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第一部 宰相家の居候

【植物園Side】キストの深闇(後)

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 それからそう間を置かずに、アンジェス国の当代「聖女」と呼ばれる〝扉の守護者ゲートキーパー〟の少女が、赤毛の青年に連れられる形で応接の間へと現れた。

 青年は、陛下と同じ髪色である事からもエドベリ殿下である事が察せられた。

 室長就任時くらいしか、調合室以外の部屋に足を踏み入れた事がない私は、パトリック殿下が第一王子でいらした頃でさえ面識がなく、大臣職を持つ高位貴族たちにいたっては、記憶の隅にも留まっていない。

 少女の方は、どこかで見た顔だとは思ったものの、その後に続いた甲高い声に、あっと言う間にその印象がかき消されてしまった。

「えぇ~?植物園のさんなんですかー?こんなにカッコイイ人が、ガーデニングとか、もうギャップ萌えですよー!」

「………」

 ある意味、ニコニコと微笑わらっているエドベリ殿下は、感情の揺らぎを表に出さない、次期王位継承者としては見事な対応なのかも知れない。

 私の心境としては、頭を抱えたそうに、目を閉じて視線を逸らした隣国の宰相閣下と、恐らくは寸分違わぬような気はしている。

 だが二人とも、私が植物園の「付属研究施設の室長」だと、彼女に訂正をしようとはしない。
 結局、最終的には「敢えて構う事をしない」と言う、同じ対応をとっている。

 で転移扉を支えられるだけの魔力があるなどと、人間の身体と言うのは本当によく分からないなと思う。

「どうだろう、キスト室長。時間のある時にでも、こちらのアンジェス国の聖女殿を植物園に案内して貰えるだろうか。この通り、彼女もとても興味を持っているようだ」

 挙句エドベリ殿下は、聖女の発言をかなり意訳して解釈している。
 いや、こちらに解釈させようとしているのか。

 意外に油断ならない次期国王であるかのように、私には思えた。

「ええ、まあ。外交案件でお越しでしょうし、その合間と言いますか…時間が許すのであれば、ご招待自体はやぶさかではありません。研究施設サイドはともかく、一般開放区の方であれば、女性のお客様が好まれるような香り高い商品なんかも取り扱っておりますしね」

「え、そうなんですか⁉それは行ってみたいですー。もちろん、案内して下さるんですよねー?」

「時間が合うようでしたら、ぜひに。アンジェス国の当代〝扉の守護者ゲートキーパー〟たる聖女様は、我が国の聖者ラガルサ殿とは随分と異なるタイプの方のようですし、出来れば魔力と転移扉と〝扉の守護者ゲートキーパー〟との関係を、比較研究させて頂きたいところですね」

 私は心からの本音を述べて、社交辞令抜きに笑いかけたつもりだったが、何故だかアンジェス国から来た二人を除く、ギーレン関係者皆が顔を痙攣ひきつらせていた。

 後々あとあと、ラガルサ殿から話を聞いた医師や薬師達から総出で「招待はやめましょう。もしくは別の人に案内させましょう」と懇願される羽目になったのは、何故だと声を大にして問いたい。

 そうこうしているうちに、今度は陛下が、ティーワゴンを背後で押している、妙齢の令嬢と共に現れた。

 …部屋の空気が冷えて、宰相閣下の舌打ちが聞こえたのは、どちらも気の所為せいなのだろうか。

 お茶を淹れる侍女にしては、所作が侍女らしくないと思っていると、ラガルサ殿が「彼女はイルヴァスティ子爵令嬢です。キスト室長も、名前だけならご存知かと思いますが……」と耳打ちをしてきた。

 ああ、ベルトルド国王陛下がご正妃様でも第二夫人でもない、別の女性に生ませた子供が、確かそんな家名を持っていた。

 調合室の薬師達の話題に上っていた記憶は、確かにある。

「……イデオン宰相。貴殿が口をつけてくれねば、私はともかく周りの者たちは手を出しづらいのだが」

 陛下の一言でハタと気付けば、確かに宰相閣下は、出されたお茶にも茶菓子にも、先ほどからピクリとも手を動かしていない。

「これは失礼。私は実は出がけに少し食べてきたところで、今、何かを口に出来る状態ではないので……どうか皆さんは、私の事は居ないものと思って、味わって貰って結構」

 もう食べてますー、などと暢気な声を発しているのは聖女くらいのものだろう。

「ああ、そうだキスト室長」

「……何でしょうか」

「食事や飲み物に混ぜられた、を無効化するような薬草と言うのは、そちらの植物園には存在するのだろうか。あればぜひ分けて貰いたいのだが」

 私ですら、宰相閣下の態度や言葉一つに、場の空気がピリピリとしているのを感じる。

 何だ。何に巻き込まれたんだ、私は。

 とは言え、私と宰相閣下、しかも公爵相手では私が疑問をぶつけられる立場にはない。
 聞かれた話に答える事しか出来ない。

「残念ながら、そう言った効果を単独で発揮できるような薬草は存在しません。ただ……」
「ただ?」

「幾つかの薬草を組み合わせる事で、それに近い効果が出るだろうとの、確信に近い予測は以前からあって、今、検証を進めているところではあるのですよ。いずれ薬草ではなく〝魔法薬ポーション〟として完成形になるのではと思っていますが」

 なるほど…と頷く宰相閣下とは別に、陛下もエドベリ殿下も、今の話には興味を覚えたらしかった。

「そんな薬などある筈はないと思っていたが……理論上は不可能と言う訳ではないのか」
「父――陛下、今、実際に検証をしていると……」
「あ…そう、そうだったな」

 妙に顔色悪く、宰相閣下に視線を向けている気がしているが、私やラガルサ殿は、そのやり取りにどんな比喩が隠されているのかが分からない。

 これだから、なるべく王宮案件には関わり合いになりたくないのだ。

 大人しく、ラガルサ殿の体調を整える事に集中させて欲しい。

「えー?ポーションってホントにあるんだー?私の住んでた所では実在していなかったのにー。植物園ってスゴイんですね、そんなのも作れるんですかー?」

「……〝魔法薬ポーション〟に興味がありますか?」

 誰もそこに反応をしないので、とりあえず私が会話を繋げれば、こちらを向いた聖女が、やや顔を赤らめていた。

 ある意味見慣れた反応。

 会うなり、胡散臭さ全開の視線を向けてきたユングベリ嬢こそがやはり異質だったのだと、妙に安心したのは、誰に言える事でもなかったが。

「はい、とっても!やっぱり飲めば魔力が回復したり、ケガが治ったりするんですか⁉」

「今はまだ、落ちた体力を回復させる程度の効能しか持たせられていないのですよ。いずれはそう言った物も作れればと思っているんですがね。開発が進めば、貴女のような〝扉の守護者ゲートキーパー〟たちにとっても、負担が減らせる画期的な薬になる筈ですから。いずれぜひ、試用検証にご協力頂きたいところですね」

「マズいとか、苦しくなるとか、アヤしくなければ全然イイですよー?それって私のための薬なんですよね?さんカッコイイですし、喜んで協力しちゃいます!」

 両手で自分の頬に手をあてて小首を傾げているあたり、本音なのか「協力的な自分」の姿に酔っているのかが、今一つ判断しづらい。

「有難うございます。でしたらやはり、近々ぜひ植物園にいらして下さい。若手の研究員もかなりいますし、皆、歓迎すると思いますよ」

 特にな連中を集めておけば、研究中の新薬の試飲なんかも、それと知らず引き受けてくれるかも知れない。

 今は医師や薬師でしか試せていないが〝扉の守護者ゲートキーパー〟の為の薬は、同じ〝扉の守護者ゲートキーパー〟が試した方が良いに決まっている。

 陛下や宰相閣下たちは、頷いてくれるだろうか。

 納得のいく薬が出来たら、機を見て尋ねてみようと私は内心で密かに決意した。
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