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わが家へようこそ
第40話:したいことする人生、上等!
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「もしもし!もしもし!クロ!俺だけど!!」
「な、何、どうしたの」
「大丈夫だったんだ。あの、とにかく、ちょっと、無理してイカれただけだったんだ。だから、リタイアとかしなくていいんだ!」
「へ?で、電話して、大丈夫なの?」
「大丈夫だ。もういいんだ。俺はお前に嘘ついてなかったんだよ」
「なに、う、嘘って?」
「女のことだ!」
「お、おんな・・・」
「あれは僕だったんだよ。びっくりさせてごめん」
「あ、の。うん。ねこ、どうしちゃったのかな、って」
「おかしかった?」
「え・・・」
「気持ち悪かった?」
「い、や、そういうんじゃないけど」
「そういう趣味の男だったのかって、縁切ろうと思った??」
「そんなこと・・・!」
「あはは、そういうやつだと思ったよお前は。おかしなこと起こっても、動じないんだ。だから俺も、好きなんだよ」
「な、に、また、・・・からかってる?」
「本気だ」
「・・・っ、な、何だよもう。本当にどうしちゃったんだ。・・・何か、俺のせい?」
「そうだね。お前が俺のこと振り回して、変なことしてくるせいで、俺までおかしくなっちまったんだ。でもね、それが、楽しいんだよ。だから、いいんだ。これで、いいんだよ」
「・・・もう、しょうがないねこだな。知らないよ?俺、そういう相手、探してたんだから」
「・・・、お、俺、最適だよ?ちょっと、ぶっ飛んでるけど」
「そんくらいの振れ幅、上等!よし、このままちょっと、行っちゃおっか!」
「望むところだ!」
・・・。
何だよ、正直に、言ったら。
最高じゃないか。
したいこと、するだけって、こういうことか!
勝手にやっちゃえば良かったんだ。電話だって、通話ボタンのひとつやふたつ、毎日押しちゃえば良かったんだ。隠してたら、偽りじゃ、そんな勇気出せるはずない。本心だから、これ以上ない本当の自分だから、もうこの身一つで、ためらいなく飛び降りれる。貸しも借りもない。余計な見栄も建前もない。これ以上ないほど削りきった身軽さで、裸で地面蹴って空へ飛び出すこの感覚、普通の人生じゃ味わえるわけない。迷惑がられて当然だ、お前らにゃ分かるまい!
「よし、じゃあ、どうする?」
「とりあえず、温泉!」
「・・・ずいぶん、まったりしてるんだな」
「うん。寒いから」
「あっそ。ま、いいや。じゃ、明日早朝、駅に集合」
「やった!俺、超楽しみ。でも、ねこ、またのぼせないでよ?」
「分かった分かった、大丈夫だって。っていうか、お前がいれ・・・ば」
「ん?」
「・・・温泉って、一緒に入るんだっけ」
「・・・ひとりずつ、入るわけ?」
「そうか、そうだな。うん。ま、まあ、いいか。昨日もう、裸も見られてるしなハハハ」
「そんなに恥ずかしかったの?・・・はあ、俺のも存分に見ていいからさ、もう勘弁してよ」
「・・・っ、い、いいよ、そ」
「慌てすぎ」
「うるさい!」
本当に。
めまぐるしすぎる。
めまい起こしながら、三半規管おかしくしながら、そう、それでも、進む!奥から、わけわかんないエネルギーで、突き動かされて、もう止まらない!
行きたいんだ。もう、恋とか、そういう次元じゃなくなってる。
したいこと、する、人生。上等だ!
・・・・・・・・・・・
電話を切って、まずは部屋を片付けた。
・・・どうしてこんなに、引っ掻き回したんだろう。
ここの住所も分からなかったようだし、僕の心臓が悪いのかもなんて推察して、薬や行きつけの病院のカードとか、探していたのかもしれない。
ああ、薬で手を切ったとか、言ったからか。あれ、バファリンなんだけどな。すまん。
とにかく僕は秩序を回復するべく、適当な箱にまずは全てを放り込み、一つずつ取り出して、元の場所に戻していった。そうしているうちに、こんなのもういらないんじゃないか、ってものがたくさんでてきて、箱の中のほとんどはゴミ袋行きになった。
一時間ほど仕分けをして、その後は、服。
クロゼットの奥まで、一体、何を探すっていうんだ。まったく、これじゃガサ入れだ。
僕は服を一着ずつたたみなおす。この際だから、服も整理しようか。滅多に私服なんか着ないのに、結構あったんだな。あ、明日、着るか。・・・何を着ていこう。
そして、何だか不自然でそぐわない突然のベンチコートと、普通の結び目じゃないところに皺が出来たネクタイ、あと、あの、ボタンのとんだYシャツ。
こうして電灯の明かりの下でよく見ると、シャツには、何だかいけない感じのする染みがいくつか。これって、みーちゃんの、その、・・・体液?
・・・見た、かな。
そこまで見ないか。
僕はシャツも丸めてゴミ袋に突っ込み、ネクタイの方は丁寧にアイロンをかけた。皺はいまいち取れなかったけど、まあ、後はしばらく掛けておくしかない。
ほんの少しの、罪悪感。
みーちゃんとのあの出来事を、後悔してはいない。それは、これっぽっちもしていない。だからたぶんこれは、黒井と何やらうまくいきそうだという勝手な期待から来た、勝手な後ろめたさだ。本心では思ってないけど、こういうこと、今からでも思ったほうがいいかもよ?っていう、後付けのスパイス。いい気になった僕が、完成した料理に後から振りかけてる、余計な調味料。
時間は流れてるんだ。
あの時はあの時で、今は今。
今は、温泉じゃないか!
僕は温泉に着て行くべき服を選びながら、黒井の私服を想像したりして、眠れぬ夜が明けていってしまった。
翌朝。
ほとんど寝ないまま曇った頭で最低限の荷造りをし、家を出る。
7時に桜上水。黒井はまだ来ていない。
いつもは人でいっぱいのホームも、連休の中日で、ちらほらしか人の姿はなかった。ぴりっと冷えた空気の中、黒井を待っていると、ものすごく純粋に楽しみだという思いと、自分がとんでもない愚か者なんじゃないかという思いの間で、揺れた。普通という物差しを取り払ってしまうと、ただの友人づきあい、っていう言葉も無意味になって、ルールの分からないゲームに放り込まれたような、先行きの見えない不安。ふつうじゃないって、大変だなおい。
そんなことを考えていると、足音がして、男が近づいてきた。
あ。
私服。
何でそんなかっこいいの?
黒井は口の端をあげてきれいに微笑んで、僕に早足で近づいて、ああ、腰が抜ける、左腕で僕の首に腕を回して、「このやろう」と乾いた声、そして、右肩からショルダーバッグがずり落ちて、どすんという音から一瞬遅れて、勢いよく、僕の腹に。
一瞬前に、反射的に腹に力を入れた。
「・・・っ」
「バカ」
そのあと一瞬強く抱かれ、そして、どんと突き放された。されるがまま、よろけて、尻もちをつく。
呆けて見上げると、黒井は大きく一つ息をついて一言。
「力、抜けちゃったよ。まったく」
右の拳を見ながら、手を、握ったり、開いたり。その顔は、今衝動的に殴っちゃったんじゃなくて、確信犯だな?どうやって殴ってやろうかって、考えながら駅まで歩くこいつの頭ん中を思ったら、怒りなんかわいてこなくて、でもおかしくはないけれども、体は勝手に笑っていた。
「ははっ・・・、何だよ、こういうことになるのか」
「・・・え?」
「調子、良さそうだね」
「・・・まあね。お前は?」
「尻が冷たい」
手を出すと、さっき僕を殴った右手が、同じ顔で伸びてくる。起き上がったらそのまま握手になって、仲直りと、おはよう。言葉にはしなくても。
ふとホームの向かい側に目をやると、一部始終を見ていたセーラー服。向こうも慌てて目をそらす。うわ、恥ずかしい。その時タイミングよくアナウンスが流れ、僕たちは電車に乗るべく、背を向けて乗車位置に並んだ。そして今頃、さっき抱かれた感触が蘇って体中が温度をなくし、あの感覚で力が抜けた。殴られた腹は痛いんだか、減ってるんだか、透けてるんだか、もう分かんなくなった。
とりあえず新宿まで出て、お互いに、一言。
「で、どこ行くの?」
おい、考えなしか。
「お前、昨日何やってたんだよ」
「え、持って行くお菓子買いに行ってた」
「はあ?」
「そっちこそ。言いだしっぺじゃん」
「お、俺は部屋の片づけで夜が明けたんだよ。誰かが家捜ししていくから。っていうか言いだしっぺはお前だ」
「違うって、最初に温泉行きたいって言ったのはお前」
「まあ、そうかもだけど」
「じゃ、どうすんの」
「とりあえず、何か食う」
「賛成」
京王の地下街で、早くからやっている適当なカフェに入った。サンドイッチとコーヒー。オレンジの照明、何となく甘ったるくて気だるい空気。昭和っぽいBGMに年増のウエイトレス。年季の入った軋む椅子と、べたべたするテーブル。いつもだったら白けるけど、向かいに黒井がいて、機嫌良さそうに僕のサンドイッチにまで手を伸ばしていると、これもいい気がした。
「ん?」
黒井が口の端からこぼしたハムを目で追って、テーブルの下から何かを拾い上げた。前の客が置いていったらしい、フリーの情報誌。埃を払いもせずテーブルに載せて、適当に読み始める。何でそんなに無頓着なの?
一緒に読む気はないようで、僕は黙々と自分のサンドイッチを確保し、消化した。冷めたまずいコーヒーも飲み干す。
そして、しばらくして。
「あ、温泉だって」
「え?」
「<週末は近場の温泉でリフレッシュ。今年10周年の大江戸温泉物語に行ってみよう>」
「大江戸温泉・・・物語」
テレビか何かで見た気がする。それって・・・。
「よし、ここ行こう」
「ええっ!」
それって、浴衣でカップルでいちゃいちゃする、お台場のテーマパークじゃなかったか。
「いや、それって、温泉っていうか」
「温泉でしょ?」
「でも、スーパー銭湯みたいなもんでしょ?」
「いや、本格的って。ほら、書いてある」
言うわりに見せてはくれない。
「ええと?温泉に足湯、食事と休憩処、え、宿泊も出来るんだって」
「そ、そうなの?でも、お台場じゃなかった?それ」
「無料のシャトルバスが出てるんだって。・・・えーと、品川から?」
「あ、そう・・・」
「うわ、このバス面白い。乗ってみたい」
「そ、そう・・・」
「これだね、うん、これじゃない?」
「そう、かな・・・」
「だって他にある?」
「いや、それは・・・」
「よし、行こう!」
その後いろいろ調べた結果、品川発のシャトルバスは始発が10:15だと分かった。今はまだ九時にもなっていない。
「バスを待つより、電車で向かう?もっと早く着くんじゃない?」
「いや、そもそも営業が十一時からって」
「あ、そう」
日曜の早朝の新宿で、それほど暇を潰すあてもなく。仕方なく、とりあえず山手線で品川に向かう。
空いた電車で二人、隣で立っていると、急に、無性に恥ずかしくなってきた。たぶん、黒井が私服だからっていうのもあるし、周りにカップルが二組いるのもあるし、これからお台場の温泉テーマパークに男二人で行くっていうのもある。いや、草津の温泉宿だって、男二人で行くのに変わりはないんだけど。
いや、別に、男友達と二人で遊びに行くって、変じゃないよね?あ、ほら、向こうにも男同士・・・あ、四人連れか。あ、あっちにもすごい距離近い二人・・・けど、あのピンクの髪は男か、女か?いや、デートっていうか、ギター持って、バンドなのか。
で、デート、か。
「ねえ」
突然声をかけられ、どきっとする。
「う、うん?」
「席。空いた」
「ああ」
目の前の席が、きれいに、ふたつ。
今まで右にいた黒井が、今度は、左に。
「ね、一周しよっか」
「え」
「山の手線一周。そしたらちょうどよくない?」
「そう、かな。時間、どんぐらいかかるんだろう」
「さあ。どうだろうね」
「ね、って・・・」
「ま、いいんじゃない?そんときは、そんときで」
「ふむ。ま、そう、ね」
黒井が膝に乗せたショルダーバッグの、ファスナーの飾り紐なんかを、眺めながら。太ももがちょっぴり触れ合ってるところが、あったかくて。腹の中では、ものすごい独占欲が、うずきだしたりして。
「ねえ、肩、貸してくんない」
そんなこと、口走ってしまう。
「いいよ。寝れば?」
「ん」
そうやって、僕を甘やかすから、また、どうなっちゃうか、分かんないじゃん。もう、気持ちよすぎて、すぐ、寝ちゃう、じゃん、か・・・。
「ねこ、着いた」
「・・・ああ」
黒井みたいに寝起きが悪くないので、僕はすぐに起きて立ち上がり、荷物を抱えて品川で降りた。腕時計を見る。十時ジャスト。山の手線一周は、小一時間というところだったらしい。
「ちょうどよかったね」
「そうだな。乗り場、覚えてる?」
「大丈夫」
だだっ広くて、天井が高い、まるで空港みたいな品川駅。改札を出て、港南口へ。新幹線の入り口なんかあったりして、何となくわくわくした。
「あのさ、俺が寝てる間、お前何してたの」
「え、ああ。エアー温泉」
「は?」
「どんな温泉かなって想像して、入る順番考えたり」
「へえ。スマホで調べりゃ出てるんじゃないの」
「出てるだろうけどさ。見ちゃったらつまんないじゃん」
「ま、確かに」
「あ、こっち」
「お前にしてはよく覚えてるね」
「だってここ、前通ってたんだもん」
長い通路が終わり、外に出る。黒井は迷わず左へ折れた。
「通ってた?」
「大学のとき、夏休みにバイトでさ。こっから、バスで。あ、懐かしい」
「へえ」
「あの一番奥だ、もう来てる」
「奥?」
手前には少し小さめのシャトルバスが一台。某新聞社と某運送会社ゆきで、バイトらしき若者が何人か乗り込んでいた。そして、その向こうに。
そのバスは、ごく普通の四角いバスではなくて、何だろう、となりのトトロに出てくるような、昭和のレトロ風を再現したそれだった。
「昔の俺は、そっちに乗って、今の俺は、こっちだ!」
黒井はそう言うと、楽しそうにバスに乗り込んだ。僕も知らず、頬が緩む。その理由は、何だかいろいろだった。
見ちゃったらつまんないと言ったくせに、備え付けのパンフレットを散々読み漁って、黒井は何やらルートを決めていた。おもむろに、持参したチュッパチャップスを取り出して、これ、三十分だから、などと言って。
「知ってるよ。舐めるのに三十分かかるんだろ?でも、たぶんこのバス、そんなにかかんないぞ」
「え、ほーなろ?一時間くらい乗ってらいの?」
「二十分くらいだってよ」
「何ら、そんらけ?」
そして、口から飴を出して、「じゃ、あげる」と。
「え?」
僕の口に、その、棒つきの球体を押し付けて。
口を、僅か開けると、硬いものが歯に当たり、滑って、舌の上に突っ込まれた。
「んんっ・・・」
抗議の声を上げるが、聞く耳を持たない。しかも「あとで返してね」と。こういうこと、しちゃう?
「それね、味が変わるんだって。早めに舐めてね?着いちゃうから」
「む、無理らろ」
「いいから、ほら、もっと舐めて?ねえ」
「・・・ん、うう」
バスの二人席は、電車より密着度が高くて。
前にも人、いるのに。
でも、見えないから、それも、隠微で。
くそ、変な想像、しちゃうだろ。しかもこれから、浴衣で、裸で・・・。だめだめ!抑えてください俺!
「な、何、どうしたの」
「大丈夫だったんだ。あの、とにかく、ちょっと、無理してイカれただけだったんだ。だから、リタイアとかしなくていいんだ!」
「へ?で、電話して、大丈夫なの?」
「大丈夫だ。もういいんだ。俺はお前に嘘ついてなかったんだよ」
「なに、う、嘘って?」
「女のことだ!」
「お、おんな・・・」
「あれは僕だったんだよ。びっくりさせてごめん」
「あ、の。うん。ねこ、どうしちゃったのかな、って」
「おかしかった?」
「え・・・」
「気持ち悪かった?」
「い、や、そういうんじゃないけど」
「そういう趣味の男だったのかって、縁切ろうと思った??」
「そんなこと・・・!」
「あはは、そういうやつだと思ったよお前は。おかしなこと起こっても、動じないんだ。だから俺も、好きなんだよ」
「な、に、また、・・・からかってる?」
「本気だ」
「・・・っ、な、何だよもう。本当にどうしちゃったんだ。・・・何か、俺のせい?」
「そうだね。お前が俺のこと振り回して、変なことしてくるせいで、俺までおかしくなっちまったんだ。でもね、それが、楽しいんだよ。だから、いいんだ。これで、いいんだよ」
「・・・もう、しょうがないねこだな。知らないよ?俺、そういう相手、探してたんだから」
「・・・、お、俺、最適だよ?ちょっと、ぶっ飛んでるけど」
「そんくらいの振れ幅、上等!よし、このままちょっと、行っちゃおっか!」
「望むところだ!」
・・・。
何だよ、正直に、言ったら。
最高じゃないか。
したいこと、するだけって、こういうことか!
勝手にやっちゃえば良かったんだ。電話だって、通話ボタンのひとつやふたつ、毎日押しちゃえば良かったんだ。隠してたら、偽りじゃ、そんな勇気出せるはずない。本心だから、これ以上ない本当の自分だから、もうこの身一つで、ためらいなく飛び降りれる。貸しも借りもない。余計な見栄も建前もない。これ以上ないほど削りきった身軽さで、裸で地面蹴って空へ飛び出すこの感覚、普通の人生じゃ味わえるわけない。迷惑がられて当然だ、お前らにゃ分かるまい!
「よし、じゃあ、どうする?」
「とりあえず、温泉!」
「・・・ずいぶん、まったりしてるんだな」
「うん。寒いから」
「あっそ。ま、いいや。じゃ、明日早朝、駅に集合」
「やった!俺、超楽しみ。でも、ねこ、またのぼせないでよ?」
「分かった分かった、大丈夫だって。っていうか、お前がいれ・・・ば」
「ん?」
「・・・温泉って、一緒に入るんだっけ」
「・・・ひとりずつ、入るわけ?」
「そうか、そうだな。うん。ま、まあ、いいか。昨日もう、裸も見られてるしなハハハ」
「そんなに恥ずかしかったの?・・・はあ、俺のも存分に見ていいからさ、もう勘弁してよ」
「・・・っ、い、いいよ、そ」
「慌てすぎ」
「うるさい!」
本当に。
めまぐるしすぎる。
めまい起こしながら、三半規管おかしくしながら、そう、それでも、進む!奥から、わけわかんないエネルギーで、突き動かされて、もう止まらない!
行きたいんだ。もう、恋とか、そういう次元じゃなくなってる。
したいこと、する、人生。上等だ!
・・・・・・・・・・・
電話を切って、まずは部屋を片付けた。
・・・どうしてこんなに、引っ掻き回したんだろう。
ここの住所も分からなかったようだし、僕の心臓が悪いのかもなんて推察して、薬や行きつけの病院のカードとか、探していたのかもしれない。
ああ、薬で手を切ったとか、言ったからか。あれ、バファリンなんだけどな。すまん。
とにかく僕は秩序を回復するべく、適当な箱にまずは全てを放り込み、一つずつ取り出して、元の場所に戻していった。そうしているうちに、こんなのもういらないんじゃないか、ってものがたくさんでてきて、箱の中のほとんどはゴミ袋行きになった。
一時間ほど仕分けをして、その後は、服。
クロゼットの奥まで、一体、何を探すっていうんだ。まったく、これじゃガサ入れだ。
僕は服を一着ずつたたみなおす。この際だから、服も整理しようか。滅多に私服なんか着ないのに、結構あったんだな。あ、明日、着るか。・・・何を着ていこう。
そして、何だか不自然でそぐわない突然のベンチコートと、普通の結び目じゃないところに皺が出来たネクタイ、あと、あの、ボタンのとんだYシャツ。
こうして電灯の明かりの下でよく見ると、シャツには、何だかいけない感じのする染みがいくつか。これって、みーちゃんの、その、・・・体液?
・・・見た、かな。
そこまで見ないか。
僕はシャツも丸めてゴミ袋に突っ込み、ネクタイの方は丁寧にアイロンをかけた。皺はいまいち取れなかったけど、まあ、後はしばらく掛けておくしかない。
ほんの少しの、罪悪感。
みーちゃんとのあの出来事を、後悔してはいない。それは、これっぽっちもしていない。だからたぶんこれは、黒井と何やらうまくいきそうだという勝手な期待から来た、勝手な後ろめたさだ。本心では思ってないけど、こういうこと、今からでも思ったほうがいいかもよ?っていう、後付けのスパイス。いい気になった僕が、完成した料理に後から振りかけてる、余計な調味料。
時間は流れてるんだ。
あの時はあの時で、今は今。
今は、温泉じゃないか!
僕は温泉に着て行くべき服を選びながら、黒井の私服を想像したりして、眠れぬ夜が明けていってしまった。
翌朝。
ほとんど寝ないまま曇った頭で最低限の荷造りをし、家を出る。
7時に桜上水。黒井はまだ来ていない。
いつもは人でいっぱいのホームも、連休の中日で、ちらほらしか人の姿はなかった。ぴりっと冷えた空気の中、黒井を待っていると、ものすごく純粋に楽しみだという思いと、自分がとんでもない愚か者なんじゃないかという思いの間で、揺れた。普通という物差しを取り払ってしまうと、ただの友人づきあい、っていう言葉も無意味になって、ルールの分からないゲームに放り込まれたような、先行きの見えない不安。ふつうじゃないって、大変だなおい。
そんなことを考えていると、足音がして、男が近づいてきた。
あ。
私服。
何でそんなかっこいいの?
黒井は口の端をあげてきれいに微笑んで、僕に早足で近づいて、ああ、腰が抜ける、左腕で僕の首に腕を回して、「このやろう」と乾いた声、そして、右肩からショルダーバッグがずり落ちて、どすんという音から一瞬遅れて、勢いよく、僕の腹に。
一瞬前に、反射的に腹に力を入れた。
「・・・っ」
「バカ」
そのあと一瞬強く抱かれ、そして、どんと突き放された。されるがまま、よろけて、尻もちをつく。
呆けて見上げると、黒井は大きく一つ息をついて一言。
「力、抜けちゃったよ。まったく」
右の拳を見ながら、手を、握ったり、開いたり。その顔は、今衝動的に殴っちゃったんじゃなくて、確信犯だな?どうやって殴ってやろうかって、考えながら駅まで歩くこいつの頭ん中を思ったら、怒りなんかわいてこなくて、でもおかしくはないけれども、体は勝手に笑っていた。
「ははっ・・・、何だよ、こういうことになるのか」
「・・・え?」
「調子、良さそうだね」
「・・・まあね。お前は?」
「尻が冷たい」
手を出すと、さっき僕を殴った右手が、同じ顔で伸びてくる。起き上がったらそのまま握手になって、仲直りと、おはよう。言葉にはしなくても。
ふとホームの向かい側に目をやると、一部始終を見ていたセーラー服。向こうも慌てて目をそらす。うわ、恥ずかしい。その時タイミングよくアナウンスが流れ、僕たちは電車に乗るべく、背を向けて乗車位置に並んだ。そして今頃、さっき抱かれた感触が蘇って体中が温度をなくし、あの感覚で力が抜けた。殴られた腹は痛いんだか、減ってるんだか、透けてるんだか、もう分かんなくなった。
とりあえず新宿まで出て、お互いに、一言。
「で、どこ行くの?」
おい、考えなしか。
「お前、昨日何やってたんだよ」
「え、持って行くお菓子買いに行ってた」
「はあ?」
「そっちこそ。言いだしっぺじゃん」
「お、俺は部屋の片づけで夜が明けたんだよ。誰かが家捜ししていくから。っていうか言いだしっぺはお前だ」
「違うって、最初に温泉行きたいって言ったのはお前」
「まあ、そうかもだけど」
「じゃ、どうすんの」
「とりあえず、何か食う」
「賛成」
京王の地下街で、早くからやっている適当なカフェに入った。サンドイッチとコーヒー。オレンジの照明、何となく甘ったるくて気だるい空気。昭和っぽいBGMに年増のウエイトレス。年季の入った軋む椅子と、べたべたするテーブル。いつもだったら白けるけど、向かいに黒井がいて、機嫌良さそうに僕のサンドイッチにまで手を伸ばしていると、これもいい気がした。
「ん?」
黒井が口の端からこぼしたハムを目で追って、テーブルの下から何かを拾い上げた。前の客が置いていったらしい、フリーの情報誌。埃を払いもせずテーブルに載せて、適当に読み始める。何でそんなに無頓着なの?
一緒に読む気はないようで、僕は黙々と自分のサンドイッチを確保し、消化した。冷めたまずいコーヒーも飲み干す。
そして、しばらくして。
「あ、温泉だって」
「え?」
「<週末は近場の温泉でリフレッシュ。今年10周年の大江戸温泉物語に行ってみよう>」
「大江戸温泉・・・物語」
テレビか何かで見た気がする。それって・・・。
「よし、ここ行こう」
「ええっ!」
それって、浴衣でカップルでいちゃいちゃする、お台場のテーマパークじゃなかったか。
「いや、それって、温泉っていうか」
「温泉でしょ?」
「でも、スーパー銭湯みたいなもんでしょ?」
「いや、本格的って。ほら、書いてある」
言うわりに見せてはくれない。
「ええと?温泉に足湯、食事と休憩処、え、宿泊も出来るんだって」
「そ、そうなの?でも、お台場じゃなかった?それ」
「無料のシャトルバスが出てるんだって。・・・えーと、品川から?」
「あ、そう・・・」
「うわ、このバス面白い。乗ってみたい」
「そ、そう・・・」
「これだね、うん、これじゃない?」
「そう、かな・・・」
「だって他にある?」
「いや、それは・・・」
「よし、行こう!」
その後いろいろ調べた結果、品川発のシャトルバスは始発が10:15だと分かった。今はまだ九時にもなっていない。
「バスを待つより、電車で向かう?もっと早く着くんじゃない?」
「いや、そもそも営業が十一時からって」
「あ、そう」
日曜の早朝の新宿で、それほど暇を潰すあてもなく。仕方なく、とりあえず山手線で品川に向かう。
空いた電車で二人、隣で立っていると、急に、無性に恥ずかしくなってきた。たぶん、黒井が私服だからっていうのもあるし、周りにカップルが二組いるのもあるし、これからお台場の温泉テーマパークに男二人で行くっていうのもある。いや、草津の温泉宿だって、男二人で行くのに変わりはないんだけど。
いや、別に、男友達と二人で遊びに行くって、変じゃないよね?あ、ほら、向こうにも男同士・・・あ、四人連れか。あ、あっちにもすごい距離近い二人・・・けど、あのピンクの髪は男か、女か?いや、デートっていうか、ギター持って、バンドなのか。
で、デート、か。
「ねえ」
突然声をかけられ、どきっとする。
「う、うん?」
「席。空いた」
「ああ」
目の前の席が、きれいに、ふたつ。
今まで右にいた黒井が、今度は、左に。
「ね、一周しよっか」
「え」
「山の手線一周。そしたらちょうどよくない?」
「そう、かな。時間、どんぐらいかかるんだろう」
「さあ。どうだろうね」
「ね、って・・・」
「ま、いいんじゃない?そんときは、そんときで」
「ふむ。ま、そう、ね」
黒井が膝に乗せたショルダーバッグの、ファスナーの飾り紐なんかを、眺めながら。太ももがちょっぴり触れ合ってるところが、あったかくて。腹の中では、ものすごい独占欲が、うずきだしたりして。
「ねえ、肩、貸してくんない」
そんなこと、口走ってしまう。
「いいよ。寝れば?」
「ん」
そうやって、僕を甘やかすから、また、どうなっちゃうか、分かんないじゃん。もう、気持ちよすぎて、すぐ、寝ちゃう、じゃん、か・・・。
「ねこ、着いた」
「・・・ああ」
黒井みたいに寝起きが悪くないので、僕はすぐに起きて立ち上がり、荷物を抱えて品川で降りた。腕時計を見る。十時ジャスト。山の手線一周は、小一時間というところだったらしい。
「ちょうどよかったね」
「そうだな。乗り場、覚えてる?」
「大丈夫」
だだっ広くて、天井が高い、まるで空港みたいな品川駅。改札を出て、港南口へ。新幹線の入り口なんかあったりして、何となくわくわくした。
「あのさ、俺が寝てる間、お前何してたの」
「え、ああ。エアー温泉」
「は?」
「どんな温泉かなって想像して、入る順番考えたり」
「へえ。スマホで調べりゃ出てるんじゃないの」
「出てるだろうけどさ。見ちゃったらつまんないじゃん」
「ま、確かに」
「あ、こっち」
「お前にしてはよく覚えてるね」
「だってここ、前通ってたんだもん」
長い通路が終わり、外に出る。黒井は迷わず左へ折れた。
「通ってた?」
「大学のとき、夏休みにバイトでさ。こっから、バスで。あ、懐かしい」
「へえ」
「あの一番奥だ、もう来てる」
「奥?」
手前には少し小さめのシャトルバスが一台。某新聞社と某運送会社ゆきで、バイトらしき若者が何人か乗り込んでいた。そして、その向こうに。
そのバスは、ごく普通の四角いバスではなくて、何だろう、となりのトトロに出てくるような、昭和のレトロ風を再現したそれだった。
「昔の俺は、そっちに乗って、今の俺は、こっちだ!」
黒井はそう言うと、楽しそうにバスに乗り込んだ。僕も知らず、頬が緩む。その理由は、何だかいろいろだった。
見ちゃったらつまんないと言ったくせに、備え付けのパンフレットを散々読み漁って、黒井は何やらルートを決めていた。おもむろに、持参したチュッパチャップスを取り出して、これ、三十分だから、などと言って。
「知ってるよ。舐めるのに三十分かかるんだろ?でも、たぶんこのバス、そんなにかかんないぞ」
「え、ほーなろ?一時間くらい乗ってらいの?」
「二十分くらいだってよ」
「何ら、そんらけ?」
そして、口から飴を出して、「じゃ、あげる」と。
「え?」
僕の口に、その、棒つきの球体を押し付けて。
口を、僅か開けると、硬いものが歯に当たり、滑って、舌の上に突っ込まれた。
「んんっ・・・」
抗議の声を上げるが、聞く耳を持たない。しかも「あとで返してね」と。こういうこと、しちゃう?
「それね、味が変わるんだって。早めに舐めてね?着いちゃうから」
「む、無理らろ」
「いいから、ほら、もっと舐めて?ねえ」
「・・・ん、うう」
バスの二人席は、電車より密着度が高くて。
前にも人、いるのに。
でも、見えないから、それも、隠微で。
くそ、変な想像、しちゃうだろ。しかもこれから、浴衣で、裸で・・・。だめだめ!抑えてください俺!
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そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
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少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。
ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。
だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
部室強制監獄
裕光
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夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
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