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山猫、デレる
第326話:新人営業デビュープロジェクト
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十月二十四日、金曜日。
相変わらず、用もないのに腕時計を眺めながら出勤する。
そうして、戯れに、この気持ちを分析してみたりする。
理屈としては、クロに告白されたあのお盆から、僕はこの気持ち、・・・つまり、安心感だとか喜びだとか、ニヤニヤだとかを十二分に堪能したってよかったのに、そうはならなかった。やっぱり、自分で口に出して言うか言わないかでは大きな違いがあったらしい。
肩の力が、抜けたんだろうか。
そういえばまた僕は少し遅いけど、今更また、約十ヶ月にわたる秘匿期間を経た告白について、「もう・・・いいのか」とつぶやいた。隠さなくていいし、言ってしまっていいし、態度で悟られたっていい。好意を持っているという、以上・・・身体の欲求がある、ということまでも。それは、劣情でも悪いことでもない・・・だなんて、それはまだちょっと信じられないけど。
そして、佐山さんにもらった小さな白いマシュマロ(マシュマロなんてお菓子がまだこの世にあったのか)をティッシュの上に置いて指で突っつきながら(冷たくないし、触り心地もいい)、今日は何とかまた一緒に帰れないかな、でも誘い文句は出てこないから、ロビーで勝手に待ってようかな・・・と考えていたら、課長に呼ばれた。
「・・・というわけで、月末で二人いなくなるから」
「・・・へっ」
・・・。
四課の奥、長ったらしいオフィスの最果て。
古びたパーテーションで仕切られ、物置と化している小さなブースに呼ばれて(ここ機能してたのか)、・・・てっきり佐山さんの後任がそろそろという話かと思ったら、違った。
「え、グループ長いなくなるって、長谷川さん・・・」
「違う違う、第二グループだって。きみの第一グループはそのまんまよ」
「そ、そうですか。なら、別に・・・うん?」
「まあちょっと色々あって、とにかく、きみに頑張ってもらいたいと」
「・・・頑張るって、な、いったい何をですか」
「何をってさ、ああ、グループ長やってみるか?」
「は、な、滅相もない」
「いやちょっとマジメな話、早急に、新人ももう組み込んで、予算立て直さないと・・・マズイのよ」
「はあ・・・、ま、マズイ?」
道重課長のシャツのボタンと腹の出具合を眺めつつ、しかし急な話で、頭がなかなかついていかない。
えっと、つまり、四課の、第二グループのG長ともう一人が辞める?いや、課長の言い方だとどこかへ異動みたいなニュアンスだけど、どうして月末まで一週間もないのにそんな話が出てくるんだ?まあ、うちの人事が急なのはいつものことだけど、突然営業の即戦力二人を失って、四課は何をどうしたいんだ?
「だからね、二人分席が空くでしょ?そこにとりあえず新人二人座らせて、今営業同行してるけども、ちょっとその先まで、いってもらいたいと」
「・・・ぐ、グループ長の代わりにはならないでしょう。って、いうか、仮配属じゃなくて配属させるってことですか?」
「いやいやまあまあ、カタチとしては新人七人、今は仮配属よ?・・・カタチとしては」
「・・・でも、二人、必要?」
「そう、とりあえず人手は必要だから。でも、残りの五人も遊ばせとくんじゃなくて、逐次情報共有というか、横で連携して、契約書の書き方とか、基本的なとこは全部教え込んで。来させる二人についてはもう、同行やりつつも、一人で行かせ始めて」
・・・もちろんゆくゆくは同行から独り立ちし、そして契約の流れと営業事務も教えていきたいわけだが、同行はまだ今月始まったばかりだ。確か自分たちの時は、ぼちぼち一人で御用聞きや保守契約に出かけたのは年明けからで、年末はセミナーや謝恩会の手伝いで忙しかったはず。
しかし課長の返事は「それはー、行かなくていい」。え、そうなの?そんなことで何とかなっちゃうの?
「じゃあ、その、二人っていうのは、どの・・・?」
「それ、一応ね、変なカドが立たないように、希望者募るって形にするけど、けど、けども、よ?」
「はい」
「・・・あの、飯塚君と、まあ、辛島君?」
課長は腕を組んで後ろにもたれ、にやけて首をかしげながら「そんなところだろ?」という目で僕を見た。これについては「・・・まあ、そう、ですね」と言うほかない。一番有能な人間と、一番文句を言わなさそうで、実直そうな人間。
「うん、そういう風に、まあ持ってってもらって」
「持ってって、って」
「いい?この件は山根に任せるから。おれから話して、課長が言うからどうこう・・・ってんじゃなく、最初からお前にやってもらって、もう、お前が誘導して、しやすいよおおおな形で話してもらって・・・ちょっと、もたもたされても困るから」
「こ、困るって」
「いやね、あんまり時間もないし、その、残りの五人の面倒まではおれも見れないでしょ?そこの、営業事務の教育をお前さんに任せるとするなら、だったら最初っからぜーんぶ任せた方がいいじゃない。実際にやりたいのは<二人の配属>だけども、本来やりたいのは<七人の教育>なわけで、だったら『課長命令で二人が引き抜かれる会』じゃなくて、『自分たちで手探りで学んでいく会』にしてほしいわけ。言ってる意味分かる?」
「・・・あ、はい、まあ」
「じゃあよろしく」
「・・・よ、よろしくって、・・・え、いつまでですか」
「よろしくっつったらなるはやよ、なるはや!・・・まあ、来週末目処で」
・・・・・・・・・・・・・・・
どうも、最近、大人しいと思った。
課長とG長らは離席がちだったし、キャンペーンや今月の数字もどうこう言われないし、新人に営業事務を教える件も棚上げになっていた。
たぶん、また本社がらみの何かの体制がどうのとかで、課長もあっぷあっぷなんだろう。それにしても僕に丸投げするなんて、この企画(?)の重要度はよほど低いと思っていいものか、あるいは後から「何考えてんだ」とどやされるのか・・・。
とりあえずはアポを取っている外回りに出かけ、汐留から新橋まで歩いて遅めの昼食。空き始めた店内で牛丼をゆっくり食べながら、課長の話を反芻した。
つまり、なぜだか知らないけど突然四課の営業が二人いなくなるから、急いで穴埋めをしたい、と。
そのために、仮配属の新人七人の中から、使えそうな二人を投入したい。しかし、ただ課長が二人を指名して四課の席に座らせ、残りの五人は新人の島でそのまま研修・・・というのではなく、あくまで自主的に、あくまで七人で、あくまで教育を・・・。
・・・実態としてはまあ、四課の都合で、さっさと二人だけ研修は終わりで営業に入れっていう話、だろ?
しかしそれをあくまで、七人の研修の延長として、平等に教育をしつつ、前向きに行う・・・。
・・・そんなこと出来るのか?
もう、課長がすべてを洗いざらい話して、「ああそうですか」って分かってもらう方が早いんじゃないか?
午後。
システム担当のSSと同行して無事に今月計上の検収書をもらい、早めに帰社した。
佐山さんに書類一式を渡して、17時。来週の分のやっておきたい仕事があるけど、それは後回しにして、何をしたらいいかも不明な<新人営業デビュープロジェクト>を一人で立ち上げてまとめなければいけない。・・・いったい何なんだそれは?
ひとまずノートを開いて、要点とゴールを書き出す。ゴールというのは、何だかうまい具合に七人全員の賛同のもと飯塚君と辛島君が営業デビューを果たし、残りの五人も置いてけぼりではなく研修を進められること。・・・そう書くととても真っ当なプロジェクトだが、しかし具体性が何ひとつないな。
・・・・・・・・・・・・・・
書いていても苦笑いが出るばかりだったので、すっかり乾燥したマシュマロを噛みながらコーヒーを汲みに行った。ついでに新人の島もちらりと見る。ああ、新人は仮配属の課ごとに固まっているわけではなく、わりと入り混じってるのか。もしかして、一課から四課に仮配属中の新人三十人の中から二人だけ早期本格デビューというのは、抜け駆けみたいな感じになるのかな。しかし四課の事情だってきっとどっかのお偉いさんの事情なんだろうから、そんなのしょうがない・・・。
・・・って、ことを。
わざわざ明言せず、さらっとやれってこと?
いつもそうだ。全部説明してくれればそれでやるのに、説明せずうまいことやらせようとするから、おかしなことになる。この場合、お偉いさんから課長、課長から僕、僕から新人と、どんどん説明具合が薄くなるから最後にはもうわけがわからなく・・・。
・・・ああ、それが狙い?
別に、不正や悪事を隠したいとかの大それた企みでもないだろうに、ここまでやる意味あるのかね。まあ、それは正論だろうけど問いただす相手もいない。結局やれと言われたらやるしかないんだし。
・・・・・・・・・・・・・・
ノートに向かっても相変わらず取っ掛かりは何もなかったが、分からないことはいくらでもあった。
新人たちのスケジュールや今やっていること、外せない予定、そして勤怠がどうなっていて残業はさせられるのか、数字が取れた場合インセンティブの対象になるのか等々・・・。
抜擢された二人については課長が何とかしてくれるだろうけど、結局、残りの五人をどうするかというのが僕が託されたことであり、そこで最も大事になるのは、<平等感>だろう。しかし、それを演出する(?)何かを行おうにも、新人の実態を知らないので何をどうしていいのか分からない。一人ずつ空いた時間を狙って呼び出し、見積もりシステムでも教えるか?それとも同行をもっと増やして二人に後れを取らないようにする?でも、自分で出来る限り連れて行くとしても、西沢などの他の営業にも頼み込まないと間に合わないだろう。
せめて、あの新人歓迎会の幹事の時みたいに、僕と横田でやってくれというならもうちょっと気が楽なのに。・・・いや、もしかして、横田を手伝わせるという権限まで僕にあるのか?課長は僕に任せると言ったわけで、だったら必要な人材は勝手にスカウトできる?
・・・それならいっそのこと、こっそりと飯塚君を呼び出して、彼にだけは全てを打ち明けて、このプロジェクトに協力してもらうというのがいいんじゃないか。そうすれば新人の実態も手に取るようにわかるし、彼と辛島君がデビューするという予定調和の小芝居も出来て、ついでに残り五人が何をするかというのも一緒に考えてもらえる・・・。
いや、だめか。
横田はアリでも、飯塚君はナシか。
頼めば彼はやってくれるだろうが、それがバレたらそもそも達成したかった<平等感>に反するわけで、いや、バレていなくたって反しているか。飯塚君に無用な気を遣わせることになるし、・・・まあそもそもが、それをせずに僕が何とかしろって話なわけだし。
・・・隣の横田は、忙しそうに粗利と格闘中。でも、仮に手伝ってくれたとして、しかし横田だって新人の情報なんか知らないだろうから、二人でウロウロするだけだ。
うん、新人の情報・・・なんて、営業全員、最近の同行でようやく接点を持ったばかりで、西沢だろうが誰だろうが、そんなものは知るわけな・・・。
・・・。
え。
・・・クロなら知ってる?
相変わらず、用もないのに腕時計を眺めながら出勤する。
そうして、戯れに、この気持ちを分析してみたりする。
理屈としては、クロに告白されたあのお盆から、僕はこの気持ち、・・・つまり、安心感だとか喜びだとか、ニヤニヤだとかを十二分に堪能したってよかったのに、そうはならなかった。やっぱり、自分で口に出して言うか言わないかでは大きな違いがあったらしい。
肩の力が、抜けたんだろうか。
そういえばまた僕は少し遅いけど、今更また、約十ヶ月にわたる秘匿期間を経た告白について、「もう・・・いいのか」とつぶやいた。隠さなくていいし、言ってしまっていいし、態度で悟られたっていい。好意を持っているという、以上・・・身体の欲求がある、ということまでも。それは、劣情でも悪いことでもない・・・だなんて、それはまだちょっと信じられないけど。
そして、佐山さんにもらった小さな白いマシュマロ(マシュマロなんてお菓子がまだこの世にあったのか)をティッシュの上に置いて指で突っつきながら(冷たくないし、触り心地もいい)、今日は何とかまた一緒に帰れないかな、でも誘い文句は出てこないから、ロビーで勝手に待ってようかな・・・と考えていたら、課長に呼ばれた。
「・・・というわけで、月末で二人いなくなるから」
「・・・へっ」
・・・。
四課の奥、長ったらしいオフィスの最果て。
古びたパーテーションで仕切られ、物置と化している小さなブースに呼ばれて(ここ機能してたのか)、・・・てっきり佐山さんの後任がそろそろという話かと思ったら、違った。
「え、グループ長いなくなるって、長谷川さん・・・」
「違う違う、第二グループだって。きみの第一グループはそのまんまよ」
「そ、そうですか。なら、別に・・・うん?」
「まあちょっと色々あって、とにかく、きみに頑張ってもらいたいと」
「・・・頑張るって、な、いったい何をですか」
「何をってさ、ああ、グループ長やってみるか?」
「は、な、滅相もない」
「いやちょっとマジメな話、早急に、新人ももう組み込んで、予算立て直さないと・・・マズイのよ」
「はあ・・・、ま、マズイ?」
道重課長のシャツのボタンと腹の出具合を眺めつつ、しかし急な話で、頭がなかなかついていかない。
えっと、つまり、四課の、第二グループのG長ともう一人が辞める?いや、課長の言い方だとどこかへ異動みたいなニュアンスだけど、どうして月末まで一週間もないのにそんな話が出てくるんだ?まあ、うちの人事が急なのはいつものことだけど、突然営業の即戦力二人を失って、四課は何をどうしたいんだ?
「だからね、二人分席が空くでしょ?そこにとりあえず新人二人座らせて、今営業同行してるけども、ちょっとその先まで、いってもらいたいと」
「・・・ぐ、グループ長の代わりにはならないでしょう。って、いうか、仮配属じゃなくて配属させるってことですか?」
「いやいやまあまあ、カタチとしては新人七人、今は仮配属よ?・・・カタチとしては」
「・・・でも、二人、必要?」
「そう、とりあえず人手は必要だから。でも、残りの五人も遊ばせとくんじゃなくて、逐次情報共有というか、横で連携して、契約書の書き方とか、基本的なとこは全部教え込んで。来させる二人についてはもう、同行やりつつも、一人で行かせ始めて」
・・・もちろんゆくゆくは同行から独り立ちし、そして契約の流れと営業事務も教えていきたいわけだが、同行はまだ今月始まったばかりだ。確か自分たちの時は、ぼちぼち一人で御用聞きや保守契約に出かけたのは年明けからで、年末はセミナーや謝恩会の手伝いで忙しかったはず。
しかし課長の返事は「それはー、行かなくていい」。え、そうなの?そんなことで何とかなっちゃうの?
「じゃあ、その、二人っていうのは、どの・・・?」
「それ、一応ね、変なカドが立たないように、希望者募るって形にするけど、けど、けども、よ?」
「はい」
「・・・あの、飯塚君と、まあ、辛島君?」
課長は腕を組んで後ろにもたれ、にやけて首をかしげながら「そんなところだろ?」という目で僕を見た。これについては「・・・まあ、そう、ですね」と言うほかない。一番有能な人間と、一番文句を言わなさそうで、実直そうな人間。
「うん、そういう風に、まあ持ってってもらって」
「持ってって、って」
「いい?この件は山根に任せるから。おれから話して、課長が言うからどうこう・・・ってんじゃなく、最初からお前にやってもらって、もう、お前が誘導して、しやすいよおおおな形で話してもらって・・・ちょっと、もたもたされても困るから」
「こ、困るって」
「いやね、あんまり時間もないし、その、残りの五人の面倒まではおれも見れないでしょ?そこの、営業事務の教育をお前さんに任せるとするなら、だったら最初っからぜーんぶ任せた方がいいじゃない。実際にやりたいのは<二人の配属>だけども、本来やりたいのは<七人の教育>なわけで、だったら『課長命令で二人が引き抜かれる会』じゃなくて、『自分たちで手探りで学んでいく会』にしてほしいわけ。言ってる意味分かる?」
「・・・あ、はい、まあ」
「じゃあよろしく」
「・・・よ、よろしくって、・・・え、いつまでですか」
「よろしくっつったらなるはやよ、なるはや!・・・まあ、来週末目処で」
・・・・・・・・・・・・・・・
どうも、最近、大人しいと思った。
課長とG長らは離席がちだったし、キャンペーンや今月の数字もどうこう言われないし、新人に営業事務を教える件も棚上げになっていた。
たぶん、また本社がらみの何かの体制がどうのとかで、課長もあっぷあっぷなんだろう。それにしても僕に丸投げするなんて、この企画(?)の重要度はよほど低いと思っていいものか、あるいは後から「何考えてんだ」とどやされるのか・・・。
とりあえずはアポを取っている外回りに出かけ、汐留から新橋まで歩いて遅めの昼食。空き始めた店内で牛丼をゆっくり食べながら、課長の話を反芻した。
つまり、なぜだか知らないけど突然四課の営業が二人いなくなるから、急いで穴埋めをしたい、と。
そのために、仮配属の新人七人の中から、使えそうな二人を投入したい。しかし、ただ課長が二人を指名して四課の席に座らせ、残りの五人は新人の島でそのまま研修・・・というのではなく、あくまで自主的に、あくまで七人で、あくまで教育を・・・。
・・・実態としてはまあ、四課の都合で、さっさと二人だけ研修は終わりで営業に入れっていう話、だろ?
しかしそれをあくまで、七人の研修の延長として、平等に教育をしつつ、前向きに行う・・・。
・・・そんなこと出来るのか?
もう、課長がすべてを洗いざらい話して、「ああそうですか」って分かってもらう方が早いんじゃないか?
午後。
システム担当のSSと同行して無事に今月計上の検収書をもらい、早めに帰社した。
佐山さんに書類一式を渡して、17時。来週の分のやっておきたい仕事があるけど、それは後回しにして、何をしたらいいかも不明な<新人営業デビュープロジェクト>を一人で立ち上げてまとめなければいけない。・・・いったい何なんだそれは?
ひとまずノートを開いて、要点とゴールを書き出す。ゴールというのは、何だかうまい具合に七人全員の賛同のもと飯塚君と辛島君が営業デビューを果たし、残りの五人も置いてけぼりではなく研修を進められること。・・・そう書くととても真っ当なプロジェクトだが、しかし具体性が何ひとつないな。
・・・・・・・・・・・・・・
書いていても苦笑いが出るばかりだったので、すっかり乾燥したマシュマロを噛みながらコーヒーを汲みに行った。ついでに新人の島もちらりと見る。ああ、新人は仮配属の課ごとに固まっているわけではなく、わりと入り混じってるのか。もしかして、一課から四課に仮配属中の新人三十人の中から二人だけ早期本格デビューというのは、抜け駆けみたいな感じになるのかな。しかし四課の事情だってきっとどっかのお偉いさんの事情なんだろうから、そんなのしょうがない・・・。
・・・って、ことを。
わざわざ明言せず、さらっとやれってこと?
いつもそうだ。全部説明してくれればそれでやるのに、説明せずうまいことやらせようとするから、おかしなことになる。この場合、お偉いさんから課長、課長から僕、僕から新人と、どんどん説明具合が薄くなるから最後にはもうわけがわからなく・・・。
・・・ああ、それが狙い?
別に、不正や悪事を隠したいとかの大それた企みでもないだろうに、ここまでやる意味あるのかね。まあ、それは正論だろうけど問いただす相手もいない。結局やれと言われたらやるしかないんだし。
・・・・・・・・・・・・・・
ノートに向かっても相変わらず取っ掛かりは何もなかったが、分からないことはいくらでもあった。
新人たちのスケジュールや今やっていること、外せない予定、そして勤怠がどうなっていて残業はさせられるのか、数字が取れた場合インセンティブの対象になるのか等々・・・。
抜擢された二人については課長が何とかしてくれるだろうけど、結局、残りの五人をどうするかというのが僕が託されたことであり、そこで最も大事になるのは、<平等感>だろう。しかし、それを演出する(?)何かを行おうにも、新人の実態を知らないので何をどうしていいのか分からない。一人ずつ空いた時間を狙って呼び出し、見積もりシステムでも教えるか?それとも同行をもっと増やして二人に後れを取らないようにする?でも、自分で出来る限り連れて行くとしても、西沢などの他の営業にも頼み込まないと間に合わないだろう。
せめて、あの新人歓迎会の幹事の時みたいに、僕と横田でやってくれというならもうちょっと気が楽なのに。・・・いや、もしかして、横田を手伝わせるという権限まで僕にあるのか?課長は僕に任せると言ったわけで、だったら必要な人材は勝手にスカウトできる?
・・・それならいっそのこと、こっそりと飯塚君を呼び出して、彼にだけは全てを打ち明けて、このプロジェクトに協力してもらうというのがいいんじゃないか。そうすれば新人の実態も手に取るようにわかるし、彼と辛島君がデビューするという予定調和の小芝居も出来て、ついでに残り五人が何をするかというのも一緒に考えてもらえる・・・。
いや、だめか。
横田はアリでも、飯塚君はナシか。
頼めば彼はやってくれるだろうが、それがバレたらそもそも達成したかった<平等感>に反するわけで、いや、バレていなくたって反しているか。飯塚君に無用な気を遣わせることになるし、・・・まあそもそもが、それをせずに僕が何とかしろって話なわけだし。
・・・隣の横田は、忙しそうに粗利と格闘中。でも、仮に手伝ってくれたとして、しかし横田だって新人の情報なんか知らないだろうから、二人でウロウロするだけだ。
うん、新人の情報・・・なんて、営業全員、最近の同行でようやく接点を持ったばかりで、西沢だろうが誰だろうが、そんなものは知るわけな・・・。
・・・。
え。
・・・クロなら知ってる?
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