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カネコ

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07【六十里空 11HRにて 】

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「別のクラスに、双子の姉がいるのよ」
ーーとりあえずは様子見だった。

 先に出すのは、側から見たら直ぐわかる“こっち“の情報からに決まってる。
ーー“私の事”あっちの話は後でいい。ついで、があったらそれで良い。
 最悪、話さなくたって良い話だ。


 入学式は校長の話辺りから記憶がない。寝たら、終わっていた。
 教室に戻って来て、高校生活初めてのSHRも終わると、解散が命じられた。

 時間は正午前。
 周りを見渡せば、早々と数人のグループを作り連んでいた。
 ぎこちない会話を交わす人もいれば、慣れた様子で楽しそうに話す人もいる。

 かく言う私はと言うと、後ろの席の九十九真つくもしんと、先程出会った同志とは微塵も感じさせ無い空気を作り出していた。
 私にしては珍しい……実に、男子高校生らしい会話を交わしていた。

「まじで……? え、美人!? 美人!!?」
「双子だって言ってんでしょ」
「じゃあ絶対美人じゃん!」
「じゃあって……絶対、とか」
ーー照れるじゃ無い。
 はなびを良く言われるのは自分の事の様に嬉しい。
 でも、これって遠回しでも何でも無く……私が美人だからって解釈しても、自惚れじゃないわよね?

「で、身長は? 体型は?!」
「見に行けば早いでしょ」
「……おっぱいは!!!?」
「見ればわ…………2度と言うな、殺すぞ」
「も、申し訳ありませんでしたっ!」

 隣のクラスからガラガラと音が聞こえる。
 椅子を引き、生徒が立ち上がる音。ガヤガヤと声も聞こえる。向こうも解散した様だ。

「学科は?」
「一緒だから、すぐ隣のクラス。さ、行こ」
「あ~……12HRって事? そう、そうなのー? へえ~」

 罰が悪そうな真。それを露骨に表情に出したかと思えば、その顔を隠すように頭を抱える。
 グシャグシャっと頭を数秒掻き回すと、前髪をかき上げ顔を上げるも、眼鏡がずり落ち、間抜けな姿だった。
 その姿を見て私は笑ってしまったのだけど、彼は怒るでも無く、笑って返すが、その顔はひきつっている。

「え、何なの?」
「ちょっと、心の準備のお時間頂けますでしょうか?」
「はぁ?」

 真は眼鏡を外す。
「いや、でも…」とブツブツ呟きながら、着けて外してを繰り返しているが、その行為は絶妙な角度で行われており、素顔は見えそうで……見えない。
ーーみ、見たい。ナチュラルぱっちり二重の垂れ目……レンズ無しで見たいっ!

「俺、めっちゃ目悪いんだわ……」

 眼鏡を外したその目付きは険しく、空を睨みつけている様だった。

「事情はわかるんだけどさ? 怖いから、その顔。やめてくんない?」
「この距離でもう、クゥちゃんの顔、全然見えないのよ」

 真が、グッと顔を近づけてくる。
ーーはぁ~!? 何考えてんのよ、コイツ!

「ヤダヤダ、ちょっと……近い!」
「今は、見えてた時の記憶で補正してるからわかるけど。初対面じゃ人間かすらわからんと思うわ」

 眼鏡を取った拍子に、距離感と一緒に思考回路までバグっているのか、鼻が当たりそうなくらいの、ギリギリの位置で話を続ける。
 息が顔にかかる距離。マスクをする私の息は掛からないからとか、そう言う問題……なのだろうか?
ーー焦ってる私が馬鹿って事!? 最近の男子高校生、怖っ!

 ファンデーションションを塗っているのも忘れて、顔が真っ赤になっているのだろうと想像してしまうと、その羞恥に耐えられず、視線を逸らした。

 ……勿論真には気付かれない。見えていない。
ーーこれ、ラブコメでよく見る奴だ。鈍感無自覚系……ああ、恐ろしい子。


「で、なんの準備?
 何? 実の弟の前で姉のおっぱいの事聞いとて、女子苦手とか言い出すんじゃないでしょうね?」
「この世にいる9割の女には何も問題ないんですけどね!
 緊張してお喋り出来ない、貴重な1割が……隣のクラスにいるのよ」
「知り合いって事?」
「幼馴じm……許嫁の、好きな女がいる」
「何で言い直したの」
「人に言ったの初めてなの! 最初で最後のチャンスかと思って……言ってみたかったの」
「……ああ、ごめん。そう言うタイプのオタクとはあんま関わりたくないんだけど」
「妄想じゃないからな!! 親公認の仲で、従姉妹の、幼馴染みが好きなの!」
「……付き合ってんの?」
「ちゅき合っては……ないのっ!」
「うわあー、きんっも」
「クゥちゃんのその感情の薄ーい喋り方で言われると、凄く傷つくなぁ?!」

 私は可能な限り不機嫌そうに肩肘をつき、大きく音を立ててため息をついて見せた。
 真は泣き真似をしながら両手で顔を覆っていたが、様子を伺う為に上目遣いで両手を下ろした。
 私と目が合うと 互いに「ははは」と場を濁す浅い笑いを交わす。
ーー何? この時間。

「……で、準備出来ました?」
「ソイツ
対策用に考えた……キャラを作っておかないと、まともに話せないんだよ」
「どうぞどうぞ。なんでも作ったら良いじゃない」
「今この状態の、眼鏡かけた素の俺と仲良くなっちゃったクゥちゃんに……
 切り替え見られるのめっちゃ恥ずかしいって感情が芽生えちゃって」
「今のこの女々しい感じも十分恥ずかしいと思うわよ」
「これは! クゥちゃんが! 女子会風に話すから感染ったんでしょーが!」

ーー謎の沈黙が流れる。

「……え?」
「へ?」

 キョトンと拍子抜けてしまった。
ーージェンダーレスじゃ無くて、ノリだと思われてたって事?
 その後すぐ、慌ててマスクの上からさらに手を当て口を押さえつける。
ーーマスク着いてるのに……何ベラベラ喋ってんのよ、この糞ババアワタシッ!
 口を抑えた手に力が入っていく。目は見開き、泳いでしまう。
ーー落ち着け、落ち着け……落ち着けってば!!!

「……顎でも外れた?」
「わ、わt……お、俺、女言葉出てた? オカマ言葉的なの」
「いや、その……なんかまずいの?」
「いや、なんか、たまにね? 出ちゃうんだよねー。たまにね、ははは……気持ち悪い、じゃん?」

 語尾が震える。
ーー男言葉……普通の、普通の喋り方で良い。出来ている、かしら?

 頭に巡る自問自答。
 大丈夫。バレてない。気にしてない。気のせい。大丈夫。
ーー違う、そうじゃない。

「いやー……クゥちゃん楽しいし、ぶっきら棒に見えて、ノリ良いし。親身になってくれる感じで話すからさー。
 浮かれてこっちも馴れ馴れしく話しちゃったじゃん。悲しい事言うなよ」

 噛み合っているのか、いないのか。
 お互いに何かを隠しながらなのか、気を遣いながらなのか……曖昧な表現で会話を交わす。

「そんな都合よく捉えて良い問題じゃないかもよ?」
ーーハハハッ……暴露のペース早すぎ。今日、高校生活1日目よ?

 相変わらず、はっきりとした確信もなく、意味深な言葉で問いかける。
 可能な限り傷つけない様に。
 願わくば、出来たばかりの友人を失わない様に、細心の注意を払って。

「オタク知識だけどさ、いろんな世界とか価値観とか。理解あるつもりだよ、俺」
「じゃあ……“私は”、それに甘える事にするわ。しんちゃん?」

 ポツポツ喋り、抑揚の低くかった私の声色。
 マスクをずらし、唇が姿を見せた状態で発されたその声は、艶かしさを帯びかせて、たった一言でありながら、感情豊かに真に問いかけた。
 言葉足らずのたった一言。その言葉以外の意味も全て込めて。
ーー好き。だから、逃げるなら今のうちよ。

「……うん。良いな、それ。カッコいいから採用」
「は、はあ?!」
 思わず声は裏返るし、ずり下ろしたマスクは指から外れ、パチンッと音を立てて勢いよく定位置に戻る。

「切り替えスイッチ、良いねえ。クゥちゃんはマスクを外す、俺は眼鏡を外すとキャラが変わる。良いよー、これ」
「いや、設定とかそんな中2的な話じゃ無くて……」
「ほら~、クゥちゃんもマスクつけたら普通の男子高校生に戻ってるじゃん!
 俺も、眼鏡の時は普通の俺に戻るわけ」
「普通じゃないしんちゃんって、何なのよ」

 言われた通り、切り替わる。今の私は男子の六十里空。
 誰にも口にして伝えた事がない“秘密これ”に、出会って間もない男に見抜かれた。

ーー気付かされた、弱点。
 意識していなければ溢れる女言葉。マスクをして、喋ること自体を抑制して、我慢。
 素顔の自分は、本当の自分。
 私も、無意識のうちに、はっきりとした切り替えに憧れ、楽しんでいた。

 席を立ち、椅子をしまう。手早く荷物をまとめて鞄を肩にかける真。
 ワンテンポ出遅れた私も急いで立ち上がる。
 一度真に背を向け、私が荷物を整えている間。

 背後で聞こえた、真大きな深呼吸が一回。カチャリと眼鏡に手を添えた音。

「勉強運動なんでも出来て、無愛想なイケメン幼馴染みに、へーんしーん!」

 真は、阿呆な台詞を爪先に向けて吐き捨てた。
 顔を上げる動作と同時に眼鏡を外す。外したメガネは乱暴に鞄へ突っ込んだ。

 先程まで両耳にかけられた髪。しっかり見えていた額。
 乱れた髪をかき上げるようにして、片方の耳だけを出す。
 前髪で見え隠れする瞳。険しい表情で細くなっても、くっきり二重の垂れ目。
 常に上がっていた口角は、それが嘘だったかの様にその気配を消した。

「行くぞ、空」

 ボソリと喋る、小さく開いた口。既視感。
 まるで空想上の正体を偽る空ワタシを見ている様だった。
ーーこれこれ。こういう男子高校生、演じてるつもりだったんだけど……私には何が足りないのかしら?
 
 思い描く理想以上の男子高校生像が、そこにあった。
 目立たず、荒立てず、人には好かれ、嫌われず……それを演じるのが、自らも嫌いじゃない化身。
ーーあ、これだ。私には……このレベルのロールなりきりは出来ないわ。

 現実世界で認識するには眩し過ぎるその男が、私の名前を呼んだ。

ーー正直な話、これに着いてくの、恥ずかしいんですけど。
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