上 下
8 / 40

第8話 一方王都では

しおりを挟む
 私の名前はラング。
 ここサンクタス王国の第一王子である。

 王国の未来の為に聖女レイチェルの進言に従って王国に災いを招くであるシルヴィアとの婚約を破棄し、王都から追放してやった。
 その時事もあろうに馬鹿な弟のリストリアが猛烈に反対をしやがった。

 の肩を持つなど王族としてあるまじき行為だ。
 私は怒りに身を任せたままリストリアに王室からの除名を通告してシルヴィアと共に王都からの追放を言い渡した。
 妾腹の分際で次期国王である私に楯突くからあんな事になるんだ。

 それにしてもレイチェルは本当に良い女だ。
 その美しい容姿に聡明な頭脳。
 そして私の言う事を何でも肯定し、その上で的確な助言を与えてくれる。
 彼女と一緒にいると気持ちが安らぐ。
 さすがは聖女に選ばれただけの事はある。

 今日は【お盆ソウルトレイ】と呼ばれる祭日だ。
 民衆たちは自宅の中に簡単な祭壇を作り、先祖の魂が現世に戻ってくるのを迎え入れるという。

 馬鹿馬鹿しい。

 死人は所詮死人だ。
 幽霊を家に迎え入れる事の何が楽しいのやら私にはさっぱり理解できない。

 父上が病の床に伏せている今、私が国王の代理として政務を取り仕切っている。
 臣下からの各種諸々の報告書に目を通すと父上が取り仕切っていた時と比べて芳しくない数字が並んでいる。

「何だこれは。責任者を呼んで理由を報告させろ!」

「ははっ、直ちに!」

 私に怒鳴りつけられた臣下の男は震えながら謁見の間を退出した。

「まったくどいつもこいつも無能ばかりで嫌になる。やる気がないのではないか?」

 政務の区切りがついたところで私は付き人に命じてワインを持って来させた。
 酒でも飲んでいないとやってられない。

 その時、王宮の外から人々のざわめく声が聞こえてきた。
 窓から外を見ると何やら民衆たちが王宮の周りに集まっている。

「何事だ騒々しい。おい、誰か様子を見てこい」

「ははっ!」

 兵士たちに話を聞いてこさせると、民衆たちはシルヴィアに【口寄せ】を頼みたいなどとほざいているそうだ。
 シルヴィアがとうの昔に実家に帰っている事を知らないらしい。

 私は兵士たちに命じて王宮の周りに集まった民衆たちを力ずくで解散させた。

 そういえばシルヴィアはしばしば町へ出て民衆たちの為に無償で【口寄せ】を行っていた。
 そんなことをしているから民衆たちがつけ上がるんだ。

「くそっ、この私に無駄な労力を割かせやがって!」

 私はいらつきながらワインが入ったグラスを床に叩きつけた。

「あらあら、穏やかではありませんねラング様。どうなさいました?」

「レイチェルか……」

 彼女はいつも私が荒れている時に時に現れ愚痴に付き合ってくれる。
 先程までの一部始終を伝えるとレイチェルは私に心底同情するように言った。

「本当においたわしい。霊なんて汚らわしいものがこの王都内に蔓延っているのが悪いのですわ」

「まったくだ。目には見えないが辺り一面に幽霊が彷徨っていると考えるだけで気持ちが悪くなる。何とかならないものか」

「私にお任せ下さいな」

 そう言ってレイチェルはベランダの窓から王宮の外を覗きこみ、天に向かって祈りを捧げる仕草を行った。
 たちまち聖女の持つ聖なる力が光となって王都を包み込んだ。

「うぎゃああああああ」
「なんだこれは……」
「ひいいいい……」

 そしてかすかに私の耳に入ってくる不快な叫び声。

「レイチェル、今聞こえた不気味な声は何だ?」

「幽霊たちの断末魔の叫びですわラング様。王都中にいる幽霊を破邪の力で掻き消して差し上げましたわ」

 正確にはエクスディア侯爵の裏工作によって聖女になったレイチェルはある程度教会で聖女としての修行は積んだとはいえ正統に選ばれた歴代の聖女程の破邪の力は持っていない。

 しかしそれでも霊魂を驚かせて王都から追い出す程度の力は持っていた。

 霊魂たちが王都からいなくなった事で先程まで私を不快にさせていた嫌な空気はもう感じない。

「さすがはレイチェルだ。これで幽霊どもを有り難がっていた愚民どもの目も覚めるだろう」

「はい、ラング様の仰る通りですわ」

 レイチェルは代わりのグラスを持ってワインを注いだ。
 私はそれを受け取るとワインを一気に喉に流し込み、程良く酔いが回り気持ち良くなったところでそっとレイチェルを抱き寄せた。

「今日の政務は終わりだ。今日はじっくりと可愛がってやるぞレイチェル」

「うふふ……まだ日が高いですわよラング様」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境伯は王女から婚約破棄される

高坂ナツキ
恋愛
「ハリス・ワイマール、貴男との婚約をここに破棄いたしますわ」  会場中にラライザ王国第一王女であるエリス・ラライザの宣言が響く。  王宮の大ホールで行われている高等学校の卒業記念パーティーには高等学校の卒業生やその婚約者、あるいは既に在学中に婚姻を済ませている伴侶が集まっていた。  彼らの大半はこれから領地に戻ったり王宮に仕官する見習いのために爵位を継いではいない状態、つまりは親の癪の優劣以外にはまだ地位の上下が明確にはなっていないものばかりだ。  だからこそ、第一王女という絶大な権力を有するエリスを止められるものはいなかった。 婚約破棄の宣言から始まる物語。 ただし、婚約の破棄を宣言したのは王子ではなく王女。 辺境伯領の田舎者とは結婚したくないと相手を罵る。 だが、辺境伯側にも言い分はあって……。 男性側からの婚約破棄物はよく目にするが、女性側からのはあまり見ない。 それだけを原動力にした作品。

【完結】従姉妹と婚約者と叔父さんがグルになり私を当主の座から追放し婚約破棄されましたが密かに嬉しいのは内緒です!

ジャン・幸田
恋愛
 私マリーは伯爵当主の臨時代理をしていたけど、欲に駆られた叔父さんが、娘を使い婚約者を奪い婚約破棄と伯爵家からの追放を決行した!     でも私はそれでよかったのよ! なぜなら・・・家を守るよりも彼との愛を選んだから。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

両親から溺愛されている妹に婚約者を奪われました。えっと、その婚約者には隠し事があるようなのですが、大丈夫でしょうか?

水上
恋愛
「悪いけど、君との婚約は破棄する。そして私は、君の妹であるキティと新たに婚約を結ぶことにした」 「え……」  子爵令嬢であるマリア・ブリガムは、子爵令息である婚約者のハンク・ワーナーに婚約破棄を言い渡された。  しかし、私たちは政略結婚のために婚約していたので、特に問題はなかった。  昔から私のものを何でも奪う妹が、まさか婚約者まで奪うとは思っていなかったので、多少驚いたという程度のことだった。 「残念だったわね、お姉さま。婚約者を奪われて悔しいでしょうけれど、これが現実よ」  いえいえ、べつに悔しくなんてありませんよ。  むしろ、政略結婚のために嫌々婚約していたので、お礼を言いたいくらいです。  そしてその後、私には新たな縁談の話が舞い込んできた。  妹は既に婚約しているので、私から新たに婚約者を奪うこともできない。  私は家族から解放され、新たな人生を歩みだそうとしていた。  一方で、私から婚約者を奪った妹は後に、婚約者には『とある隠し事』があることを知るのだった……。

(完結)相談女とお幸せに!(なれるものならの話ですけども。)

ちゃむふー
恋愛
「私は真実の愛に目覚めたんだ!ミレイユ。君は強いから1人で大丈夫だろう?リリアンはミレイユと違って私がいないとダメなんだ。婚約破棄してもらう!!」 完全に自分に酔いしれながらヒーロー気分なこの方は、ヨーデリア侯爵令息のガスパル。私の婚約者だ。 私はミレイユ・ハーブス。伯爵令嬢だ。 この国では、15才から18才まで貴族の令息令嬢は貴族の学園に通う。 あろう事かもうすぐ卒業のこの時期にこんな事を言ってきた。 できればもう少し早く言って欲しかったけれど…。 婚約破棄?大歓迎ですわ。 その真実の愛とやらを貫いてくださいね? でも、ガスパル様。 そのリリアンとやらは、俗に言う相談女らしいですわよ? 果たして本当に幸せになれるのかしら…?? 伯爵令嬢ミレイユ、伯爵令嬢エミール2人の主人公設定です。 学園物を書いた事があまり無いので、 設定が甘い事があるかもしれません…。 ご都合主義とやらでお願いします!!

悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。

まなま
恋愛
悪役令嬢は婚約破棄され、転生ヒロインは逆ハーを狙って断罪されました。 様々な思惑に巻き込まれた可哀想な皇太子に胸を痛めるモブの公爵令嬢。 少しでも心が休まれば、とそっと彼に話し掛ける。 果たして彼は本当に落ち込んでいたのか? それとも、銀のうさぎが罠にかかるのを待っていたのか……?

婚約破棄をしてくれた王太子殿下、ありがとうございました

hikari
恋愛
オイフィア王国の王太子グラニオン4世に婚約破棄された公爵令嬢アーデルヘイトは王国の聖女の任務も解かれる。 家に戻るも、父であり、オルウェン公爵家当主のカリオンに勘当され家から追い出される。行き場の無い中、豪商に助けられ、聖女として平民の生活を送る。 ざまぁ要素あり。

【完結】毒殺疑惑で断罪されるのはゴメンですが婚約破棄は即決でOKです

早奈恵
恋愛
 ざまぁも有ります。  クラウン王太子から突然婚約破棄を言い渡されたグレイシア侯爵令嬢。  理由は殿下の恋人ルーザリアに『チャボット毒殺事件』の濡れ衣を着せたという身に覚えの無いこと。  詳細を聞くうちに重大な勘違いを発見し、幼なじみの公爵令息ヴィクターを味方として召喚。  二人で冤罪を晴らし婚約破棄の取り消しを阻止して自由を手に入れようとするお話。

処理中です...