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不器用な男

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 男は自宅に戻り刺青を隠す為に長袖のシャツに着替えて出勤した。



 住宅街から離れた不便な工場地帯の一角にある自動車工場で、部品を製造するのが男の仕事だ。

 男は職場に誰よりも早く着くと、更衣室に行きブルーの作業服に着替え休憩室に向かう。
 腕には彫った刺青を見られないようにする為だ。

 それから30分程経過して送迎バスに乗った従業員らがやってくる。

 3ヶ月前は男は率先して他の従業員に挨拶を交わしていたが、入社1か月が経過してから男は挨拶をするのをやめた。

 理由は挨拶をしても無視をされてしまう為、意味がないと判断をしたからだ。
 1ヶ月ものの間、休憩室や構内で挨拶をしても返事がなく馬鹿にした態度をとる奴らに、よく1ヶ月間も挨拶ができたなと自分を褒めているくらいだった。

 朝礼が終わり、手にバインダーとポールペンを持った35歳の歳下上司が作業を始めた男に話しかけた。

「今日、残業するよな?」

「はい。」

「オオニシは残業、可にマルと。」

 バインダーに"可、不可"の項目があり、いつも言いなりのオオニシは半ば強制的に残業を課せられていた。


 昼休憩になると食堂で昼食を摂る為、オオニシは食券を買って列の最後尾に並んだ。

 ドン

 誰かがぶつかってきた。

 オオニシは誰が自分にぶつかってきたかはわかっている。
 以前にも同じ事がなん度もあったからだ。

「オオニシ!俺は腹減ってるから早く飯を食いたいわけ?わかる?ねえ、わかる?
 君の倍以上、働いているんだからそりゃ腹も減るわな。」

 35歳の上司はオオニシが並んでいる列に割り込み前に出た。
 オオニシは、ただ一言、「あっ」と声を出しただけで後は何も言わなかった。


 昼休憩が終わりオオニシは作業に取り掛かる為、自分の持ち場に就く。

 自動車部品工場では空調設備はなく、屋内で直射日光を浴びないとはいえ、風通しの悪い締め切られた暑い場所での勤務だった。

 額を伝い、鼻筋や顎から大粒の汗がポタポタ滴り落ちて床を濡らした。

「オオニシ!!」

 突然、騒がしい工場内でも聞き取れるほど大声で呼ばれたオオニシは振り返った。

「何事ですか?」

 オオニシは35歳の上司に聞いた。

「何事ですか?じゃねえんだよ。おまえがトロいからまたラインが滞ってんだよ。おまえのせいで間に合わねえぞ!」

「すいません。」

「ボケが。みんな迷惑してんだぞ。おまえの出来の悪さによ!次も同じ事をやったら泣かすぞ!」



終業後ーーーー


「お疲れちゃん。」

 ウブカタは休憩室にある自販機で缶コーヒーを買っている。

 ピピピピピ

「またハズレ~。マジで当たった試しがないな。景品表示法違反じゃね?この自販機?」

ウブカタは自販機から缶コーヒーを取り出した。

カチャン

「ウブカタ班長、お疲れさまです。
いきなりですが、ちょっと話したい事があって…。
勤務中見てましたけどやり過ぎじゃありませんか?」

「はぁ、なにがよ?」

「オオニシさんに対してですよ。」

「ああ、あのおっさんね。アイツがどうかしたの?」

 部下はため息をついた。

「午後の作業だってオオニシさんだけのせいではないじゃないですか?
 みんなの生産性が落ちていて遅れてしまったものを、オオニシさん1人に擦りつけるのはパワハラですよ。もう止めた方がいいと思います。」

「だってアイツ、トロいからね~。
 それにこっちが強引な事しても、やり返してこないから、日頃のストレス解消にはもってこいのサンドバッグよ。」

 ウブカタは缶コーヒーを開けて、ひと口飲んですぐ話を続けた。

「アイツさ、いくら俺が上司とはいえ歳下の俺にあそこまでペコペコして情けねえよな。
 あんな風になるくらいなら、くたばった方がマシだよ。」

「…オオニシさんて、いつも僕らより出勤時間が早いじゃないですか?
 あれってすごく不思議に思いません?」

 ウブカタは頭をクネクネ上下左右に動かして、おちゃらけた態度をとっている。

「オオニシさんて、腕にタトゥーが彫られているんですよ。それも和彫。
 帰りだけ更衣室で着替えず自分の車の中で着替えているでしょ?
 僕、昨日見たんです。」

「へぇー。タトゥーはコンプラに該当するからそれがマジならクビだわ。」

 ウブカタは缶コーヒーを口にした。

「けっこう怖い人かもしれませんよ。オオニシさんて…。もうオオニシさんを攻撃するのは止めた方がいいかと。
 僕も今日は話すタイミングがなかったけど、シカトしたり馬鹿にしたりするのは止めるつもりです。」

「おまえ、何をびびってんだよ。確かにガタイもいいし喧嘩は強そうだわな。
 でもよ、49歳のおっさんは後がないわけ。
 だから、ここでしがみついてんだよ。
 行くとこがねえんだ。刺青もガッツリあるなら尚更よ。」

 ガチャ

 ドアが開くと私服に着替えたオオニシが立っていた。

 ウブカタの部下が咳払いをしている。

「オオニシ?おまえ、刺青彫っていると社内でもっぱら噂だぜ?」

「ちょっと、ウブカタさん。」

 部下は手で顔を隠しながら小声で言った。























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