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第七章 さっちゃん

珈琲と玉子サンド(中)

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「ああっ、あのっ、ちょっとすいません!」

 このご時世、不審者と思われるのは覚悟の上で、菜穂子は目の前の少年と彼の祖父らしき男性に、声をかけずにはいられなかった。

「すいません、突然! そのっ、今年亡くなったウチの祖母もここの小学校に所縁ゆかりがあると言ってたので、ついお話を伺いたくなって……!」

 明らかに男性の方は眉をひそめていたが、菜穂子が話す隙を与えずにそう続けたことで、ほんの少しだけ警戒が和らいだみたいだった。

「なるほど、そういうことですか。お盆の時期ですし、お祖母様のルーツが気になって来てみたとか、そんな感じですか」

「そ、そうですね、そんな感じです」

 どう考えても信じて貰えないだろう部分を省けば、確かにそんな感じに話は纏まるのかも知れない。
 とりあえず、コクコクと菜穂子は頷いておいた。

「お祖母様は、いつ頃のご卒業やったかご存知ですか?」

「えーっと……卒業言うか、終戦直後までここの小学校で先生してたって聞いてて……」

「ほう!」

 思いがけないことを聞いた、と言わんばかりに男性が目をみはった。

「終戦直後言うことやったら、私は年代被ってないかも知れませんな。私は少し経ってから入学してますさかいに……ああ、そう言うことですか……」

 どうやらその男性は、祖母が寿退職をしてからこの小学校に入学をしたようで、そこはちょっぴり残念に思ったものの、男性は菜穂子がどうして自分たちに話しかけてきたのかを、ようやくそこで理解したらしかった。

「お嬢さんも『ばーちゃんのねーちゃん』の話が気にならはったんですな」

「…………すみません」

 正直に頷いて頭を下げた菜穂子に「いやいや」と、男性は片手を振った。

「確かに、そう聞いてしもたら無理もない話ですわ。思てはるように、私の妻の姉は、ひょっとしたらお嬢さんのお祖母様が居らした時期に、学校に通てたかも知れません。ただ……」

 そこでふと、男性の視線が再び外へと向いた。
 遠い目になって。

「もう妻も亡くなってますさかいに、私はあんまり詳しい話を知りませんのや。なんや申し訳ないな……」

「ああっ、すいません、こちらこそ! もしかしたら……言う偶然に出逢えただけでも有難い話ですし!」

 直接祖母を知らないにしても、早くに亡くなったというそのお姉さんの話を聞けないかと菜穂子は一瞬思ったのだが、それぞれの年齢を考えても、健在な祖母の教え子がそう多くないだろうこともまた確かだ。

 前のめりになりかけていた姿勢を元に戻していると、それに合わせて男性の視線も外からこちらへと戻っていた。

「ああ、そや。関係あるかどうかは分かりませんけど、私でも知ってる当時の話が一つだけありますわ」

本当ホンマですか? よかったらぜひ聞かせて下さい」

 興味半分、社交辞令半分でそう聞いた菜穂子に、思いもよらない「当時の話」が、そこで発せられることになった。

「主に兄やら姉やらいる女子生徒がその頃騒いでたんですけどな。何でも学童疎開先にまで押しかけて、婚約者の先生さらっていった兵隊さんがいたとか、どうとか」

「…………え」

「実際のところは、噂してた生徒誰も見てないと思いますわ。ただその先生が辞めはった時の理由と経緯いきさつが、用務員さんやったか誰やったからかいつの間にか広まってたと聞いてます。なんや、どっかの物語みたいな話で憧れる、羨ましい――みたいな感じでしたな、当時。今考えたら終戦直後の帰還兵が、白馬に乗って現れるはずもなし、だいぶ話が美化されてたやろうとは思いますけどな」

「ははは……」

「まあ、年頃の女の子が憧れそうな話ではありますわな」

 そう言って男性は笑ったが、ちょっぴり頬を痙攣ひきつらせて笑った菜穂子に、愛想笑い以外の要素をどうやら感じ取ったらしい。

「……心当たりおありですか?」

「いやぁ……多分、思てはる通りやと思います……」

 それ以上答えようがなかったのだが、それだけで充分に言いたいことは通じたみたいだった。

 そうですか、と何とも微妙な表情を男性も浮かべている。

「そう聞いてしまうと、ますますお嬢さんと妻とが話出来たら良かったなぁと思いますわ。妻は学校が違いましたけど、その話やったら間違いなくお義姉ねえさんから聞いてたと思いますし……」

 なかなか上手いコトいきませんな、と男性はほろ苦く微笑わらった。
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