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4年生になった時。
おれ、“神田弘大”がいるクラスに、“神田真”が転校して来た。
クラスに“神田”が2人なった。
当時のマコトはまだ大人しくて、苗字を間違えられても愛想笑いをしてやり過ごす様な奴だった。
まわりも嫌味で間違えたわけじゃなかったからだ。
俺の苗字の神田。名前の弘大。
“カンダコウダイ” と “コウダマコト”
これらが更にややこしくさせた自覚は、あった。
俺以外の奴がマコトを呼んだつもりでも『カンダ君』と間違えて呼べば、反応するのは俺。
正しく『コウダ君』と呼ばれたその時まで、コウダイである俺は、反応してしまう事が多々あった。
俺が詫びると、それ以上にマコトが申し訳無さそうにするのがしんどかった。
この状況を俺にはどうにも出来なくて。
名前を間違える奴に八つ当たりをしたり、大きな声で『マコト』と呼ぶ事ぐらいしか出来なかった。
ミホの名前が恥ずかしくて呼べなくなっていた俺。
マコトを名前で呼ばないクラスメイトを責める資格なんか無いのもわかっていた。
ーーそんな状況を救ってくれたのが、ヒカルだったのだ。
「神田真。カッコいい名前じゃん。
……コウダって読み方、俺らにとっちゃ珍しいんだよ。
だから、みんなを悪く思わないでくれよ」
俺とマコト会話に割り込んで来たヒカル。
兄貴面で俺の頭をぐしゃぐしゃ撫で回し、そのまま掴んで、マコトに頭を下げる形になった。
それに合わせて、ヒカルも頭を下げる。
マコトは苦笑いを返す。申し訳なさそうな気持ちが伝わって来た。
ーー違うんだよ。コイツは、謝って欲しいんじゃ無い。
「神に田んぼの田、と言ったら……この俺、神田弘大! “カンダ読み”が定番だった訳よ」
「……まぁ、こんなでしゃばりのカンダがクラスメイトにいるもんだから。
みんなに悪意は無いんだよ……みんなは、な?」
「お、俺だって無いっつーーーの!!」
「僕、転校生だし。しょうがないよ。
コウダって読み方、全国的にもまあまあ珍しいみたいだし。
……転校も多くて、慣れてるから。大丈夫」
『慣れてるから』
ーー俺は、何度もこの顔を見て来た。
寂しそうに言うマコトを見て、すぐに嘘だとわかってしまった。
漢ヒカル。優しくてお節介な漢。
この顔を目前にした今回は、見過ごせなかったらしい。
「俺、声でけえからさ。『コウダ』って、毎回でっけぇ声でさ! 呼んでやろうか?」
「何でわざわざ……マコトって呼べばいーじゃん」
「そうすりゃ~みんなも覚えて、間違えねえようになるだろ?」
「マコトで良いだろ~?」
「うん……僕も苗字、呼ばれ慣れて無いし」
「ばっかじゃねえのぉ!? ったく、めんどくせぇ……これだから、良い子のお坊ちゃんは嫌なんだよ」
「……ヒカル。流石に言い方考えろよ」
「大丈夫。僕は……大丈夫。慣れてるかーーー」
「だから! 『名前覚えて貰わなくても大丈夫』ってのに、慣れるなって言ってんだよ!」
ーーなるほど。そりゃ……そうだよな。
「うん……わかった。でもーー」
ーー真面目君のコイツにゃ、難しいのかもな。
「「でも?」」
「馬鹿ってのは……撤回して貰おうかな? 僕、勉強は得意なんだ」
「んだと~~っ!? 良い子なんて撤回撤回! コウダの奴、結構言うじゃん!!」
「「「アハハハハハハハ……」」」
大人しくて、真面目で。
ちょっと気取ってる奴だと思っていたマコトが、俺達同様に大口を開いて笑った。
出会ってすぐの当時。
マコトに1番に声をかけた。
その時から、マコトの事を名前で呼んだ俺。
『……出会って早々、馴れ馴れしいんだね』
そう言いながらも、嬉しそうにしていたマコトを思い出した。
たまにではあるが、マコトは素直にお礼を言えない。
初見は嫌味に見えたマコトだが、基本は素直で良い奴だった。
俺はと言うと。
気さくで良い奴ーーなんかじゃ無い。
マコトはそう捉えてくれる……良い奴なんだ。
ただ、それだけだった。
マコトの事を『コウダ』って呼ぶのが、嫌なだけだったんだと思う。
ーー俺の名前が弘大だから。
あだ名では無く、短くもせず。
俺の事を『弘大』と呼んでくれていたのは、唯一ヒカルだけだった。
俺のちっぽけなプライドに、ヒカルが気付いてくれていたんだと……思っていた。
弘大って名前の特別感。
それが薄れるのが嫌だった。
その気持ちが確実にあった。
「あー。コウダイって呼ぶから、ややこしいんだったな。
お前の苗字は間違える奴いねーんだから……」
ーー……ヤダ。
「そうだ! これからは、“ジンダ”って呼ぶよ」
ーーそんなの、嫌だっ!!!
マコトと共通の“神”の字をジンと読んで、ジンダ。
そう決めたのはすぐわかった。
カッコいいだろ? と同意を求めるヒカルに肯定の返事もした。
ーーカッコいいと思ったのは、嘘じゃない。
ーーでも、凄く嫌だった。
その後、マコトは俺を“コウ”と呼ぶようになった。
コウダイと呼ぶのを躊躇したのか、ヒカルの提案を尊重したのかは、わからない。
それ以降、ジンダと呼び続けたのはヒカルだけだった。
事情を知らない人間に、『間違っている』と指摘されれば、ワザとだと一々説明した。
そんなヒカルの姿を見て、冷やかしで呼ぶ奴らも出て来た。
その度にヒカルは言葉で対応し、足りない奴には拳を振り上げる事もあった。
ーーこんなにも面倒臭いのに。ジンダと呼び続ける物好きは、ヒカルだけだった。
全部、嫌だった。
面倒臭いのに呼び続けるヒカルも、いつまでも呼ばれ慣れない呼び名も。
その光景を目の当たりにする度、罪悪感に嫌気が刺した。
でも、何より嫌だったのは……名前を忘れかける自分だった。
学校を出ても、親も親戚も皆。
ーー『コウ』と呼ぶのだ。
近所のおばちゃんに至っては、俺の名前をコウだと思っているに違いない。
俺の事をしっかり“弘大”と呼んでくれていた唯一の存在だったヒカルまで居なくなってしまった。
ジンダ呼びの誕生により、その存在が居なくなった。
ーー悲しかったんだと思う。
それを悟られているのか。
ヒカルは俺の事をコイツとか、お前と呼ぶ事が多い。
最低限しか、俺をジンダと呼ばない。
ーーただの思い過ごしかもしれない。
俺は、アオイに言われるまではそうだったから。
ーー俺は、無意識じゃ無かったから。
もしかしたら、ヒカルも……何て思ってた。
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