13 / 92
13
しおりを挟む
社員食堂のある6階から自分の働く5階まで階段で降りた。
ガセネタを関連会社の作業員に広めた高橋は、午後は俺に対してどのように振る舞うだろうか?
今朝のように、すわった細い目を更に釣り上げてパワハラ全開でくるかもしれない。
それとも意表をついてニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべ、逆恨みをした黒魔術師のように呪いをかけてくるかもしれない。
いつもなら階段を小走りに駆け降りるのだが足取りは非常に重く、国会で政治家が時間潰しをする為に行う牛歩のようにスローで階段を降りた。
考えるだけで苦痛だが、高橋はどんなアクションをおこすのか先を読む必要があった。
しかし全くもって対高橋用の防衛策を講じる事が出来なかった。
結局、これといった策もなく無防備のまま、あっという間に5階の階段用の出入り口ドアに到着して正面に立った。
上司の八木に体調が悪いと伝えて帰宅しようとも考えたが心の片隅に、"俺は何も悪い事はしていない"のだから、逃げてたまるかという気持ちが少なからずあった。
全て、どチンピラの高橋の仕業であって俺が卑屈になったり恐れてしまうのは、明らかにおかしい。
まんまと高橋に騙されたさっきの2人組の誤解を解く必要だってある。
それに、一緒に働いている八木や同僚にも自分の意見を主張すべきだし仮に皆が高橋に騙されているのなら、俺は自分自身の名誉回復に努めたい。
だいたい、どこの誰が業務上のミスをしたとしてもーーーー高橋のような末端の作業員が情報を漏らす事は規則違反だ。
脈々と続いていた会社の悪しき体制がどうだったものであれ、現在はどんな理由でも伝えてはいけない事になっている。
高橋もそれを知らないわけがない。
ましてや、無実の俺を犯人だと決めつけてガセネタを広めているじゃないか!
これは冤罪であるし名誉毀損だと思う。
しかし、このように理屈を振りかざしてみても肝心な行動が起こせない。
もちろん僅かながらも"俺は何も悪い事はしていない"という感情があるからこそ、早引きせず出入り口ドアの前で、こうしてつっ立っている。
それを勇気と認めていいのか分からないが、確かに心の片隅にこのような感情はある。
でも、だからといってこのドアを開けて話の通じない別世界の住人である高橋と面と向かって対峙出来るのかは別の話だ。
どんな理屈も、正論も行動しなければ粗大ゴミと変わらない。
それは分かっている、分かってはいるけれども…。
スマホで時刻を確認したら、昼休みが終了する1分前だ。
昼礼が始まるのに合わせて皆揃っているだろう。
加藤は職場付近にある、クジラ食堂で昼に食べた680円の定食のボリュームの少なさに嘆いている頃だ。
いつも、それを聞かされているクールな宮本は、うんざりしているらしく少し俯き適当に相槌をうってやり過ごしている。
小室の場合、コーラ味のキャンディをチュパチュパと音を鳴らしながら頬張り、しつこく俺に残業するよう誘ってくる。
小室は早引きしたので、今日はしつこい勧誘を受けずに済んだ。
高橋はというと、俺を睨みつけて粗探しをはじめる。
ヘルメットの被り方からはじまり、作業服の着こなし、安全靴の紐の弛み具合等を指摘してくる。
高橋は過去にエレベーターで身だしなみを黒いスーツを着た人物に厳しく注意をされてから、俺の身だしなみを病的なまでに指摘するようになっていた。
俺を真ん中に挟んで左に小室、右に高橋がおり両サイドから一方的に責め立てられる。
2人は師走に行われる"餅つき"のように、互いが息を合わせて臼で餅をつき、手でこねるといった作業をすることはない。
どちらか一方が俺に話していようが待つ事なんてせず、お構いなしに2人がかりで力いっぱい言葉の臼で打ちつけてくる。
高橋と小室はタイプは違えど、似たもの同士だと思う。
責任者の八木は誰とも話さず、腕を組んで時が来るのを静かに待っている。
昼礼時間が始まる10秒前になると、G-SHOCKの腕時計で時刻を確認したあと、すぐ壁掛けの時計にも目をやる。
時間ピッタリに昼礼の号令をかけて、午後の生産量や進捗状況、質問等を受け付ける。
昼礼が終了後、小室以外の社員はフォークリフトに乗ったり、場合によってパソコンで入力作業をする。
俺は悪くないという思いがあったからこそ早引きせずここにいるが、今から出入り口のドアを開ける理由に関していうと単に休憩時間が、もうじき終わり昼礼に遅れたら気まずいと思っただけだ。
今の自分には問題を解決する為に向き合う度胸など、ほぼないに等しい。
寧ろ、昼礼ギリギリで5階の現場に行けばすぐ昼礼が始まる為、(昼礼中は私語は出来ない)
高橋から狂った小姑のようにネチネチ言われるのを回避出来ると思うと少し安堵したくらいだ。
すぐさま、俺は思った。
こんな思いが頭をよぎるくらいなのだから、やはりこの感情は勇気ではないと結論をだした。
弱々しい考えをしてしまう自分に対して嫌悪する感情が生まれ、息が苦しくなってくる。
ずっと、このままここに居ては情けなさからくる自己嫌悪で押しつぶされてしまう。
ただでさえ高橋によって引き起こされた一連のトラブルを抱えているのに、新たに"自分を嫌う"という悩みのタネが芽を出して、一瞬にして大木にでもなりそうな気がした。
今はこの状況からすぐさま逃げ出したかった。
ドアを開けた先に高橋という野獣がこちらを睨みつけていたとしても、後ろから迫っている燃え盛るような"自己嫌悪"という炎から逃げ出す為に、仕方なくドアを開けた。
ガセネタを関連会社の作業員に広めた高橋は、午後は俺に対してどのように振る舞うだろうか?
今朝のように、すわった細い目を更に釣り上げてパワハラ全開でくるかもしれない。
それとも意表をついてニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべ、逆恨みをした黒魔術師のように呪いをかけてくるかもしれない。
いつもなら階段を小走りに駆け降りるのだが足取りは非常に重く、国会で政治家が時間潰しをする為に行う牛歩のようにスローで階段を降りた。
考えるだけで苦痛だが、高橋はどんなアクションをおこすのか先を読む必要があった。
しかし全くもって対高橋用の防衛策を講じる事が出来なかった。
結局、これといった策もなく無防備のまま、あっという間に5階の階段用の出入り口ドアに到着して正面に立った。
上司の八木に体調が悪いと伝えて帰宅しようとも考えたが心の片隅に、"俺は何も悪い事はしていない"のだから、逃げてたまるかという気持ちが少なからずあった。
全て、どチンピラの高橋の仕業であって俺が卑屈になったり恐れてしまうのは、明らかにおかしい。
まんまと高橋に騙されたさっきの2人組の誤解を解く必要だってある。
それに、一緒に働いている八木や同僚にも自分の意見を主張すべきだし仮に皆が高橋に騙されているのなら、俺は自分自身の名誉回復に努めたい。
だいたい、どこの誰が業務上のミスをしたとしてもーーーー高橋のような末端の作業員が情報を漏らす事は規則違反だ。
脈々と続いていた会社の悪しき体制がどうだったものであれ、現在はどんな理由でも伝えてはいけない事になっている。
高橋もそれを知らないわけがない。
ましてや、無実の俺を犯人だと決めつけてガセネタを広めているじゃないか!
これは冤罪であるし名誉毀損だと思う。
しかし、このように理屈を振りかざしてみても肝心な行動が起こせない。
もちろん僅かながらも"俺は何も悪い事はしていない"という感情があるからこそ、早引きせず出入り口ドアの前で、こうしてつっ立っている。
それを勇気と認めていいのか分からないが、確かに心の片隅にこのような感情はある。
でも、だからといってこのドアを開けて話の通じない別世界の住人である高橋と面と向かって対峙出来るのかは別の話だ。
どんな理屈も、正論も行動しなければ粗大ゴミと変わらない。
それは分かっている、分かってはいるけれども…。
スマホで時刻を確認したら、昼休みが終了する1分前だ。
昼礼が始まるのに合わせて皆揃っているだろう。
加藤は職場付近にある、クジラ食堂で昼に食べた680円の定食のボリュームの少なさに嘆いている頃だ。
いつも、それを聞かされているクールな宮本は、うんざりしているらしく少し俯き適当に相槌をうってやり過ごしている。
小室の場合、コーラ味のキャンディをチュパチュパと音を鳴らしながら頬張り、しつこく俺に残業するよう誘ってくる。
小室は早引きしたので、今日はしつこい勧誘を受けずに済んだ。
高橋はというと、俺を睨みつけて粗探しをはじめる。
ヘルメットの被り方からはじまり、作業服の着こなし、安全靴の紐の弛み具合等を指摘してくる。
高橋は過去にエレベーターで身だしなみを黒いスーツを着た人物に厳しく注意をされてから、俺の身だしなみを病的なまでに指摘するようになっていた。
俺を真ん中に挟んで左に小室、右に高橋がおり両サイドから一方的に責め立てられる。
2人は師走に行われる"餅つき"のように、互いが息を合わせて臼で餅をつき、手でこねるといった作業をすることはない。
どちらか一方が俺に話していようが待つ事なんてせず、お構いなしに2人がかりで力いっぱい言葉の臼で打ちつけてくる。
高橋と小室はタイプは違えど、似たもの同士だと思う。
責任者の八木は誰とも話さず、腕を組んで時が来るのを静かに待っている。
昼礼時間が始まる10秒前になると、G-SHOCKの腕時計で時刻を確認したあと、すぐ壁掛けの時計にも目をやる。
時間ピッタリに昼礼の号令をかけて、午後の生産量や進捗状況、質問等を受け付ける。
昼礼が終了後、小室以外の社員はフォークリフトに乗ったり、場合によってパソコンで入力作業をする。
俺は悪くないという思いがあったからこそ早引きせずここにいるが、今から出入り口のドアを開ける理由に関していうと単に休憩時間が、もうじき終わり昼礼に遅れたら気まずいと思っただけだ。
今の自分には問題を解決する為に向き合う度胸など、ほぼないに等しい。
寧ろ、昼礼ギリギリで5階の現場に行けばすぐ昼礼が始まる為、(昼礼中は私語は出来ない)
高橋から狂った小姑のようにネチネチ言われるのを回避出来ると思うと少し安堵したくらいだ。
すぐさま、俺は思った。
こんな思いが頭をよぎるくらいなのだから、やはりこの感情は勇気ではないと結論をだした。
弱々しい考えをしてしまう自分に対して嫌悪する感情が生まれ、息が苦しくなってくる。
ずっと、このままここに居ては情けなさからくる自己嫌悪で押しつぶされてしまう。
ただでさえ高橋によって引き起こされた一連のトラブルを抱えているのに、新たに"自分を嫌う"という悩みのタネが芽を出して、一瞬にして大木にでもなりそうな気がした。
今はこの状況からすぐさま逃げ出したかった。
ドアを開けた先に高橋という野獣がこちらを睨みつけていたとしても、後ろから迫っている燃え盛るような"自己嫌悪"という炎から逃げ出す為に、仕方なくドアを開けた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。
みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』
俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。
しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春
mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆
人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。
イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。
そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。
俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。
誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。
どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。
そう思ってたのに……
どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ!
※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※
窓を開くと
とさか
青春
17才の車椅子少女ー
『生と死の狭間で、彼女は何を思うのか。』
人間1度は訪れる道。
海辺の家から、
今の想いを手紙に書きます。
※小説家になろう、カクヨムと同時投稿しています。
☆イラスト(大空めとろ様)
○ブログ→ https://ozorametoronoblog.com/
○YouTube→ https://www.youtube.com/channel/UC6-9Cjmsy3wv04Iha0VkSWg
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる