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第二章 暮れてゆく空は

六道まいり(4)

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 深町家では購入しない高野槙だが、元来「お精霊しょらいさんは槇の葉に乗ってあの世から戻って来る」あるいは「高野槙を依代にご先祖様は各々の自宅に帰る」と言った言い伝えもあるらしく、少なくない参拝客が高野槙を手にしている。

『そんなんせんでも、ちゃんと鐘をついた人について帰って来てくれはるやろ』

 ――というのが、両親以前から深町家では定着しているようだが。

 確かに祖母と出かけていた間も、メインは鐘をつくことだけだったような気がする。

 鐘さえついていれば……というのは極論にせよ「迎え鐘」が宗派を超えた伝統行事となっている以上、一から十まで事細かに作法を強要してはいないと言うことなのかも知れない。

 要はこの時期にご先祖様をお迎えする、という気持ちがあってお参りをしていればいいのだと、菜穂子もそんな認識でいた。

 そうこうしている間に、ようやく次が菜穂子が鐘を鳴らす番と言うところまで来た。

「あ、間違まちごうた」

 今、鐘を鳴らしている目の前の人を見ながら、菜穂子はその人が手に水塔婆を持ちながら鐘を鳴らしていることに気が付いてしまった。

 水塔婆に戒名あるいは生前の名前を書いて貰った後、鐘をついて、それから水回向をしてその水塔婆を納めるのが順序だったところを、うっかり先に水塔婆を納めてしまっていたのだ。

 とは言え、もう菜穂子の順番が来てしまった。

(わぁ……おばあちゃん、ごめん! おじいちゃんにも「あほか」って言われそうやなぁ……)

 せめて頑張って鐘を鳴らそう!

 ふと、綱の下にある賽銭箱を見れば、なかなかの達筆で何か書かれた紙が貼られている。

〝迎え鐘 心をこめて 一つ撞く〟
〝鐘は心で撞く。回数や音の大きさではありません〟

 ……何だか、幼少時代の菜穂子のためにあるような文言だ。

 現実的なことを言えば、あれだけ人が並んでいるところに、一度に三回も四回も鐘をつかれては、列が減らないと言うのもあるかも知れない。

 それでも音が小さいと不安になるのもまた確かなので、この貼り紙は菜穂子の心を落ち着けるものでもあった。

(――鐘は心で撞く)

 心の中で一度そう呟いて、菜穂子は思い切り綱を引いた。


『…………仕方のないやつだなしゃあないやっちゃなぁ


 昔よりは大きく響いた音と共に、菜穂子の耳に「あほか」ではなかったが、にそんな祖父の口癖が聞こえた気がした。


 境内には、小野篁があの世とこの世を行き来したと言う、行きの「冥土通いの井戸」と帰りの「黄泉がえりの井戸」があると言うものの、そちらは特別拝観や寺宝展の時にしか近寄って見られないと言うことで、菜穂子自身はまだ一度も実物を見たことがない。

 ただ「冥土通いの井戸」はともかく「黄泉がえりの井戸」は、ここ二十年ほどの間に発見された井戸だ。

 平安時代、鳥辺野とともに嵯峨野の奥、化野あだしのも葬送地だったので、帰路の出口はそちら方面だと言う説もあり、実際長い間そう信じられてきた。それらしき井戸は現代に残ってはいないものの、伝承だけが残っているのだと言う。

 それが六道珍皇寺で、帰路の井戸も見つかったと言うのだから、その真偽も含めて気にならないと言えば嘘になる。が、毎年六道まいりの間はそちらは開放されないため、昼だろうと夜だろうと見ることは出来ない。

 そもそも、どうして行きと帰りと通り道が違うのかと言う話になるのだが、どうやらこればかりは明確な理由、根拠と言ったものは何も残されてはいないらしい。

 いつか特別拝観の時にまたやって来て、行き帰り両方の井戸をこの目で見てみたい。純粋な好奇心だ。

 小野篁はこれらの井戸を使っていたと言うが、果たして先祖の霊たちも同じ道を通って帰ってくるのか。

 答えのない問いを抱えたまま、菜穂子は実家へと戻ることにしたのだった。
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