33 / 92
33
しおりを挟む
ハチワレはドアの隙間からこちらを覗く女に気づくと急足で階段を2段ほど降りて注意深く様子を伺っている。
女はドアチェーンを外すと、そぉっとドアを開けてキョロキョロ辺りを見渡した。
ドアを開けてはいるものの顔だけ出している姿がまるで亀のようで、いつでも硬い甲羅に身を引っ込められるよう警戒している。
「お隣さんですよね?」
覇気のない小さな声で訪ねてきた。
なぜだが分からないが自分に話しかけられた実感がわかず返答できずにいた。
「あの、お隣…」
女が再度、俺に問いかけている時に俺は我に返ったかのようにそうですと早口で答えた。
それを聞いて少しホッとした表情を見せたかと思えば女はまた辺りを見回すと、俺の目を見ながら無言で手招きをしている。
女の目が先程よりも、カッと見開いている。
まさかの展開に俺は状況を飲み込めず、また黙り込んでしまった。
女は小声で早く早くと、せっつきながら指先だけの手招きから今度は手首を捻って手招きしている。
もっと近くにいれば、その手招きから発せられる風を感じ取る事が出来るだろう。
いったいなんだってこの女は俺を部屋に招こうとするんだ?
まさか中にトオル達が潜んでいるのか?
俺の心臓は数時間前のように激しく鼓動し始めた。
埠頭から追いかけられた時や、金のハマーに乗ったトオルに尋問された時と同じ緊張だ。
更に手招きが強くなり腕を上下に振りはじめた。
女は下唇を噛み締めながら俺の目を凝視してくる。
野球のサードコーチャーが、セカンドからサード、そしてホームまで全力で走るランナーを生還させようと腕をブルブル振っているのと似ている。
女もサードコーチャーのように何としてでも俺を部屋に呼び込もうと必死だ。
このまま黙っているわけにもいかない。
俺は咽喉から声を絞り出して女に聞いた。
「あの、どうしたんですか?」
「部屋に入って。」
「なぜ部屋に入らなきゃならないのですか?」
「いいから。」
「だから、理由を聞かせてください!」
俺は理由を述べない女に恐怖と怒りが入り混じった強い口調で女にそう言った。
「大事な事なの!外では話せないからとにかく部屋に入ってよ!」
女も俺と同じで恐怖と怒りが入り混じっていた。
そんなメチャクチャな理屈が、いやいや、理屈もへったくれもない!
こちらの問いを無視したそのゴリ押しのやり方に圧倒されてしまいそうになる。
しかし理由を一切、告げない女の言われるがままーーーー凶悪なトオル達と関わりのある女の部屋に入るわけにはいかない。
どんなトラップがあるか分からないし、これ以上巻き込まれたくない。
トオル達に虐待された被害者とはいえ、全く信用しちゃいないのだから。
俺がまた言い返そうとした矢先に「お願いだから!」と言い、こちらの反論を封じてきた。
女は俺と同じで怒りと恐怖を混ぜ合わせた感情を確かに持っていたが、それだけではなかった。
"悲しみや哀れさ"も持ち合わせていた。
間違っても同情したわけではない。
ただ、この状況がイタチごっこのようで終わりがないように思えてしまい根負けしてしまったんだ。
俺は女の部屋に上がる前に階段で身を隠しながらも、ずっとこちらを注意深く見つめるハチワレを見た。
ハチワレの不安げな顔を見たのは初めてだったよ。
女はドアチェーンを外すと、そぉっとドアを開けてキョロキョロ辺りを見渡した。
ドアを開けてはいるものの顔だけ出している姿がまるで亀のようで、いつでも硬い甲羅に身を引っ込められるよう警戒している。
「お隣さんですよね?」
覇気のない小さな声で訪ねてきた。
なぜだが分からないが自分に話しかけられた実感がわかず返答できずにいた。
「あの、お隣…」
女が再度、俺に問いかけている時に俺は我に返ったかのようにそうですと早口で答えた。
それを聞いて少しホッとした表情を見せたかと思えば女はまた辺りを見回すと、俺の目を見ながら無言で手招きをしている。
女の目が先程よりも、カッと見開いている。
まさかの展開に俺は状況を飲み込めず、また黙り込んでしまった。
女は小声で早く早くと、せっつきながら指先だけの手招きから今度は手首を捻って手招きしている。
もっと近くにいれば、その手招きから発せられる風を感じ取る事が出来るだろう。
いったいなんだってこの女は俺を部屋に招こうとするんだ?
まさか中にトオル達が潜んでいるのか?
俺の心臓は数時間前のように激しく鼓動し始めた。
埠頭から追いかけられた時や、金のハマーに乗ったトオルに尋問された時と同じ緊張だ。
更に手招きが強くなり腕を上下に振りはじめた。
女は下唇を噛み締めながら俺の目を凝視してくる。
野球のサードコーチャーが、セカンドからサード、そしてホームまで全力で走るランナーを生還させようと腕をブルブル振っているのと似ている。
女もサードコーチャーのように何としてでも俺を部屋に呼び込もうと必死だ。
このまま黙っているわけにもいかない。
俺は咽喉から声を絞り出して女に聞いた。
「あの、どうしたんですか?」
「部屋に入って。」
「なぜ部屋に入らなきゃならないのですか?」
「いいから。」
「だから、理由を聞かせてください!」
俺は理由を述べない女に恐怖と怒りが入り混じった強い口調で女にそう言った。
「大事な事なの!外では話せないからとにかく部屋に入ってよ!」
女も俺と同じで恐怖と怒りが入り混じっていた。
そんなメチャクチャな理屈が、いやいや、理屈もへったくれもない!
こちらの問いを無視したそのゴリ押しのやり方に圧倒されてしまいそうになる。
しかし理由を一切、告げない女の言われるがままーーーー凶悪なトオル達と関わりのある女の部屋に入るわけにはいかない。
どんなトラップがあるか分からないし、これ以上巻き込まれたくない。
トオル達に虐待された被害者とはいえ、全く信用しちゃいないのだから。
俺がまた言い返そうとした矢先に「お願いだから!」と言い、こちらの反論を封じてきた。
女は俺と同じで怒りと恐怖を混ぜ合わせた感情を確かに持っていたが、それだけではなかった。
"悲しみや哀れさ"も持ち合わせていた。
間違っても同情したわけではない。
ただ、この状況がイタチごっこのようで終わりがないように思えてしまい根負けしてしまったんだ。
俺は女の部屋に上がる前に階段で身を隠しながらも、ずっとこちらを注意深く見つめるハチワレを見た。
ハチワレの不安げな顔を見たのは初めてだったよ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
アマツバメ
明野空
青春
「もし叶うなら、私は夜になりたいな」
お天道様とケンカし、日傘で陽をさえぎりながら歩き、
雨粒を降らせながら生きる少女の秘密――。
雨が降る日のみ登校する小山内乙鳥(おさないつばめ)、
謎の多い彼女の秘密に迫る物語。
縦読みオススメです。
※本小説は2014年に制作したものの改訂版となります。
イラスト:雨季朋美様
天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。
みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』
俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。
しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
窓を開くと
とさか
青春
17才の車椅子少女ー
『生と死の狭間で、彼女は何を思うのか。』
人間1度は訪れる道。
海辺の家から、
今の想いを手紙に書きます。
※小説家になろう、カクヨムと同時投稿しています。
☆イラスト(大空めとろ様)
○ブログ→ https://ozorametoronoblog.com/
○YouTube→ https://www.youtube.com/channel/UC6-9Cjmsy3wv04Iha0VkSWg
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる