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「ガチャ」

玄関ドアを閉めたのと同時に鍵をかけるようヒステリックな口調で女に言われ俺は慌てて施錠した。

アパートの間取りは俺の部屋と一緒だが、この女の醸し出す雰囲気のせいか、外壁工事で光が遮断されているのもあり陰鬱な様相を呈している。

さっきまで女が履いていたスリッパと白いスニーカーが一足、昨年から子ども達の間で火がつき空前の大ブームとなって社会現象を巻き起こしたキャラクターである"スイーツニャンコ"のスニーカーもある。

幼児が履くスイーツニャンコのマジックテープのスニーカーを見れば、誰だって子どもがいると分かるはずだ。

「そこで突っ立っていてもアレだから、早く上がって。」

「話ならここでも出来ますけど。」

「…こんな狭い玄関なんかじゃ落ち着いて話ができないでしょ?」
女は呆れたようにため息をついた。

俺は女のため息でムカッとした。
親しい関係でもないのに、嫌がる俺を強制的に部屋に招いておいてその態度か。

「あのさ…。」
俺は女を睨んで反論しようとした時だった。

「ママー!」
奥から小さな男の子の声が聞こえてくる。
スイーツニャンコのスニーカーの持ち主だ。

「ほら、お宅のお子さんが呼んでますよ?」
俺はこのタイミングで抜け出そうと考えた。

「なあに?ちょっと待って!…早く上がって。」
女は長い茶色のロングヘアを靡かせながら後ろを振り返って男の子にそう言ったあと、俺にしつこく催促する。


「いや、お子さんが呼んでるでしょ?早く行ってあげてください!俺は帰りますんで!」

「はぁ!?それと何の関係があるわけ?」
女はイラつきながら頭を右手でガリガリ掻いている。

俺は部屋を出ようと二つある鍵の一つを開けたら女が俺の腕を両手で掴んで制止した。

「離してください!俺は帰りたいんだよ!」
ガッチリ掴んで離そうとしない腕を上下に振って払い除けようとした。

「痛い!痛い!やめてー!」
女が声をあげて訴えてくるが大袈裟だ。
ただ、腕を上下に振っているだけで殴ってもいなければ抓っているわけでもない。

寧ろ、両手で俺の腕を掴み爪を立てられている俺の方が痛みを感じている。

狭くて暗い玄関で押し問答を繰り広げているところに、スイーツニャンコのパジャマを着た男の子がパタパタ走ってやってきた。

「ママ!どうしたのぉ?」
きょとんとした表情で女に問いかけている。

「このお兄さんはママのお友達…というか…うん、お知り合いなの。」
女は俺の腕を離して、子供に視線を合わせながら言った。

俺は女に掴まれた腕を見ると真っ赤に腫れてミミズ腫れのような跡が残っていた。
ところどころ小さな擦り傷もあり出血していた。

「お兄さん、おはようございまぁす!」
クリクリした瞳で、腕を撫でている俺を下から見上げて挨拶した。
そして、挨拶の返事をワクワクしながら待っているのが表情から伝わってくる。

「あっ、お、おはよう。」
意外な展開に戸惑い、少し吃ってしまった。

スイーツニャンコのセットアップのバシャマを着た男の子は、嬉しそうに狭い玄関でクルクルと2回回って喜びを身体で表現している。
後頭部の柔らかい髪が寝癖で盛り上がっていた。

「お兄さんが来て嬉しいね!」
女が中腰で男の子の頭を撫でた。

「うん!ボク嬉しいよ!」
満面の笑顔になって、今度はぴょんぴょんジャンプを繰り返している。

「この子は同年代の友達もいないし、独りで過ごす事が多いの…。だからお隣さんがウチに来て嬉しいのよ。」

「ねぇねぇ、ボクのね、お部屋に来て!」
男の子が大きな声で俺に言った。

「ねぇ、この子もそう言ってるし部屋に入ってくれない?お願いだから!ねっ!」
偶然とはいえ、女が子供を出しに使って俺を部屋に招き入れようとしたのは気に食わなかった。

しかし、ここまで頼み込まれてしまうと断われなくなってしまう。

俺は狭い玄関から、俺の部屋と同じ間取りで同じく工事中の部屋に入った。















































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