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【3】

3−3

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「ねえねえ! アオイちゃんは、どっち食べるの?」
「コーヒー味を貰うわ。食べてみたかったの」

 ーーなんだ、そうだったのか。
 ホッとした様子で、アオイは黒の外郎を手に取った。
 黒を食べようかと悩んでいた俺を見て、冷静なアオイが内心ヒヤヒヤしていたのかと想像すると、笑えてきた。

「え? 待ってよ…………何で?」

 マコトがアオイの腕を掴んだ。
 予想外の、大胆にすら感じる行動に誰もが黙り込み、停止する。
 マコトのもう片方の手には、まだ食べかけの外郎が握られていた。

ーーまだ食ってんのか、マコトの奴……もしかして、口に合わなかったのか?

「……マコト? 何でって。何がだよ」
「お土産は、客人に振る舞ったものだし。アオイは食べないのが礼儀じゃ無いかな?」
「それも、そうね……」

ーーマコト、らしくない。


 明らかに様子がおかしい。
 何だ、この違和感は。
 マコトが止める理由があるとすれば……毒か!?

 せめて、まだ食べていないアオイだけでも、傷付けずに助けようとしているのかもしれない……!


ーー…………なーんて。んなわけないか。


「別に良いだろー? これ、コーヒー味だぞ? アオイくらいだろ食えるの」
「そ・も・そ・も! アオイちゃんがおじいちゃんに買って貰ったんだから、食べて良いに決まってるでしょ~!? 何言ってんのよ~、もう!」
「僕だってコーヒー平気だし! 好きだよ!? 
 ……ま、まあ良いよ? 一つづつ食べたとしてさ、それでも一個余るよね?」
「まあなー。ここは平等に、ジャンケンで良いだろー?」
「私も食べたいから賛成~っ! アオイちゃん、良いかな?」
「勿論。恨みっこ無しね」

「僕は嫌だっっ!!!」

ーーえ。マーーージ?


 俺の中で、マコトに限ってこれはないだろうという可能性があった。
 でもそれがどんどん濃厚になって行くに連れて、気付いた。

 俺は、俺の中のマコトという人間のデータを更新する必要があるらしい。

「そうだ! 今日出た算数ドリルの宿題を早く出来た人が貰える事にしない?」
「やだよ~! 私絶対勝てないもん!」
「早く終われば良い、なら。間違ってても良いんじゃね?」
「良いんじゃ無いかな? まあ、先生に怒られても良いなら、ね」
「んーーー、まあ、それなら。勝算ありそうだな」
「私はやだよー!」
「私は良いけど。望む所だわ」
「じゃあ決まりだ。皆、ドリル出してよ。……じゃあ、準備は良い? よーい」
「ちょっと、待ってって!」「まだ準備出来て無いよ~っ!」

「……はい。私の勝ち」

「「「えええ???」」」

 ランドセルからドリルを出す事さえ出来ていなかったミホと俺。
 よーいと言ったマコトは既に2問終わらしている。

ーーマコトの奴、自分から提案しといて堂々とフライングしてんじゃん。

「学校の授業中に終わらせてあるの、私」

 そう言うと、アオイはランドセルから出したドリルを開いて見せる。
 今日宿題に指定されたページは勿論、その少し先まで終わらせてあるのを見せてくれた。

「そんなんありかよ~!」
「そ、そうだよ! 今のは、ノーカウントだ!」
「ズルくないよ~! しかもマコトくんが決めたんじゃ~ん!」
「それもそうだな。マコト、ここは大人しく引くのが漢だと思うぜ?」

 マコトのプライドを尊重しての提案だったが、負けじと抗ってきた。

「じゃ、じゃあさ、こうしようよ! 次の休みまでに皆をびっくりさせる“秘密兵器”を用意するからさ!?」

 その一言で。
 俺の中では、マコトのプライドとか残り一個の外郎が誰の物かとか、どうでも良くなった。

 俺とミホは『秘密兵器』の言葉を聞き逃さなかった。
 もうその事で、頭がいっぱいだった。

 アオイは、マコトがまだ何かを言おうとまごついている様子を見守っていた。

「だからーー」

 更に続けようと言葉を発したマコトを制して、アオイはため息をつく。

「マコト。貴方みたいな人が、そんなにムキになる程に……そんなに美味しかった? 外郎」
「……………うん」

ーーあ。あっさり認めやがった、コイツ。

 いつもは比較的穏やかで冷静なマコトが、人狼ゲーム以外の事でこんな大きな声を出すのは珍しかった。
 本人にも制御出来なかったのだろう。
 恥ずかしそうにしていたのがわかった。

ーーわかる、わかるぞマコト。
 男がお菓子に熱くなるなんてさ。ちょっと、恥ずかしいもんな。

「それは良かったわ。外郎、みんな気に入ってくれて。またお爺ちゃんのとこに遊びに行ったら、必ず買ってくる様にするわ」

 そう言ってアオイはマコトに残り一個の外郎を手渡した。

 部が悪そうなマコトは初めてみた。
 ありがとう、と消えそうな声で言うと、しっかり受け取った。

ーーてか、ちゃっかり貰ってんじゃん!

 マコトは嬉しさを隠しきれない様子で、外郎をポケットにしまっていた。
 達筆な『外郎』の文字が書かれた、空っぽの箱だけが残った。

「約束は、絶対守るからさ……秘密兵器、来週まで待っててよ!」


 アオイの機転の効いたお土産のおかげで、全員が気に入った外郎。

ーーウイロウの名前の響き、良いじゃん。
 
 そして、この時。

 みんなに確認を取るまでも無く。

 ウイルス人狼ゲームの略称【ウイロウ】が、みんなの本心による了承により、正式に決定し、定着した。

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