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第二部 宰相閣下の謹慎事情

282 五公爵会議+α(1)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「陛下、お話し中のところ申し訳ございません。書記官のリネーでございます」

 さすがにそろそろ帰れるかと思っていたところに、部屋の扉がノックされて、文官なのか宰相副官シモンとよく似た服を着た青年が一人、扉の向こうから顔を覗かせた。

 中へは入ってきたものの、ほんの数歩といったところで、扉にはりつくようにして、一礼している。

 服は似ているけれど、多少色遣いやなんかが違うようなので、名乗ったところからして、こっちは書記官の基本服なのかも知れない。

閣議の間ミズガルズに皆さまお揃いになられましたので、ご移動をお願い出来ますでしょうか」
「分かった」

 軽く片手を上げた国王陛下フィルバートに一礼を残して、青年はすぐさま踵を返す。

 聞いていなかったのか「陛下?」と、エドヴァルドが眉根を寄せた。

「まあ、要はクヴィスト家への弾劾裁判の様なものだな。勝手に他国の王族を国内に引き入れて、挙句その連中がフォルシアン家やイデオン家を襲っている。未遂だったかどうかなど、この際二の次だろう。フォルシアン公には、息子を医者に任せて戻って来るように言っておいたし、スヴェンテ老公、コンティオラ公にも緊急招集をかけた。クヴィスト家は言わずもがなだ。とりあえず『次期』に就く者に来させろと言付けておいた。…ああ、の件はまだ伝えていないぞ、さすがに」

 どうやらフィルバートは、私室で着替えている間に、侍従なり使用人なりを通して、フォルシアン公爵へは医務室に、他は各公爵家へと使者を走らせていたらしかった。

「と言う訳で、おまえにも出て貰うぞエディ」
「……五公爵会議を開くと?」
「今回は私も出るから、正確に言えば『おまけ付』五公爵会議だろうな」

 アンジェスは、国政を「財務・商務」「司法・公安」「軍務・刑務」「運輸・公共(教育)事業」「人事・典礼(外交)」の五部門に分けて、それぞれの最高責任者を公爵としている。

 ただ、公爵自身にも各々の領の采配があるため、実務の長としての長官職がその下に配されていた。

 プレイしていた〝蘇芳戦記〟上で大臣だと認識をしていたのが各公爵であり、この国で長官と呼ばれている人達は、事務次官の様な位置付けなんだろうと、自分なりの理解はしているけれど。

 日々の実務に携わる各部門の長官は、ほぼ毎日、定例会議を開いて最新の情報を交換しあっていて、その上司である公爵は、長官からの報告を受け取って、諾否の判断を最終的に下すのが、言わば定例の業務となっているんだそうだ。

 ただそれ以外に、貴族社会である以上、陞爵や降爵、奪爵に関する議論が必要な時もあり、その際には、まずは司法管轄である高等法院に話が持ち込まれた後で、爵位の頂点にある公爵五人が集まって、その正当性を判断したりするらしい。

 独裁を防ぐために、その場に国王は基本的には臨席せず、後で結果を聞くだけと言うのが基本デフォルトだとか。
 逆にどこか一つの公爵家が突出するのを防ぐ意味でも、爵位が動く際に五人の公爵で意見のすり合わせをすると言う事は重要だ。

 今回は、クヴィスト公爵家にが故の「五公爵会議」と言う事なんだろう。

 かつ、クヴィスト公爵が亡くなった原因が、どこぞのサイコパスな陛下となれば、イレギュラー対応として、当事者としての陛下が臨席する必要も生じたと言う訳だ。

「ええっと……では私は失礼した方が……」

 出席予定者の身分を考えれば、どう考えても場違いだ。

 おずおずと片手を上げた私に、エドヴァルドが何かを言うよりも先に「何を言う姉君」――と、それはそれはステキな笑顔をサイコパス陛下が閃かせた。

「まあクヴィストの次期公爵は、第二王子と第一王女がやらかした内情は察しているだろうが、少なくともコンティオラ公とスヴェンテ老公には、事情を説明する必要がある。フォルシアンの息子に無理強い出来ない以上は、姉君の証言も重要だ」

「「……っ」」

 私とエドヴァルドが、期せずしてそこで言葉に詰まってしまった。
 明らかにエドヴァルドも、私だけでも先に帰らせようと思っていたのが、そこからは察せられた。

 もちろん、そんな事に忖度するような国王陛下ではないけれど。

「まあ、サレステーデの第一王子が力に訴えてきた場合の対応については、事態が起きてから会議にかけた方が良いだろうがな。もちろん、叔父上に対してもそうだが」

 最初ハナから反論なんて考えてもいない、と言ったていで話を進めているし、エドヴァルドも「それはまあ…」と、そこに関しては、国王陛下フィルバートに否を唱えなかった。

 ただ、とは口を開いたものの、出て来た言葉も反論の言葉ソレではなかった。

「クヴィスト以外の公爵と老公には、根回しくらいはしておきたい」

「まあ、そのあたりは宰相おまえに任せる。基本の案自体は悪くないと、私も思うしな。可能性が高いと判断するなら、そうするが良いさ」

 フィルバートは、おおまかな方針だけを立てて、そこに至るまでの仔細は現場に委ねる事が出来る、基本的には経営者向きの人物だ。
 ただただ、倫理を失くした性格サイコパスが、唯一にして致命的な欠点なだけだ。

 逆にエドヴァルドは、なまじ自分でほとんどの事が出来てしまうだけに、他人を頼る事が不得手に見える。泥があっても自らがかぶってしまう。
 トップの欠点は難なく補えるだろうけど、恐らくは組織のトップには向かない。

「では姉君」

 そんな?フィルバートが、明らかにエドヴァルドを揶揄からかう笑みを見せたまま、私に手を差し出す。

「おまけ同士、閣議の間ミズガルズには私がエスコートするとしようか?」
「………え」

 サイコパス陛下のエスコート。そんな恐ろしい。

 うっかり私がドン引いたところに、エドヴァルドがその瞬間、パシリと国王陛下の手を、遠慮斟酌なくはたき落としていた。

「おまえ……もうちょっと国王相手に遠慮したらどうだ」

「どっちがだ。ボードリエ伯爵令嬢の時であれだけ騒ぎになったんだ。もう少し、自分がエスコートする事での周囲への影響を考えたらどうだ」

「私は気にしないが?」

「私が気にする」

 間髪入れずに返すエドヴァルドに、フィルバートがわざとらしい、大きなため息を吐き出した。

「やれやれ。世に名だたる宰相閣下は、存外狭量だな」
「狭量で結構。褒め言葉だと思っておく」

 ここでフィルバートに「相手を作れ」等々、月並みな事を言わないのがエドヴァルドだ。
 フィルバートも、分かっているのか肩を竦めただけだ。

 多分アンジェスと言う国は、どちらが欠けても舵はおかしな方向にしか切られないだろうなと、しみじみ実感した瞬間だったかも知れない。

「なら、姉君を連れて先を歩け。これでも一応国王と呼ばれているからな。宰相よりも先に部屋に入るのは差し障りがあるだろうよ」

「……本当は帰らせたいんだが?」

「そこは諦めろ」

 フィルバートの声色から、揶揄する色が抜けている事を悟ったエドヴァルドも、それ以上は抗弁せずに、私の方へと手を差し出した。

「すまない、レイナ。もう少し付き合って欲しい」

「……分かりました」

 どっちにしても、私に拒否権なんてある筈もない。

 せめて国王陛下フィルバートにエスコートされるよりは良かったと、差し出された手に、自らの手を乗せるしかなかった。
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