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04【俺、九十九真の場合】
しおりを挟む俺の名前は【九十九真】
九十九神の九十九。中二病心をくすぐる良い苗字で、まあまあ気に入ってる。
そんな気持ちを汲んで……と言うのも可笑しな話だが。
同じく中二病を煩う母は、『神』と名付けたかったそうだが、そこは冷静な父が止めた。
流石に自分の子供に神の字を名前で背負わせるのは荷が重いだろう、と。
何より、父本人の名前が『仁』であり、流石に同じ名前は勘弁してくれ、と頼み込む形になったそうだ。
父と同じ名前と言うのがまた浪漫的じゃ無いかと語る母に、より良い中二病ワードを並べて説得してくれた父。
「これは、僕達夫婦だけに分かる暗号の様な物……“真実”と“神”の両方の意味を込めて、真と名付けるのは、どうだい?」
「嫌! 嫌嫌嫌! 九十九神が良い! 九十九神じゃなきゃヤダ~~!!」
「神が地上で簡単に神を名乗るとは何事だ!! 正体は、隠すのが浪漫だろうが!」
「……素敵。その熱意に免じて、“半分”だけ、採用してあげる」
日頃から母の尻に轢かれているような父だが、その時は良くぞ止めてくれた、と感謝している。
子供の将来を考える、父親の意地を見せてくれたのだ。
マタニティハイというバフが掛かった中二病を、責める気はない。
非現実的な考えであるだけで、婿を迎えてまで受け継がれた『九十九』の苗字に相応しい名前をと考えた結果なのだから。
長女の母は、次男である父を婿に迎えてまで、九十九の苗字を引き継いだのだ。
神のジンの音がダメなら、音だけでも! ……との願いで、『真』を採用した。
読めなくもない字ではあったが、名前として使われるのは”マコト“の読み方が一般的らしく、間違えられる事は父が予想していた。
察しの良い人間には、シンであると訂正した後、「ああー」と納得した顔で、神の字の存在を見透かされる事も多々あった。
ーー両親よ。九十九神さん、隠れてられて無いみたいだぜ?
実際、そんな大層なものじゃないのに……中途半端に隠して、どうしろってんだよ。
九十九家の人間であることに変わりはないけれど。
名前を褒められる事に、喜びと、快感と、違和感が付き纏った。
まるで自分の手柄のように、母の名前の恩恵をひけらかす自分が、嫌だった。
九十九神ーー神と妖怪の呼び名らしい。
俺は神でなければ、妖怪なのか? ……いやいや。妖怪でもない。妖怪に失礼だ。
妖怪でもない。さらにその下の、“何か”なのだ。
***
「あった……けど。う、うわー……マジかよ」
高校入学式。
クラス割りを見て、思わず声が漏れる。
【柊懐目】の名前は、見つけた。
柊懐目は従姉妹。母の妹。柊家の、俺と同い年の娘。
家は同じ市内でも、同じ学校に通うには離れ過ぎていて、高校で初めて一緒になる。
この高校の偏差値は、俺には低い。3学科ある内でも1番偏差値の低い学科を親に黙って受験した。
もっと上を狙えただろう?と責められはしたものの、懐目も同じ高校の同じ学科に受かったと聞いた途端、何も文句を言わなくなった。
今朝も、ニヤニヤと嬉しそうにして、何を、とは言わずに「頑張ってねー?」と送り出されたのだった。
少し上に戻って、もう一度名簿をなぞってみるが……九十九真の名前は、無い。
ーー別のクラスか。残念。
それでも現実が受け入れきれず、名簿をなぞり続ける指。再び懐目の名前に止まる。
ーー否、違う。懐目じゃない。
一瞬とはいえ間違えた自分に虫唾が走る。
【夏目懐石】……多分、男の名前だ。読めない。
回文かと錯覚させた程の共通点。嫌な予感がする。
ーー柊。冬と夏。懐目と夏目。懐目と……夏”目懐“石。
複数の共通点。名前らしくない字面。
あの、名前フェチのお花畑が食いつきそうな名前。
ーーああ、どうか。コイツが名前負けの、デブで根暗で馬鹿でクズでありますように。
懐目とは無縁そうな、最低な輩であってほしい、と即座に願う。
『幼馴染で、親同士が小さい頃に決めた許嫁』
ーーそれが、俺の無敵武器だった。
『新しく始まった高校生! 偶然に偶然が重なった、運命的な名前の男子との出会い』
これにそれなりのビジュアルと、それなりの出来た性格の条件が重なってみろ。
ーー運命の王子様の、出来上がりだ。
隣のクラスの名簿に目を移す。この学科は2クラス。消化作業をする。
目立つ自分の名前はすぐに見つかるもんだと思っていたが、目立つ原因は別にあった。
『60』と『99』が並んでいた。
六十里。なんじゃこりゃ……また、読めない。その後に続く『空』の文字。
ーー空ちゃん、ね……珍しい苗字同士、仲良くなれる、かな?
願わくば、オタク趣味の子がいい。
大人しくても、煩くても、どっちでもいい。趣味の共有できる友達が欲しい。
ーー懐目にフラれた際には、空ちゃんにアプローチするのも、悪くないかもしれない。
……なんて。そんな事、あってたまるか。
親戚の集まりでしか会えなかった女の子。
その子の事で頭がいっぱいで、学校の女子なんて、テレビのアイドルなんて、目に入らなかった。
彼女の好きな漫画やアニメを見て、自分も好きだと話を合わせるうちに、いつのまにか自分もその世界にのめり込んでいた。
でも、気持ちの奥底には彼女がいた。彼女が喜ぶから、その世界に詳しくなろうと努力した。
一番食いつくであろう、恋愛には疎いふりをし続けた。
勉強も、運動も、特別優れていない彼女の上を行き、常に頼れる存在である事を心がけた。
他の女子から、多数告白を受ける位には、装備は整った。
「親に決められた、嫁にもらわなきゃいけない女がいるから。ごめんね」
儚げな表情で、この台詞を吐いて女をフルときが、最高に気持ち良かった。
親公認。やっと漕ぎ着けた、同じ学校での生活。整った武器と装備。
将来への架け橋になるこの高校生活に、俺の人生全てがかかっているのだ。
……と言いつつ、別のクラスは想定外。
ーー何となく運命は俺の味方だと過信していた。
“友達の多い男”は、良いステータスになる。
沢山の友達と。都合よく動いてくれる、女子友達。
隣の教室、というこの距離を埋めるには、それなりの数が必要になるだろう。
同じ中学の人間のいない、初対面の人間に溢れた教室に向かう。
さて。この状況をどこから攻めるか。年密な計画を立て始めた。
今このスタート地点から、崩れ始めているとも知らずに。
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