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第一部 宰相家の居候
240 駆け落ちしましょう(1)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
舞菜に言った言葉がどうであれ、エドベリ王子が眠ったのを確認して、コニー夫人に〝転移扉〟まで案内して貰わないといけないのだから、彼らが夕食をとる間は、私は後宮のサロンにいるより他はない。
そしてこの後はコニー夫人が私のように、血縁者の料理に薬を盛ると言う背徳感と罪悪感に苛まれる事になるんだろう。
「ああ、そうそう」
毎回毎回、さも何気ない事であるかの様にエヴェリーナ妃は口にするけれど、実際はそんな気楽な話だったためしがない。
舞菜が出て行った扉を一顧だにせず、エヴェリーナ妃は片手を上げて、隅に控えていた侍女の一人から、何やら封蝋がされて筒状になった手紙を、こちらに持って来させていた。
「私もコニー様も、食事が済んだらこちらに戻って参りますけれど、とりあえず宰相様がいらしたら、これを渡して頂けるかしら?」
「あ…はい、承知しました」
「ふふ。読めば分かると言っておいて頂戴。貴方が長年、喉から手が出る程に欲していた物だと」
悪戯っ子の様な笑みを一瞬だけ閃かせて、エヴェリーナ妃はじっと私の顔を見つめた。
「あの……?」
「貴女の頭の中には、私に贈ってくれた本の中身があるでしょう?」
突然、脈絡のなさそうな事を口にしたエヴェリーナ妃に、私の眉根が寄った。
「ですから貴女が今した事で、後日私が貴女に何かをお願いする事はなくてよ?」
「!」
これがサスペンスドラマなら、実の妹に薬を盛った事を知られたくなければ…などと脅迫を受けてもおかしくはないところだ。
エヴェリーナ妃がサスペンスドラマを知っている訳はもちろんないけれど、殊、この件で、私を脅迫するような事はしないと。暗にそう言ったのだ。
私はギーレン国内の〝転移扉〟の情報を知った。それがメッツァ辺境伯家の今後の切り札となる事も。
だからお互い様だと。
「エヴェリーナ様……」
「私にはギーレンと言う『国の安定』が残り、コニー様には『息子の地位の安定』が残った。陛下と殿下には、それぞれご自身の今の立場が保証される。何も得ていないようだけれど、何かを失う事もなかった。貴女も、聖女様には今後会えずとも、宰相様は戻って来る。それで割り切るべきね」
エヴェリーナ妃の言っている事は正しい。
多分、苦虫を噛み潰したような表情になっていたと思う。
そんな私の頭の上に、ふわりとコニー夫人の手が置かれた。
「何より、他に誰も恨まないで済むでしょう?ですから私は、これで納得していますよ」
「コニー様……」
他に誰も恨まないで済む。
やったのは、自分なのだから。
「レイナ嬢とシャルリーヌが、ギーレンの王子どちらかにそれぞれ嫁いでくれたら、後宮も楽しそうだったのに、それもある意味、私達にとっては、ままならない事かも知れないですわね、コニー様?」
…エヴェリーナ妃が言うと、場を和ませる冗談には聞こえません。
その上、コニー夫人もクスリと笑っている。
「そうですわね、エヴェリーナ様。そんな未来があっても良かったかも知れませんわね。むしろ一度くらいは、あの子に牽制しておいても良いかも知れません」
さすがこちらも、長年ギーレン王宮で暮らしてはいらっしゃらない。
あら素敵、なんて微笑うエヴェリーナ妃とは、それなりに友好関係が築かれている。
ギーレンの実権は、むしろ後宮にあるのかも知れない。
「さて、そろそろ私達も支度してダイニングに行かなくてはなりませんわね……レイナ嬢は、申し訳ないけれど、終わるまでもう少しこちらにいらして?衛兵には、宰相様がいらしたら、馬車は貴女と同じ様に後宮の中庭に案内するよう言ってありますから」
もうすぐナリスヴァーラ城から、エドヴァルドがここへ来る筈だと、エヴェリーナ妃が言う。
衛兵や使用人達には箝口令を敷いたので、エドヴァルドが来る事は、エドベリ王子には洩れない、と。
「安心して頂戴な。この城の中は、意外とあの話を知って『二人を応援してあげなくちゃ!』なんて盛り上がってる使用人や騎士達が多いのよ。噂の力って怖いわねぇ、今回良い勉強になったわ、本当に」
権力者の無謀に振り回される平民と言う構図は、異世界年齢問わず、反響が大きいだろうと強調し、身分差恋愛は、政略結婚の多い貴族層に刺さるだろうと強調したところが、ものの見事にハマった恰好なのが、今回だ。
そしてギーレン王家は、それを覆せるだけの策を持たなかった。
出来る事は、妃二人がそこに同情して手を貸した事で、批判の矛先を王と王子のみの最低限に留める事と、聖女との婚姻と言うインパクトのある慶事での、噂の上書き。
「あ、安心なさって。ここに運ばせる夕食は、今日の私たちの夕食と同じにするように言ってあっても、誓って何も仕込んでいませんわよ?今回の一件での、私とコニー様の授業料のようなものと思って、晩餐を楽しんで下さいな」
――念のため、エドヴァルドに渡した薬がまだ残っていたら、貸してもらおう。
そう思った私は、きっと悪くない。
「では、また後ほど改めて。ああ、よかったらその〝イラ〟の茶葉、まだ残っているみたいだから、使い切って貰っても構わなくてよ?」
エヴェリーナ妃とコニー夫人も、それぞれの部屋に戻って行き、侍女数名残ってくれているにしろ、私は事実上一人で、しばらくそこに残される事になった。
「よろしければ、私がお淹れ致しましょうか」
溜め息をついて、頭を抱える私を見かねたのか、私をここに案内してくれたベテラン侍女さんが、そんな風に声をかけてくれる。
お願いします、とうっかり顔を上げないまま、ご好意に甘えてしまった。
魔道具が使えない以前に、どうしたってまだ、自分の中で消化しきれていない。
喉だってカラカラだけど、とても自分で淹れる余裕なんてなかった。
サスペンスドラマの登場人物の気持ちが、痛い程分かってきた。
私は犯人にはなれない。
むしろ耐え切れなくて自首しようとして、真犯人に殺される系だ。
エドヴァルドに媚薬を盛ろうとしたトゥーラ・オルセン侯爵令嬢とか、どんな強心臓だったのか。
違う。
その後に起こる事態を聞きさえしなければ良かったのだ。
自分のやった事の結果を最後まで聞く事がなければ、罪悪感なんて持ちようがない。
「はぁぁ……」
より深く頭を抱えこんでしまったせいで、その時私は、後ろから誰かが近付いて来た事に気が付かなかった。
カチャリ、と机の上にティーソーサーとカップが置かれた音がして、ふわりとイチゴの香りが漂ってきた。
「あ、ごめんなさい。ありが――」
慌てて頭を上げた私は、そこでガチッと固まってしまった。
「……エドヴァルド様……」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
長編をここまで読んで頂いて有難うございます。
第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞も大感謝です。
今までの流れですと次はSide Storyなんですが、話の流れを切る事になってしまうので、今回はそのまま本編続行します!
引き続き宜しくお願いしますm(_ _)m
舞菜に言った言葉がどうであれ、エドベリ王子が眠ったのを確認して、コニー夫人に〝転移扉〟まで案内して貰わないといけないのだから、彼らが夕食をとる間は、私は後宮のサロンにいるより他はない。
そしてこの後はコニー夫人が私のように、血縁者の料理に薬を盛ると言う背徳感と罪悪感に苛まれる事になるんだろう。
「ああ、そうそう」
毎回毎回、さも何気ない事であるかの様にエヴェリーナ妃は口にするけれど、実際はそんな気楽な話だったためしがない。
舞菜が出て行った扉を一顧だにせず、エヴェリーナ妃は片手を上げて、隅に控えていた侍女の一人から、何やら封蝋がされて筒状になった手紙を、こちらに持って来させていた。
「私もコニー様も、食事が済んだらこちらに戻って参りますけれど、とりあえず宰相様がいらしたら、これを渡して頂けるかしら?」
「あ…はい、承知しました」
「ふふ。読めば分かると言っておいて頂戴。貴方が長年、喉から手が出る程に欲していた物だと」
悪戯っ子の様な笑みを一瞬だけ閃かせて、エヴェリーナ妃はじっと私の顔を見つめた。
「あの……?」
「貴女の頭の中には、私に贈ってくれた本の中身があるでしょう?」
突然、脈絡のなさそうな事を口にしたエヴェリーナ妃に、私の眉根が寄った。
「ですから貴女が今した事で、後日私が貴女に何かをお願いする事はなくてよ?」
「!」
これがサスペンスドラマなら、実の妹に薬を盛った事を知られたくなければ…などと脅迫を受けてもおかしくはないところだ。
エヴェリーナ妃がサスペンスドラマを知っている訳はもちろんないけれど、殊、この件で、私を脅迫するような事はしないと。暗にそう言ったのだ。
私はギーレン国内の〝転移扉〟の情報を知った。それがメッツァ辺境伯家の今後の切り札となる事も。
だからお互い様だと。
「エヴェリーナ様……」
「私にはギーレンと言う『国の安定』が残り、コニー様には『息子の地位の安定』が残った。陛下と殿下には、それぞれご自身の今の立場が保証される。何も得ていないようだけれど、何かを失う事もなかった。貴女も、聖女様には今後会えずとも、宰相様は戻って来る。それで割り切るべきね」
エヴェリーナ妃の言っている事は正しい。
多分、苦虫を噛み潰したような表情になっていたと思う。
そんな私の頭の上に、ふわりとコニー夫人の手が置かれた。
「何より、他に誰も恨まないで済むでしょう?ですから私は、これで納得していますよ」
「コニー様……」
他に誰も恨まないで済む。
やったのは、自分なのだから。
「レイナ嬢とシャルリーヌが、ギーレンの王子どちらかにそれぞれ嫁いでくれたら、後宮も楽しそうだったのに、それもある意味、私達にとっては、ままならない事かも知れないですわね、コニー様?」
…エヴェリーナ妃が言うと、場を和ませる冗談には聞こえません。
その上、コニー夫人もクスリと笑っている。
「そうですわね、エヴェリーナ様。そんな未来があっても良かったかも知れませんわね。むしろ一度くらいは、あの子に牽制しておいても良いかも知れません」
さすがこちらも、長年ギーレン王宮で暮らしてはいらっしゃらない。
あら素敵、なんて微笑うエヴェリーナ妃とは、それなりに友好関係が築かれている。
ギーレンの実権は、むしろ後宮にあるのかも知れない。
「さて、そろそろ私達も支度してダイニングに行かなくてはなりませんわね……レイナ嬢は、申し訳ないけれど、終わるまでもう少しこちらにいらして?衛兵には、宰相様がいらしたら、馬車は貴女と同じ様に後宮の中庭に案内するよう言ってありますから」
もうすぐナリスヴァーラ城から、エドヴァルドがここへ来る筈だと、エヴェリーナ妃が言う。
衛兵や使用人達には箝口令を敷いたので、エドヴァルドが来る事は、エドベリ王子には洩れない、と。
「安心して頂戴な。この城の中は、意外とあの話を知って『二人を応援してあげなくちゃ!』なんて盛り上がってる使用人や騎士達が多いのよ。噂の力って怖いわねぇ、今回良い勉強になったわ、本当に」
権力者の無謀に振り回される平民と言う構図は、異世界年齢問わず、反響が大きいだろうと強調し、身分差恋愛は、政略結婚の多い貴族層に刺さるだろうと強調したところが、ものの見事にハマった恰好なのが、今回だ。
そしてギーレン王家は、それを覆せるだけの策を持たなかった。
出来る事は、妃二人がそこに同情して手を貸した事で、批判の矛先を王と王子のみの最低限に留める事と、聖女との婚姻と言うインパクトのある慶事での、噂の上書き。
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――念のため、エドヴァルドに渡した薬がまだ残っていたら、貸してもらおう。
そう思った私は、きっと悪くない。
「では、また後ほど改めて。ああ、よかったらその〝イラ〟の茶葉、まだ残っているみたいだから、使い切って貰っても構わなくてよ?」
エヴェリーナ妃とコニー夫人も、それぞれの部屋に戻って行き、侍女数名残ってくれているにしろ、私は事実上一人で、しばらくそこに残される事になった。
「よろしければ、私がお淹れ致しましょうか」
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喉だってカラカラだけど、とても自分で淹れる余裕なんてなかった。
サスペンスドラマの登場人物の気持ちが、痛い程分かってきた。
私は犯人にはなれない。
むしろ耐え切れなくて自首しようとして、真犯人に殺される系だ。
エドヴァルドに媚薬を盛ろうとしたトゥーラ・オルセン侯爵令嬢とか、どんな強心臓だったのか。
違う。
その後に起こる事態を聞きさえしなければ良かったのだ。
自分のやった事の結果を最後まで聞く事がなければ、罪悪感なんて持ちようがない。
「はぁぁ……」
より深く頭を抱えこんでしまったせいで、その時私は、後ろから誰かが近付いて来た事に気が付かなかった。
カチャリ、と机の上にティーソーサーとカップが置かれた音がして、ふわりとイチゴの香りが漂ってきた。
「あ、ごめんなさい。ありが――」
慌てて頭を上げた私は、そこでガチッと固まってしまった。
「……エドヴァルド様……」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
長編をここまで読んで頂いて有難うございます。
第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞も大感謝です。
今までの流れですと次はSide Storyなんですが、話の流れを切る事になってしまうので、今回はそのまま本編続行します!
引き続き宜しくお願いしますm(_ _)m
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