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第五章 木蘭の涙

わかぬ間に

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 どうやら、祖父がこの建物の前まで辿り着いたらしい。

 祖母とはまた話せる。
 話が拗れるといけないので、まずは別々に。祖母には別室で待機していて貰う。

 八瀬青年にそう言われて、私は渋々祖母といったん別れた。

 祖母を別室に案内したその足で、今度は祖父を案内してきてくれるそうだ。

(おじいちゃんかぁ……)

 菜穂子の知る祖父の記憶は、透析のために病院で寝ている記憶が多かった。
 深堀りすればほぼTV、それも野球が好きでじっと見ていたことが更に大半を占めているような気がした。

 祖父自身はアンチ読売でずっと見ていたのに、小さい頃一緒に見ていたはずの父は、今では何故か祖父と真逆の方向に突き抜けてしまっている。

 菜穂子が生まれる遥か昔には、庭で飼っていた鶏を直接捌いて夕食の足しにしたとかで、そのトラウマからか、父は実は鶏肉が少し苦手だったりする。その所為せいだと、今でも堂々と公言しているくらいだ。

 それ以外となると……夜店の金魚釣りで釣ってきた金魚を飼っていた水を、直接水道水で入れ替えてしまい死なせてしまったとか、家の中で捕まえたGと名の付く黒いイキモノやネズミを、堂々と庭で焼却処分していたとか、割にロクでもない想い出ばかりな気もした。

 多分、生き物を飼うのには向いていないとの自覚があった祖父は、とにかく何でも、捕まえたモノは庭で焼却処分――そんな謎の行動理念があったくらいに、孫の目には映っていた。

 もともと、深町家の庭では曾祖父が趣味で家庭菜園をやっていたらしいが、どうやら祖父は向いていなかったらしく、早々に枯れ地にしてしまったとか、何代も前から庭にあったと言う松の木を「景色の邪魔」とってしまい、腰を痛めたとか……振り返れば振り返るほど口数は少なく、けれどやっていることはなかなかに豪胆。

 そんなイメージばかりが菜穂子の中にはあった。

『菜穂子のガサツなところは、おじいちゃん似かもな』

 なんて、デリカシーの欠片もないことを父から言われた覚えもある。
 娘に向かって「ガサツ」とは何ごとだ、父よ。

 ただそう言えば、金魚騒動に関しては、飼い方の本片手に「水道水いきなり入れたらあかんって書いてあったのにー‼」と、ぎゃん泣きしていた小学生の自分も、うすらぼんやりと覚えている。

 何日かしてから、家の前の消防の消火用バケツの中に、そっと金魚が入っていたのも……だ。

(今度は死なせるなよ、とか言われて「死なせたんは、おじいちゃんやんかー!」って叫んだら、苦笑いしてたな。そんな自虐ネタでボケとツッコミやって、どないするん……とか思ってたな)

 今にして思えば、ともかくあれこれと言葉足らずだった。

 そのくせ、戦地から帰って来てその足で祖母のところに突撃したり、亡くなってからも十人の王様に頭を下げて祖母を待ち続けたりと、行動は存外アクティブだ。
 いや、もしかしたら祖母限定でのアクティブさだったりするのかも知れない。

 長寿と言われる年齢で今生の生をまっとうして、三途の川を渡って来たなら、もういいだろうと。あの世に行って、ゆっくりしようと。

 言いたいことは、分からなくもないのだが。

(いや、まだ、又聞きしているだけやし。本人からもちゃんと聞かんと。何でも一方的に判断したらあかんよね、うん)

 仮に言っているのだとしても、どんな声のトーンで言っているのかとか、どんな表情で言っているのかとか、それによっても印象は大きく違ってくる。

 説得の余地があるのか、ないのか。
 いや、なくてもしないとダメなような気はしているんだけれど。

 そんなことを考えているうちに、部屋の扉が再度開いた。

『…………おまえ、こんなところで何をしてるんや。まさか死んでしもたんか⁉』



 そんな第一声と共に。 
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