いてから戻るようにと言い置いて来た。ギーゼラも、付き添いで残してきた。もちろんレフトサーリ辺境伯家の次男に関しては、どうするにせよ、バシュラールの中で完結させられる状況になかったのでな。共に連れて来ざるを得なかった。今は王宮内の一室に軟禁している」

「……そうですわね。別荘にいたのがユシュコール侯爵家の使用人である以上は、遠からずアベラルド公爵にまで話は伝わるでしょう。我がラハデ公爵家からの圧力が通じる家でもありませんし、陛下の御判断は正しかったかと」

「そうなのだ!そこをまずは其方そなたと相談せねばと思ったのだ!」

 アベラルド公爵家は、家格だけならばラハデ公爵家に匹敵している。

 先代王妃様は次男であったダーヴィド様を特に可愛がっておられたそうで、そちらには更に別の公爵家の貢献があったと聞く。

 即位にあたって、ラハデ公爵家からの多大な貢献があった点を、陛下は絶対におざなりには出来ないのだ。

「当代となってから、アベラルド家の当主はそれほど王家にも我がラハデ家にも敵対をしていない、言わば中立に近い立場と弟より聞き及んでおります。情報の拡散防止程度であれば、首肯してくれるやも知れません。弟を通して接触を試みさせて頂いても宜しいですか?」

 本当は、とっくに話がついている事はもちろん口にされない。

「う、うむ。それでリリアナとエドベリは……」

「こうなった以上、イルヴァスティ子爵令嬢はレフトサーリ辺境伯家に嫁がせざるを得ないのでは?」

「そ…れはそうかも知れんが……」

「考えようによっては、醜聞のあるオーグレーン家の正妃を名乗るよりも、レフトサーリ辺境伯家をこちらに引き込んで、次代エドベリ殿下の側近の妻となられる方が、社交界で白眼視されずに宜しいのではございません?」

 現時点で、イルヴァスティ子爵令嬢とその母親がギーレン社交界で孤立状態にある事は、陛下も肌で理解されている筈だ。

 そしてメッツァ辺境伯家にパトリック元第一王子が臣籍降下をしている以上、他の辺境伯家がエドベリ支持に回る事は、次代の為にも必要な事だ。

 国内貴族の力関係に敏感な陛下は、唸るように黙り込んでしまわれた。

「エドベリ殿下と聖女様に関しては、陛下がお越しになられる直前に、コニー様から〝白い結婚〟の勧めがございましたわ。今、巷に広まっているの噂を打ち消す為には、王子と聖女と言う分かりやすい形での婚姻が必須。だからと言って、国を背負う正妃になる事とはまた話が別。それは今から改めて、相応しいご令嬢を探されては如何かと」

「…確かに、コニーの言う事には一理あるやも知れぬな」

 エドベリは無言のまま、唇を噛みしめている。
 こうなると、己の立場では従うしかない事を、嫌でも理解したのだろう。

「陛下。実はエドベリ殿下の侍従であるシーグリック・アルビレオが、アンジェス国に戻ろうとするイデオン宰相様を引き止めようとしたのですが、孤軍奮闘で、ケガをしてしまいましたの」

「……ふむ?」

「恐らく彼は、レフトサーリ辺境伯家次男の顔を知らずに、バシュラールにいたのがイデオン宰相様だと思い込んでいたのでしょう。ここは彼のケガに免じて、処罰は思い留まっていただきたいのですわ」

「なるほど。エドベリ、妃もこう申しておる。むやみに処罰する者を増やしては、王宮内でいらぬ想像をかき立てかねん。考慮は出来るな?」

 もともと、自分達が立てた計画が失敗しただけのところ、侍従一人に責任を負わせられる段階も既に通り過ぎたのだ。
 エドベリも「御意にございます」と頭を下げる事しか出来なかった。

「――ただ、王宮内を闊歩させてしまった手前、何も罰しない訳にもいきません。しばしの謹慎と言う形で留め置きたいと存じます」

 予想通りとは言え、これも必要な茶番ですわね…とエヴェリーナ様の口が、私にだけ見える角度で、無音のまま動いている。

「陛下。その代わりと言っては何ですけれど、殿下のご正妃候補を探す諜報役として、傷が治り次第彼を動かして下さいませんこと?今は国内のどの家からご令嬢を娶ったところで、バランスを崩しますわ。聖女様の後見役の家を探すのがせいぜい。聖女様との婚姻と並行して、国外の情報を得る事は大事だと思いますわ」

「うむ。妃の言や良し。その通りに取り計らうとしよう」

「お聞き届け下さり嬉しく存じますわ、陛下。レフトサーリ辺境伯家次男に関しては、ラハデ公爵邸本邸で預かり、弟と話をさせますわ。ユシュコール侯爵家使用人が彼を止めなかったのであれば、アベラルド公爵家の意向がどこかで反映されていた可能性もございますもの。併せて対処に当たらせるべきかと」

 …もちろんそれにも、陛下が頷かない道理がない。

 エヴェリーナ様はほぼ完璧に、事態をラハデ公爵家以外の公爵家とエドヴァルドの仕業と見せかけつつ、王と王子の事実上の失態を表沙汰にさせなかったのだ。

「エドベリ、貴方は聖女様のフォローをなさい。いつまでもそのままにしておけるものでもありませんよ」

 私に出来る事は、エヴェリーナ様の補佐をする事だけだ。

 ――誰よりも国を思う、エヴェリーナ様の為に。
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