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第七章 さっちゃん
珈琲と玉子サンド(後)
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念のためにと、当時の祖母を知っているかも知れない女児の名前を聞いたところ「辰巳幸子」だったと思うと、教えて貰った。
孫の視線も受けた男性は、懸命に当時の記憶を辿ろうとして、妻の旧姓こそすぐ思い出したものの、その妻の姉となると、思い出すのに少しの時間差があった。
「……ああ、そやそや。確か妻が『さっちゃん』の童謡を口ずさんでたことがありましてな」
そう言ってようやく出て来たのが「幸子」の名前だった。
「さっちゃん?」
首を傾げる孫に男性は公共の場であることもあってか、メロディは乗せずに歌詞の始めだけを孫に説明していた。
「さっちゃんはね、サチコっていうんだほんとはね……で始まる童謡があってな。おじいちゃんらの小さい頃はサチコって名前の子も多かったから、皆いっぺんは揶揄われてたと思うわ」
「ふーん……で、ばーちゃんの姉ちゃんも、さっちゃん」
「そや」
孫にそう頷いて見せてから、男性はふと笑みを消して菜穂子の方を見やった。
「なんで思い出したか言うたら、お嬢さんはこの歌詞ぜんぶ知ったはりますか?」
「あ……そう言われてみたら一番しか知らんかも……」
「まあ、たいていはそうですやろな。で、公式には三番まであるんですわ」
そう言いながら、二番は「さっちゃん」がバナナ好きなこと。好きだけどちっちゃいから半分しか食べられないと嘆いている歌詞だと教えてくれた。
更に三番は、多分友達だろう「ぼく」が、さっちゃんが遠くに行ってしまうことと、ちっちゃいから自分のことを覚えていてくれないだろうことを嘆いている歌詞なのだとも言った。
「思ったより寂しい歌なんですね」
一番だけ聞けば、さっちゃんはちっちゃい、さっちゃんはかわいい、で済みそうなものなのに、二番三番と進むにつれて段々と寂しさを感じさせるようになっているのは、子どもも口ずさむ童謡なのに、これいかに。
「妻が昔、そのお義姉さんが亡くなった言う鴨川の川べりで歌てたことがありましてな。遠くへ行く――の意味がただの引っ越しに聞こえんようになってしもて、いやでも覚えましたわ」
男性はあくまでさらりとそう言ったものの、菜穂子が言葉に詰まるのには充分だった。
「しかもこの歌には続きがありましてな。さすがに公式やのうて都市伝説や言われてますけどな」
そう言って教えてくれたのが「さっちゃん」は電車に轢かれて、足を失くして死んでしまい、その無念から歌の続きを歌った人の足を貰いに行くのだと言う、真夏の怪談もかくや――という歌詞だった。
(いや、コワイコワイコワイ!! さっちゃんは、死神か⁉)
まるで「耳なし芳一」の怪談の亜種のような話だ。
菜穂子が思わず身体を震わせたように、孫も目を真ん丸にして、固まってしまっていた。
「ああ、すんませんな。怖がらせてしもた。そやけど、妻は電車に轢かれた言うところを多少変えて、まるでお義姉さんのことを思てるみたいに歌ってたことがありましてな。この歌の四番以降は、三番の寂しげなところを受けて、百近い似たような替え歌がある言う話ですわ」
「えぇ……」
そんな話を聞いてしまえば、菜穂子とて「さっちゃん」の歌詞は二度と忘れまい。
そう言えば菜穂子自身は「さいた さいた」くらいしか、祖母が歌っていた記憶はないものの、ひょっとして小学校とかで「さっちゃん」を歌ったりしたことはあるんだろうか。そして三番の続きの都市伝説を知ってたりするんだろうか。
今夜聞こうか聞くまいか、ものすごい葛藤を抱えつつ、菜穂子は男性と孫とここで別れることになった。
(と、とりあえず学校歴史博物館行こう。そうしよう。うん)
孫の視線も受けた男性は、懸命に当時の記憶を辿ろうとして、妻の旧姓こそすぐ思い出したものの、その妻の姉となると、思い出すのに少しの時間差があった。
「……ああ、そやそや。確か妻が『さっちゃん』の童謡を口ずさんでたことがありましてな」
そう言ってようやく出て来たのが「幸子」の名前だった。
「さっちゃん?」
首を傾げる孫に男性は公共の場であることもあってか、メロディは乗せずに歌詞の始めだけを孫に説明していた。
「さっちゃんはね、サチコっていうんだほんとはね……で始まる童謡があってな。おじいちゃんらの小さい頃はサチコって名前の子も多かったから、皆いっぺんは揶揄われてたと思うわ」
「ふーん……で、ばーちゃんの姉ちゃんも、さっちゃん」
「そや」
孫にそう頷いて見せてから、男性はふと笑みを消して菜穂子の方を見やった。
「なんで思い出したか言うたら、お嬢さんはこの歌詞ぜんぶ知ったはりますか?」
「あ……そう言われてみたら一番しか知らんかも……」
「まあ、たいていはそうですやろな。で、公式には三番まであるんですわ」
そう言いながら、二番は「さっちゃん」がバナナ好きなこと。好きだけどちっちゃいから半分しか食べられないと嘆いている歌詞だと教えてくれた。
更に三番は、多分友達だろう「ぼく」が、さっちゃんが遠くに行ってしまうことと、ちっちゃいから自分のことを覚えていてくれないだろうことを嘆いている歌詞なのだとも言った。
「思ったより寂しい歌なんですね」
一番だけ聞けば、さっちゃんはちっちゃい、さっちゃんはかわいい、で済みそうなものなのに、二番三番と進むにつれて段々と寂しさを感じさせるようになっているのは、子どもも口ずさむ童謡なのに、これいかに。
「妻が昔、そのお義姉さんが亡くなった言う鴨川の川べりで歌てたことがありましてな。遠くへ行く――の意味がただの引っ越しに聞こえんようになってしもて、いやでも覚えましたわ」
男性はあくまでさらりとそう言ったものの、菜穂子が言葉に詰まるのには充分だった。
「しかもこの歌には続きがありましてな。さすがに公式やのうて都市伝説や言われてますけどな」
そう言って教えてくれたのが「さっちゃん」は電車に轢かれて、足を失くして死んでしまい、その無念から歌の続きを歌った人の足を貰いに行くのだと言う、真夏の怪談もかくや――という歌詞だった。
(いや、コワイコワイコワイ!! さっちゃんは、死神か⁉)
まるで「耳なし芳一」の怪談の亜種のような話だ。
菜穂子が思わず身体を震わせたように、孫も目を真ん丸にして、固まってしまっていた。
「ああ、すんませんな。怖がらせてしもた。そやけど、妻は電車に轢かれた言うところを多少変えて、まるでお義姉さんのことを思てるみたいに歌ってたことがありましてな。この歌の四番以降は、三番の寂しげなところを受けて、百近い似たような替え歌がある言う話ですわ」
「えぇ……」
そんな話を聞いてしまえば、菜穂子とて「さっちゃん」の歌詞は二度と忘れまい。
そう言えば菜穂子自身は「さいた さいた」くらいしか、祖母が歌っていた記憶はないものの、ひょっとして小学校とかで「さっちゃん」を歌ったりしたことはあるんだろうか。そして三番の続きの都市伝説を知ってたりするんだろうか。
今夜聞こうか聞くまいか、ものすごい葛藤を抱えつつ、菜穂子は男性と孫とここで別れることになった。
(と、とりあえず学校歴史博物館行こう。そうしよう。うん)
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