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第一部 宰相家の居候
【宰相Side】エドヴァルドの秘鍵(前)
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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
ナリスヴァーラ城(旧オーグレーン城)に関しては、最後の当主アロルド・オーグレーンが没してよりこちら、誰も住んでいなかったとの話ではあったが、予め申請を出せば滞在の許可が下りることもあって、時折貴族が別荘代わりに短期滞在をしたり、周辺住民に不定期に一般開放をして、庭などで「市」の様な行事を執り行ったりする事もあったらしい。
なので、思っていたより寂れてはおらず、適度に手入れもなされていた。
この城に着いてよりこちら、ひっきりなしに周辺領主や貴族たちからの招待状が届けられはするものの、私は城の執事であるベレンセに、公に認められた王族関係者あるいはラハデ公爵、キスト植物園研究施設室長、ベクレル伯爵を除いては、受け取る必要もないと言い聞かせておいた。
ついさっきまでは、ベレンセ曰く「イルヴァスティ子爵家の家紋を馬車に付けた」馬車と使者が来ていたらしかったのだが、私は「使者が持つ手紙だけ預かったら、馬車ごと速やかに帰らせろ。もてなしの必要もない」と、それ以上はベレンセに対応を任せて、自分は書庫から一歩も出なかった。
お付きの者か誰かが「馬車の中にはやんごとなき方がいらっしゃいます。お会いになられないなどと、世に名だたる宰相閣下のなさりようとは思えません」などと玄関ホールで喚いていたようで、最初ベレンセも困惑していたらしいのだが、私が「首と胴が離れたいのか?」と、先日念押しした事をさりげなく仄めかせれば、あっさりと、使者と馬車を追い返す方を選んだ。
極端な話、この城から締め出されたイルヴァスティ子爵令嬢が、帰路に就いた途中に何かがあったとしても、私の良心は欠片も刺激されない。
例え戻る途中で日が暮れるとか、夜の寒空の中令嬢を放り出すのかとか喚かれても、だ。
そもそも、言うに事欠いて誰が「やんごとなき方」なのだと言う話だ。
とりあえず渋々手紙だけは受け取らせて中を開ければ、それはエドベリ王子から伝言として託されたものだったらしく、要約すると聖女マナを連れて、シーカサーリと言う街にある王立植物園に見学に行くが、ついて来るか――と言った内容だった。
さすがにこれは、無視出来そうにない。
それに、あの植物園のキストと言う室長は、ギーレン国の当代〝扉の守護者〟である男性の正確な病状を恐らくは把握している様に見えた。
本当に〝転移扉〟を動かせない程魔力が消耗しているのか、本人とほとんど話せなかった以上は、キストに確かめてみるのも一案かも知れないと思っていたところに、ベレンセが今度は、エヴェリーナ正妃からだと言って、更なる手紙を持ち運んで来た。
「……っ」
――それは、ラハデ公爵邸で開かれる、妃とコニー第二夫人とを招いての「茶会」への招待状だった。
この招待状が書かれたと言う事は、間違いなくレイナが彼女の懐に飛び込んだと言う事だ。
二国間の戦争を引き起こす事なく、大手を振って帰国するには、この正妃の協力が不可欠だと、やはり察して、行動を起こしたのだ。
「……くくっ」
口元に、我知らず笑みが浮かんだ。
「これは……植物園は、却下だな」
エヴェリーナ正妃、コニー第二夫人と繋ぎをとる方が、現時点では優先順位は上だ。
私はそれぞれに返信をしたためた後、しばらく書庫にこもるから、くれぐれも邪魔をしないようにと言い置いて、主だった使用人たちの足音が遠ざかったところで、フィトから、レイナ側にいるファルコたちからの情報を聞いて、話のすり合わせをする事にした。
「えー…ファルコからは『一言で言うと、お嬢さんの辞書の中の「懲りる」と言う単語は、地の果てまで旅に出ているようだ』と、まず、お館様に伝えるように言われました」
「………何?」
ただ、予想だにしなかったフィトの第一声に、私はすぐには言葉を続けられなかった。
その後、ベクレル伯爵領がシーカサーリ王立植物園を抱えているため、伯爵の口利きで研究施設に入り込み、例の「全ての毒を無効化する薬」を更に完全なものにしようとしている事や、広告宣伝費で印刷費用を賄うと言う、恐らくまだ誰も取り掛かった事のないやり口で、無料の紙面配布を行って、王家を追い込む「噂」を広めようとしている事などを聞かされるに至っては、気のせいか頭痛を覚えた程である。
「……レイナ……」
研究施設に入り込んだところで、レイナ自身は薬の開発は出来ないだろうと思いきや、そちらはイザクに任せて、本人はイザクの助言で、公爵邸にいた時から確かに言っていた「植物と食事と健康維持」の関係性を研究課題に挙げて施設に入り込み、更にあの室長から、街の出版社への口利きをもぎ取ったらしい。
その上商業ギルドにも紙面に関する話を通したらしく、植物園に入り込むためだけに立ち上げた筈の、架空の「ユングベリ商会」とやらが、今や、本当に立ち上げなくてはならないのではと思える程、街に定着をしてきているらしかった。
と言うか、商業ギルドで身分証を作らせる事は、懐中時計を渡す事で有耶無耶にした筈だったのに、どこをどうして、今「ユングベリ商会」なるものが立ち上がっていて、あの、どう見ても只者とは思えないキスト室長と、日々研究施設で顔を会わせるような事態になっているのか。
「……なるほど確かに『懲りる』と言う単語は、地の果てまで旅に出ているな……」
低い声で呟いた私に、フィトは「寒っ」と身体を振るわせていた。
ちょっと、うっかり、部屋の室温を下げてしまったかも知れない。
「そ、それでですね、どうやらお館様が今お持ちの薬の情報、王宮側から狙われているようで、その対応でファルコ達、ちょっとバタバタしているようです。カタが付いたところで、また連絡は入れるとの事でしたが」
「状況は理解した。全員、帰ったら覚悟しろと伝えておけ。レイナの暴走を止めていない時点で、全員同罪だとな」
「は…はは。了解しました、お館様」
「こちらからは、エヴェリーナ正妃主催の茶会に出席する予定があると言付けておけ。その日、聖女マナとエドベリ王子が植物園の視察に行く予定だと言うのは、もしかしたらキスト室長経由で聞いているのかも知れないが、念のためこちらからも伝えておけ。レイナならば、何とか彼らと遭遇しないよう、自力で対策は講じると思うがな」
「――お館様、失礼いたします」
フィトが了承の意をこめて頭を下げるのと前後するように、不意に物陰から、ナシオが姿を現した。
「どうした、ナシオ」
「この城内、隠し部屋の他にも隠し金庫まであったようで……手分けして城内をくまなく確認している途中に、こちらを見つけまして」
古びてくすんではいるが、貝殻を彫り込んだ見事な細工の箱を、ナシオが差し出してくる。
受け取って蓋を開ければ、中には、重要性の高い文書にのみ使用されると言っても良い、羊皮紙の写本が1冊収められていた。
箱は近くの机の上に置き、私はそっとその本を手に取ると、冒頭の数ページにざっと目を通した。
「なっ……⁉」
「御心配なく。我々、誰も中に目を通してはいません。表紙には何も書かれていませんし、この書籍自体のつくりを考えて、迂闊に手にとって良いとも思えませんでしたので」
私の顔色が変わったのを見て、ナシオがすぐにフォローを入れてきた。
それで良い、と私は頷かざるを得なかった。
「何故こんな物がこの城に……いや、そもそも本物なのか……?」
――それは本来、こんなところにある筈のない、ギーレン国内の転移扉の設置に関する機密情報が記された1冊だった。
ナリスヴァーラ城(旧オーグレーン城)に関しては、最後の当主アロルド・オーグレーンが没してよりこちら、誰も住んでいなかったとの話ではあったが、予め申請を出せば滞在の許可が下りることもあって、時折貴族が別荘代わりに短期滞在をしたり、周辺住民に不定期に一般開放をして、庭などで「市」の様な行事を執り行ったりする事もあったらしい。
なので、思っていたより寂れてはおらず、適度に手入れもなされていた。
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ついさっきまでは、ベレンセ曰く「イルヴァスティ子爵家の家紋を馬車に付けた」馬車と使者が来ていたらしかったのだが、私は「使者が持つ手紙だけ預かったら、馬車ごと速やかに帰らせろ。もてなしの必要もない」と、それ以上はベレンセに対応を任せて、自分は書庫から一歩も出なかった。
お付きの者か誰かが「馬車の中にはやんごとなき方がいらっしゃいます。お会いになられないなどと、世に名だたる宰相閣下のなさりようとは思えません」などと玄関ホールで喚いていたようで、最初ベレンセも困惑していたらしいのだが、私が「首と胴が離れたいのか?」と、先日念押しした事をさりげなく仄めかせれば、あっさりと、使者と馬車を追い返す方を選んだ。
極端な話、この城から締め出されたイルヴァスティ子爵令嬢が、帰路に就いた途中に何かがあったとしても、私の良心は欠片も刺激されない。
例え戻る途中で日が暮れるとか、夜の寒空の中令嬢を放り出すのかとか喚かれても、だ。
そもそも、言うに事欠いて誰が「やんごとなき方」なのだと言う話だ。
とりあえず渋々手紙だけは受け取らせて中を開ければ、それはエドベリ王子から伝言として託されたものだったらしく、要約すると聖女マナを連れて、シーカサーリと言う街にある王立植物園に見学に行くが、ついて来るか――と言った内容だった。
さすがにこれは、無視出来そうにない。
それに、あの植物園のキストと言う室長は、ギーレン国の当代〝扉の守護者〟である男性の正確な病状を恐らくは把握している様に見えた。
本当に〝転移扉〟を動かせない程魔力が消耗しているのか、本人とほとんど話せなかった以上は、キストに確かめてみるのも一案かも知れないと思っていたところに、ベレンセが今度は、エヴェリーナ正妃からだと言って、更なる手紙を持ち運んで来た。
「……っ」
――それは、ラハデ公爵邸で開かれる、妃とコニー第二夫人とを招いての「茶会」への招待状だった。
この招待状が書かれたと言う事は、間違いなくレイナが彼女の懐に飛び込んだと言う事だ。
二国間の戦争を引き起こす事なく、大手を振って帰国するには、この正妃の協力が不可欠だと、やはり察して、行動を起こしたのだ。
「……くくっ」
口元に、我知らず笑みが浮かんだ。
「これは……植物園は、却下だな」
エヴェリーナ正妃、コニー第二夫人と繋ぎをとる方が、現時点では優先順位は上だ。
私はそれぞれに返信をしたためた後、しばらく書庫にこもるから、くれぐれも邪魔をしないようにと言い置いて、主だった使用人たちの足音が遠ざかったところで、フィトから、レイナ側にいるファルコたちからの情報を聞いて、話のすり合わせをする事にした。
「えー…ファルコからは『一言で言うと、お嬢さんの辞書の中の「懲りる」と言う単語は、地の果てまで旅に出ているようだ』と、まず、お館様に伝えるように言われました」
「………何?」
ただ、予想だにしなかったフィトの第一声に、私はすぐには言葉を続けられなかった。
その後、ベクレル伯爵領がシーカサーリ王立植物園を抱えているため、伯爵の口利きで研究施設に入り込み、例の「全ての毒を無効化する薬」を更に完全なものにしようとしている事や、広告宣伝費で印刷費用を賄うと言う、恐らくまだ誰も取り掛かった事のないやり口で、無料の紙面配布を行って、王家を追い込む「噂」を広めようとしている事などを聞かされるに至っては、気のせいか頭痛を覚えた程である。
「……レイナ……」
研究施設に入り込んだところで、レイナ自身は薬の開発は出来ないだろうと思いきや、そちらはイザクに任せて、本人はイザクの助言で、公爵邸にいた時から確かに言っていた「植物と食事と健康維持」の関係性を研究課題に挙げて施設に入り込み、更にあの室長から、街の出版社への口利きをもぎ取ったらしい。
その上商業ギルドにも紙面に関する話を通したらしく、植物園に入り込むためだけに立ち上げた筈の、架空の「ユングベリ商会」とやらが、今や、本当に立ち上げなくてはならないのではと思える程、街に定着をしてきているらしかった。
と言うか、商業ギルドで身分証を作らせる事は、懐中時計を渡す事で有耶無耶にした筈だったのに、どこをどうして、今「ユングベリ商会」なるものが立ち上がっていて、あの、どう見ても只者とは思えないキスト室長と、日々研究施設で顔を会わせるような事態になっているのか。
「……なるほど確かに『懲りる』と言う単語は、地の果てまで旅に出ているな……」
低い声で呟いた私に、フィトは「寒っ」と身体を振るわせていた。
ちょっと、うっかり、部屋の室温を下げてしまったかも知れない。
「そ、それでですね、どうやらお館様が今お持ちの薬の情報、王宮側から狙われているようで、その対応でファルコ達、ちょっとバタバタしているようです。カタが付いたところで、また連絡は入れるとの事でしたが」
「状況は理解した。全員、帰ったら覚悟しろと伝えておけ。レイナの暴走を止めていない時点で、全員同罪だとな」
「は…はは。了解しました、お館様」
「こちらからは、エヴェリーナ正妃主催の茶会に出席する予定があると言付けておけ。その日、聖女マナとエドベリ王子が植物園の視察に行く予定だと言うのは、もしかしたらキスト室長経由で聞いているのかも知れないが、念のためこちらからも伝えておけ。レイナならば、何とか彼らと遭遇しないよう、自力で対策は講じると思うがな」
「――お館様、失礼いたします」
フィトが了承の意をこめて頭を下げるのと前後するように、不意に物陰から、ナシオが姿を現した。
「どうした、ナシオ」
「この城内、隠し部屋の他にも隠し金庫まであったようで……手分けして城内をくまなく確認している途中に、こちらを見つけまして」
古びてくすんではいるが、貝殻を彫り込んだ見事な細工の箱を、ナシオが差し出してくる。
受け取って蓋を開ければ、中には、重要性の高い文書にのみ使用されると言っても良い、羊皮紙の写本が1冊収められていた。
箱は近くの机の上に置き、私はそっとその本を手に取ると、冒頭の数ページにざっと目を通した。
「なっ……⁉」
「御心配なく。我々、誰も中に目を通してはいません。表紙には何も書かれていませんし、この書籍自体のつくりを考えて、迂闊に手にとって良いとも思えませんでしたので」
私の顔色が変わったのを見て、ナシオがすぐにフォローを入れてきた。
それで良い、と私は頷かざるを得なかった。
「何故こんな物がこの城に……いや、そもそも本物なのか……?」
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