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運転席に座っている男は窓から顔をグイッと覗かせて、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。

この男の表情に俺は恐怖を感じて防波堤側に後退りしてしまった。

男は一言も発せず俺を睨んでいる。

俺は男から目を逸らそうと思ったが、何かが引っ掛かって男の顔を凝視してしまった。

突如、頭の中で記憶が自動的に過去へと遡っていく。

シューティングスターカフェの順番待ちの時、俺を馬鹿にしたカップルや汗だくで頭を下げる若い駅員、容赦なく列車の遅延を責めるじいさん。

すごい早さで出くわした人の顔が浮かび、その時の場面が鮮明に蘇る。

金髪のギャルママが鬼の形相で子供に怒鳴り散らしたかと思ったら、高橋の話を鵜呑みにした単細胞の作業員2名も登場した。

俺の頭は捜査員が犯人を逮捕する為に捜査線上に浮上した怪しい人物を炙り出すかのようだ。
容疑者が目の前にいる男と一致しないと分かれば、すぐ弾かれて消されていった。

この作業は光の速さと同じくらいか、それ以上で進行していく。

プロファイリングされた「キオク」という名の膨大なデータから、1人の男が合致した。

俺は、この男を知っている。

知っているとはいっても、長きに渡って親交を深めた人物でもなければ、愛想の悪い近所のコンビニ店員でもない。


アパートの階段で、俺とすれ違った時の鋭い目つき。
近所の花壇に大量のタバコを捨てた時の歪んだ表情。


今ここで俺を睨むその目は、今朝出くわしたあの金髪のツーブロック男だった。

俺はあまりのショックで全身に鳥肌が立った!
もしかしたら、頭皮や股間にまで鳥肌が出来たのではないかと思うくらいだ。

「なぁ?コイツ見たことあるよな?」

身を乗り出していた金髪のツーブロック男は、視線を変えて助手席に座っている人物に話しかけた。

助手席でスマホを触っていた男は、少しだけ身体を丸くして目を細めながら俺を見た。

「うん、そうだね。。」

そう話したこの男は、ニューヨークヤンキースの帽子を被った男だ。
相変わらずスマホを手に持っている。

「やっぱそうか。あの女の隣に住んでる奴にそっくりだからな。そうなると立ち聞きしていた奴はコイツか。」

「辻褄が合うよ。間違いないね。」

金髪のツーブロック男はポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつけてタバコを吸い出した。
タバコはラスト1本だったようで、空箱を左手でグシャッと握りしめて窓から捨てた。
恐らく、俺を挑発したくてやったのではなく習慣だろう。

「あんたさぁ…あんたのアパートの隣の部屋に住んでるあの女を知ってんだろ?だからトオルさんとナオちゃんの後を追って、盗み聞きしたんだろ?」

ついに、金髪のツーブロック男が俺に話しかけてきた。

トオルとナオという名前を聞いて、今度は鳥肌どころか髪の毛がパンクロッカーのように逆立ってしまったのではないかと思うくらいのショックだ。
しかも埠頭にある倉庫で暴行されていたのは、最近引っ越してきた隣人の子持ちの女だったとは。

俺は盗み聞きした事は間違いないが、隣人なだけで女とは一切面識がないと奴らに伝えようにも、声が出ず言葉を発しようにも発する事が出来なくなっていた。



「とりあえず乗れよ。あんた指名手配されてんだ。」

「でも、いきなり俺らの車に乗れって言われたって、さすがにそんなん出来ないと思うよ?」

ヤンキースの帽子を被った男がスマホを見ながら金髪のツーブロック男に話した。

「まあな。知らねえ奴の車に普通は乗らねえもんな。」

金髪のツーブロック男は、苦笑いを浮かべハンドルを指で、軽くトントン叩きながらタバコを吸っている。
今後について何やら考えているような顔つきだ。

30秒ほどだろうか。沈黙した後、「う~ん。」と言いながら金髪のツーブロック男は口を開いた。

「とりあえず、トオルさんに連絡するか?」


この提案にヤンキースの帽子を被った男は頷いて同意した。

あの凶暴なトオルが今も俺を探している。
コイツらを使って、ここまで執拗に俺の行方を追っていたのだから余程の事があったに違いない。

きっと血眼になるくらい必死で、探しているのではないか?

事件に巻き込まれてしまったと思うと、俺は絶望した。

しかしこのまま恐怖に支配されて黙っていたんじゃ、本当の意味で終わってしまう。

今よりもっと恐ろしい事が待ち受けているだろう。

俺は勇気を振り絞って、女とは無関係だと主張しよう。
そして倉庫付近で盗み聞きしていた事に関して、口を割らず黙っていよう。

この場をなんとかやり過ごしたら、金髪のツーブロック男とヤンキースの帽子を被った男についても警察に話すんだ。

恐怖に震えながら、極度の緊張と疲労で鈍くなった思考を必死でフル回転させていた。









































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