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第一部 宰相家の居候

194 ヒロインのファザコン疑惑⁉

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「申し訳ありません。小母おば様に熱を出して頂きました」

 文法的にはとてもおかしな話ではある。が、今回はまぎれもなくそれが正しい。
 邸宅で待っていたベクレル伯爵も、了解したとばかりに頷いただけだった。

「いきなりで悪かったね。だがここを逃すと、次がいつになるか分からないからね」

「いえ。そもそも無理をお願いしたのはこちらですので、感謝こそすれ、不平不満などあろう筈もございません。一応キスト室長から、解熱効果のある薬草も頂いています。後日話の齟齬が出るといけませんので、お伝えしておきます」

「そうか……キスト室長とソルディーニ園長は、こちらが娘の件以降一線を引いている事を良く分かっておいでだから、いきなり見舞いに訪れたり、根掘り葉掘り貴女に何かを聞くような事はないだろうが…分かった、念のため心に留め置くとしよう」

「今日明日の間くらい、不用意に出歩いたり、食材の仕入れ業者にも見られない様にしておけば宜しいですわよね?でしたら、今からドレスの着付けをしましょう。シャルリーヌがまだ袖を通していなかったドレスが、そのままありますのよ。ラハデ公爵様の所へ行くのでしたら、着た方が良いと思いますわ」

「えっ、やっ、それは……」

 ふいに現れたフィロメナ夫人に、私はわたわたと両手を振った。

 ハッキリ言って、私とシャルリーヌでは、身長はともかく体型が違う。…特に胸周りが。

 あのナイスバディはヒロイン特性なのかと、初めて公爵邸で会った頃、私がちょっといじけていたのは秘密だ。

 人並みな筈なのに、あれほどコンプレックスを刺激される事もない。

「大丈夫。貴女の方が大柄だ、とかならともかく、むしろ少し瘦せぎみでしょう?だったらそれほど手を入れなくとも大丈夫よ」

「瘦せぎみ……」

 物は言いよう。

 地味に凹んでいる私を無視スルーしながら、私は別室にドナドナされ、侍女さんたちの手で、あーでもないこーでもないと、着付けさせられた。

 皆久しぶりに、若いお嬢さんのドレスアップが出来て嬉しいのよ――などと言われてしまえば、もう降参一択しかない。

「行く前に、もうぐったりだわ……」

 馬車の中で横になりたくとも、それはそれでドレスの皺に気を遣う。

 何とかギリギリ壁際に頭だけもたせ掛けながら、私はラハデ公爵邸へと向かった。

(一言で言えば〝貴族らしい貴族〟――と言う事になるかな)

 改めてラハデ公爵の為人ひととなりを聞いてみた際の、ベクレル伯爵の答えが、それだった。

 高飛車とかそう言った事ではなく、怠惰や不正を何より嫌いながらも、ラハデ公爵家にとって必要な事であるならば、多少の泥は厭わない。そう言う為人ひととなりなのだと言う。

 第一王子パトリックの婚約者だった頃のシャルリーヌに、周囲にはイジメかと思われながらも、実際には王宮内のと渡り合う為のアレコレを教示していたらしい。

 本人シャルリーヌは否定したけど、実は初恋だったんじゃないかなぁ…なんて、微笑を浮かべながらベクレル伯爵が教えてくれたので、帰ったら聞いてみようと思う。

 そりゃぁ、婚約者はあっさりハニトラに引っかかるオバカさんだし、その異母弟おとうとはストーカーみたいなものだし…となれば、多少厳しかろうと大人の男性に目がいくのは仕方がなかったのかも知れない。

 あれ、でも、ラハデ公爵って何歳?
 下手をしたら、ブラコン通り越してファザコンになるんじゃ…?

 え、いやいや〝蘇芳戦記〟にそんな設定ないって!

 あ、でも、既にエドヴァルドが亡命してギーレンにいる訳でもなければ〝転移扉〟の情報流出犯にされて失脚した訳でもない以上は、所々にキャラクターはいても、全体的にルートを逸脱してるのか……。

 ギーレンとアンジェス、私とシャルリーヌ。二国で二人のプレーヤーが同時にゲームのシナリオ展開を回避しようと動いた結果、設定だけをなぞった「二次創作」的に事態が動いているのかも知れない。

「アナザーストーリーとして割り切った方が良い?うーん、でも、補正がかかる危険もゼロではないしなぁ……」

 そうこう悩んでいるうちに、ベクレル伯爵邸から20数分揺られた馬車は、目の前の川を越えれば、王都中心部――と言うところまで来て、左折をした。

「もうこのあたりは、既にラハデ公爵家の領地らしいぞ」

 小窓の向こうから声をかけてきたファルコに、私も我に返って気を引き締める。
 
 うん、まずは目の前の事をちゃんとしないと!

 スピードが落ち始めた馬車の窓から外を見れば、さすが正妃を輩出する実家だけあって、ひょっとしなくても、イデオン公爵邸よりも広い。いや、絶対に。
 
 見えてきた邸宅おやしきは……古城ホテル、と言う表現の方がドンピシャで当てはまる気がした。

 これは、訪問時点で相手を圧倒しようと言う意図でもあるのだろうか。

 もし王宮に近いレベルだったら、王家にケンカを売っているのかと、それはそれで問題だと思うけど、王宮を見た事がない私には、現時点ではそこは分からない。

「レイナ・様ですね。あるじより承っております。どうぞこちらへ」

 玄関ホールで執事姿の男性に声をかけられた私は、トーカレヴァだけを連れて、その案内に従った。

 ファルコは馬車留めで待っていて貰う事にした。
 多分この家の家格を考えれば、それが無難な筈だ。

 真ん中にカーペットまで敷かれた、すわ大理石か⁉︎と思うような壮麗な階段を登って、恐らくは書斎と思しき部屋へと案内をされた。

「イデオン宰相のと聞き、どれほどのものかと思っていたが……まさか本当に、こちらの想像を上回る早さで訪ねて来るとは思わなかった。まだ何の連絡も取り合っていないだろうに」

 僅かでも王家の血があると言う事だろうか。
 ローズ&ゴールドのブロンドの髪色を持つ男性が、中にはいた。

「ラハデ公爵家当主サイアス・ラハデだ。察するに、我が姉――ギーレン国王正妃エヴェリーナとの繋ぎを求めてここに来た、と言うところか?」

 なるほど「貴族らしい貴族」と言う、ベクレル伯爵の言い様は正しいのかも知れない。
 あまり気安さを感じない、厳格な空気を身に纏っている人だ。

 私は、ヨンナの教えを最大限に体現して〝カーテシー〟の礼をとった。

「ユングベリ商会のレイナ・ユングベリと申します。ラハデ公爵様におかれましては、お忙しいところ、お時間をとって下さいました事、感謝の念に堪えません」

 内実がどうであれ、今の私は「ベクレル伯爵家の客」であり「ユングベリ商会の後継者」だ。
 使用人達がいる以上、その前提は崩せない。

 弁えています、と言った態度を示した私に、ラハデ公爵が僅かに片眉を動かした。

「与えられている時間は無限ではないぞ。今回はあくまでシャルリーヌの父――ベクレル伯爵の顔を立てたに過ぎん。用件があるならば、この場で言うが良い」

 ――答える代わりに私は「例の原稿」を、ラハデ公爵にも手渡す事にした。
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