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ーー赤柄葵。彼女は都会を転々とし、此処にやって来た。

 コウ達の暮らす、この街へ。

 アオイは小学生6年生になったこの時まで、引っ越しばかりの生活だった。

 アオイが生まれた頃の父は転勤を余儀なくされる立場にあった。
 それに付き合って場所を転々とする家族。

 母も、兄も、姉も。
 引っ越したその先で上手くこなしていたが、末っ子のアオイだけがそれに不満を漏らしていた。

 兄姉の卒業に合わせて引っ越していたからだ。
 アオイだけが、転園・転校を繰り返した。
 アオイが一生懸命クラス全員の名前を覚えても、覚えて貰うまでには至らない短いスパンで。

 何度も。何度も。引っ越した。
 
 アオイが小学生5年生になった時。
 上の兄姉への出費が落ち着き、社会に出る準備も整ってきていた。
 父の仕事での立場も変わり、転勤の必要が無くなった。

 やっとここで、家を建てる“準備”が整ったに過ぎなかった。

ーーでも、嬉しかった。もう、引っ越さなくて良いのだから。
 

「アオイ。お家建つまでの間、じいちゃん家で一緒に暮らそう」

 両親に連れ回される孫を可哀想に思った父方の祖父母。
 家を建て終わるその時まで、一緒に暮らそうと提案してくれた。

ーー長くいられる場所。やっと手に入れた。

 通うことが決まった転入先の小学校には制服が無かった。
 それが分かると、何故か祖父は張り切った調子で外で出かける様になった。

 出かけてるたびに色んなワンピースを買って帰って来た。
 どれも花柄で、少し派手なものが多かった。


『アオイの名にちなんで、買って来ちゃったよ』

ーーそれが、お爺ちゃんの口癖。


 祖父母の家への引っ越しも終わり、転入手続きも終わった。
 初めての登校を明日に控えたアオイ以上に、祖父が期待に胸を躍らせている。

 リビングいっぱいにワンピースを並べる姿を、アオイは遠くから眺めていた。
 すぐ隣にいる祖母は困り顔でため息をもらしていたが、視線が合うと嬉しそうに笑って見せた。

「ごめんね」

 そう謝った後、一瞬寂しい顔をするも直ぐにいたずらに笑って見せた祖母。

「ホント……困ったお爺ちゃんで。ごめんね」

 そう付け足された言葉に、アオイも笑顔で答えた。


「こんなにあったら……初登校、迷っちゃうなぁ。初日にちなんで、めでたい赤にするかねぇ」
「ねぇ、おじいちゃん。いつも言う、『ちなんで』って、なあに?」
「ハハハ、子供じゃわからんよなあ? ……はて。何て言ったら良いかな」
「わかんないのに、いつも言ってるの?」
「こりゃいかんな! アオイ、一緒に”魔法の本“で調べてみようか」
「うん!」

 祖父が魔法の本と呼ぶ”それ“の正体は、電子辞書だった。
 わからない言葉があれば、その場で一緒に調べる。

 それは日常茶飯事だった。
 

ーー【因んだちなんだ】他の物事に関連し、成り立っている様。

「めでたい、初日の出、に因んで……関係してる良い色の、赤にしようか? って意味で使ってたんだよ」
「いつも言う『アオイの名にちなんで』は?」
「まあ、つまりー……アオイの名前に関係してて、似合うと思った服を買ってきたんだよ」
「アオイって、青の事じゃ無いの? 色んな色の花柄があるんだけど」
「アオイの名前は、【葵】って漢字を書いてな。植物の種類の事なんだよ」
「そうだったんだ」
「ばあちゃんが着るの、和服ばっかだけど……アオイ科のハイビスカスとか、ハイカラな花が大好きなんだ」
「ハイカラ……?」
「外国の、お洒落なって意味だよ。今の子はもう言わんかもなぁ」
「へぇ~。ハイカラなんて、初めてきいた」
「アオイの名前はなぁ。最初は好きなお花の名前するっていってったんよ。
 でもな、どんな子になるかわからんし、どんな子になっても良いって……大好きな気持ちだけ詰め込んだのが、この名前なんだよ」
「そっか。アオイ、好きになる色は赤か青しか駄目かと思ってた」
「ハハハハハ! そんな事無いよ。
 それに、今はじいちゃんの苗字の赤柄だけど、お嫁さんになったら苗字が変わって、赤も無くなる。
 ちゃーんと、自分の好きな色、自分で決めて、見つけとかんとな」
「そうなんだ……わかった。自分で決めた好きな色、考えとく!」

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