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第一部 宰相家の居候

222 残念な王と王子

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 今日は午前中、急遽不在にした為、厨房の皆さんが頭を悩ませた結果

 ・ナン(ほうれん草入り)
 ・牛肉とニンジン入りスパイスカレー(タマネギ、トマト、香菜の下地)
 ・ヨーグルトのラッシー

 …と言う前回のマイナーチェンジでランチを仕上げてくれていた。
 いや、でも、パッとマイナーチェンジが出来るあたり、さすがプロフェッショナル。

 ランチが終わりかけた頃、イザクが「ちょっと良いか?」と小声で話しかけてきたので、シーグと三人で、研究施設の外の花壇まで少し歩いた。

「どうやら昨日一昨日あたりから、お館様の周辺がちょっと物騒になってきているらしい」

 辺りをざっと見渡して、人の気配を感じなくなったとイザクが判断したところで、不意にそんな風に口を開いた。

 例のアロルド・オーグレーンが遺した書物をこれ見よがしに隠した使用人が見つかったのと同時に、その使用人が外から人を手引きしようとしていて、アンジェス王宮からの派遣護衛騎士と〝鷹の眼〟の、それは見事な連携で取り押さえたとの事だった。

「え⁉でもエドヴァルド様って、多少行動に自由はあると言っても、基本、ナリスヴァーラ城に引きこもり状態で、王宮主催の晩餐会すら、初回の顔合わせを除いて断ってるんじゃなかったっけ?」

「ああ。ただ、押しかけてる女は門前払いにするわ、王宮内で料理を出そうにも俺が作って渡した薬があるわで、多分王宮側むこうが焦ってきたんじゃないかと。城に侵入しようとしていたヤツを一人とっ捕まえてところが、王都から馬車で2時間ほど行った辺りの所に、エメラルド色の湖水が国一番の透明度を誇ると言われている湖があって、王族や高位貴族の別荘地が集中しているらしいんだが、どうやらそこに攫って押し込める計画があるらしい」

 イザクの表情かおは大真面目なのだが、私は思わず「はい⁉」と素っ頓狂な声を上げてしまった。

「何それ⁉一国の宰相を攫うとか、子爵令嬢叩き出す以上の国際問題じゃない!ホントにそんなバカな指示出した人がいるの⁉」

「……殺すつもりとかはなくて、そこにある城に、どこぞの令嬢と一緒に一晩閉じ込めて既成事実を主張するつもりらしいが。いや、俺にそんな怒りの顔を向けるな。あくまで昨日フィトが捕まえた野郎オトコが吐いた話だ。王宮でそれをやらないのは、その場所が国内では『恋人達の聖地』的な扱いを受けているとかで、何とか今広まっている噂がデマで、本当はお忍びで旅行に出るくらい親しいと主張しないと…とかかしたらしいぞ」

 聞くにつれ「聞いた」んじゃなくて「無理矢理喋らせた」感がありありとしているけど、もう、そこは聞かなかったコトにしておく。

「どれだけその子爵令嬢の立場を底上げする事に拘ってるのよ……」

 エドベリ王子がシャルリーヌに固執するなら、国王は愛妾とその娘に固執しているのか。
 真面目に仕事してくれと内心で毒づいてしまったが、アンジェスのサイコパス陛下を思えば、むしろ良い勝負と言えるんだろうか。

 …エヴェリーナ妃が聞いたら激怒案件な気もするけど。

 思わず眉をひそめた私に「それでな」とイザクが言葉を続けた。

「ファルコとあと一人、ナリスヴァーラ城の方に回しても良いか?。今のお嬢さんはあくまで『レイナ・ユングベリ』であって、まだ王や王子に正体バレてないだろう?そうそうすぐに襲われる事はないんじゃないかって話をファルコとしていて」

「ああ、そう言うコトね。オッケー、理解した。人選も人数も任せるけど、それなら逆に、こっちはイザクとシーグとレヴくらいにしてしまっても良いんじゃないの?」

 エドヴァルド優先。それは、そう。

「……即答か。言い出した俺が言うのも何だが」

 あっさり私が片手を上げると、イザクは微妙に顔を歪め、シーグは予想外と言わんばかりに目を見開いていた。

「え、だってほら、イザクは植物園での研究もあるから無理でしょう?レヴとシーグに関しては、何かあった時にファルコ達との連携とかまだ上手くいかないだろうし。ただ三人とも腕っ節はあるワケだから、それで良いかなと」

「まあ……それはそうなんだが」
「こ、怖くないんですか?護衛が半減するようなものなのに」

 立場の微妙なシーグは、私と話す時の言葉遣いに相変わらず悩んでいるようだ。

「ダメならダメって最初からイザクは言うだろうし、ファルコだって、向こうに人数を割こうとか、そもそも言い出さないと思うしね。彼ら玄人プロがそれで大丈夫だって言うなら、私がとやかく口を挟むコトじゃないもの」

「…い、イイんですか?」

 シーグはむしろ、イザクに対して敬語で接している。今もイザクを見上げて、お伺いを立てているくらいだ。
 …え、それは私に威厳とか敬慕とかが足りないと?

 やっぱり同じ薬を扱う者同士、何かしら通じるところがあるとかだろうか。

「ああも言い切られてみろ。任せろ以外に言えると思うか?」
「そ…れは……」
「ただ、全面的な信頼はイイが、本人もうちょっと警戒心を持って怯えてくれないかとは言いたい。だから、懲りるとか反省とか自重とかが行方不明だなどと言われるんだ」

 いやいや、何か単語増えてない⁉
 おーい、シーグも絶句してないで何かフォローしてー!

「ともかく、三人だと連絡係がいない。ヘリファルテ飛ばすよりもナシオとゲルトナーで伝達させる方が早いからな。お嬢さんが今言った三人に、ゲルトナー足して、残りをナリスヴァーラ城に回す。それで良いか?」

 返事の代わりに私はヒラヒラと片手を振り、もうランチタイムも終わると、私とイザクとシーグは踵を返す。

「とりあえず私の予定としては、キスト室長が薬草を揃えてくれるのが早いか、ラハデ公爵から手紙の返事が来るのが早いか、それによって決まるって感じかな」

 場合によっては、またラハデ公爵邸に行く事になるだろうけど、そこのところはまだ分からない。エヴェリーナ妃指定の、どこか別の場所で話をする事になるかも知れないからだ。

「あー…でも、その別荘地への拉致計画の話、追加で知らせておいた方が良いか……」

 ラハデ公爵に言えばエヴェリーナ妃に自動的に伝わるだろうし、もしかしたら計画が前倒しになる可能性もある。

「ギルド行くのと、植物園ここからの夕方の定期便に乗せるのと、どっちが早いんだろう……」

 植物園ここで取りまとめられた郵便物が、直接各宛先に配達されるのであれば、配達の定刻まで中で保管されるギルドよりは早く着く筈だ。

 ちょっとキスト室長に聞いてみようと思いながら研究施設に戻ると、中で妙に顔色の悪い室長と出くわした。

「――キスト室長?どうされたんですか?」

「はは……これほどの短期間に、要人が立て続けに植物園ここを訪れるなどと、初めてだな」

 声色からして、もう笑うしかないと言う感じだ。

「今度はラハデ公爵が、植物園ここに訪れたいとの事だ。後見を引き受けるからには、宣伝紙面の事についても一度きちんと見て、話をしておきたいと言う事らしい」

「………わぁ」

 ――私も、とっさにその一言しか出て来なかった。
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