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近衛騎士の俺が魔王の実力を誇示する為に殺されるだけの噛ませ犬のモブだとでも思ったのか?

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 俺の名はモブリンド。
 王家に仕える近衛騎士のひとりだ。
 日頃は玉座の間で国王陛下をお守りするという重要な役目を担っている。

 この世界では長きに渡り人間と魔族の争いが続いていた。
 最近になって新たな魔王の座についたラレルという名の魔族は歴代魔王の中でも特に好戦的な男で、魔王軍による人間界への侵攻は日に日に激しさを増していった。

 何時この国にも魔王軍がやってくるか分からない。
 近衛騎士である俺は国王陛下をお守りする最後の砦。
 いざとなればこの身を投げ打ってでも陛下をお守りする覚悟だ。

「カレン、俺を見守っていてくれよ」

 俺は可愛らしい小動物の刺繍が施された小さな布製のお守りを眺め、そのまま懐に仕舞いこんだ。
 これは俺が近衛騎士に就任した丁度一年前の今日、王宮魔道士である幼馴染の女の子カレンから贈られた物だ。

 あの日の事はよく覚えている。
 近衛騎士は身体を張って国王陛下をお守りするという大変危険が多い役目だ。
 そんな俺の身を案じたカレンはいざという時に俺の身代わりになってくれると魔力を込めたお守りを作ってくれた。
 それは気休めかもしれないが俺にとってはこの小さな布の塊は何よりも心強く感じた。

 しかしそんな俺の想いをあざ笑うかのように悲劇は突然やってきた。
 ついに魔王ラレルが俺たちの国にやってきたのである。
 軍を率いて侵攻してきたのではない。
 その強大な魔力によって王宮の玉座の間まで単身で転移してきたのだ。

 魔王ラレルの前では王都を囲む強固な城壁や歴戦の兵士の防衛陣など何の意味もなさなかった。
 その気になればこうやっていつでも王宮の中に現れる事ができるのだ。
 今この場にいた誰もが瞬時にその事を理解し、魔王ラレルの力に恐れ慄き戦意を喪失した。

 魔王ラレルは国王陛下に向けて不敵な笑みを浮かべながら言った。

「貴様がこの国の王だな。降伏すれば命だけは助けてやる。もっとも全ての国民は我ら魔族の奴隷となって貰うがな」

「馬鹿を申すな! 我が愛する民をそのような目に合わせられるか!」

「余の慈悲深い心を理解して貰えんとは至極残念だ。ならば仕方があるまい。手始めに貴様から死ぬが良い」

 魔王ラレルの手から禍々しい炎を纏った漆黒の剣が現れた。

 このままでは国王陛下が殺される。

 他の近衛騎士たちは剣を構えてはいるものの足が竦んで動けない。

 彼らの気持ちも分かる。
 俺が幼少の頃から親しんできた英雄譚の序章では強大な力を持つ魔王が己の力を誇示して人間たちに降伏を迫る為に手始めに自身に向かってきた勇敢な騎士を一撃の下で惨殺するシーンが描かれていた。
 その騎士は物語的には所謂噛ませ犬という重要な役割を担っているのであるが、これは物語ではない。
 誰が好き好んでそんな役を引き受けるものだろうか。

 だからと言って国王陛下がこのまま殺されるところを黙って見ていられるはずもない。

 ここで臆病風に吹かれて引き下がっては今後一生カレンに合わせる顔が無い。

「陛下には指一本触れさせん!」

 俺は精いっぱいの勇気を振り絞り、剣を抜いて魔王に向かって突き進んでいった。

「身の程を弁えよ愚か者め。丁度良い、貴様には見せしめになって貰おう。余の力を思い知るが良い」

 魔王ラレルが横に薙ぎ払った漆黒の剣はそれを受けとめようとした俺の剣をまるで野菜でも切るかのように容易く切断し、そのまま俺の身体をも斬り裂いた。

「ぐあああああ!」

 胴体から二つに別れた俺の身体は炎に包まれて灰となり、痛みを感じる間もなく俺の意識は途絶えた。




◇◇◇◇




「はっ……ここは!?」

 気が付くと俺は自室で椅子に座っていた。
 全身が汗でびっしょりだ。

 テーブルを挟んで反対側の椅子には幼馴染のカレンが座っている。

「どうだったモブリンド? その様子だと何か悪い未来が見えたみたいね」

「あ、ああ……胴体が真っ二つになってた」

「ええっ!? いったい何があったのよ」

 カレンが俺に渡してくれたこのお守りには未来の出来事を予知する魔法が込められていた。

 俺が今まで体験していたのはその魔法による予知夢であり今はまだ現実の出来事ではない。
 俺は自分が生きている事にほっと胸を撫で下ろすが即座に頭を切り替えた。

 俺は本日をもって近衛騎士に就任する。

 予知の通りなら今から一年後に王宮に魔王がやってくる。
 その時俺を待っているのは本当の死だ。
 いや俺だけではない。
 あの後間違いなく国王陛下も、王国中の民も魔王によって殺されるだろう。

 そんな悲惨な未来は絶対に受け入れられない。

 ならば俺が成すべきことは一つ。

 未来を変えてやる。

 俺はカレンに予知夢で見た未来の内容を伝え、共に考え抜いた末に国王陛下に事情を話して近衛騎士の就任を辞退し、魔王への対抗手段を探す旅に出る事にした。

 賢王と言われる程聡明である国王陛下は俺の話と事の重大さを理解して下さり、俺に対して必要な資金や移動手段の手配など最大限の支援をして下さった。




◇◇◇◇




 一年後、旅から戻った俺は国王陛下にその成果を報告し、許しを得て仮の近衛騎士として他の騎士たちと共に玉座の間に控えていた。

 そして予知夢の通り魔王ラレルが玉座の間に姿を現した。

 魔王ラレルは国王陛下に向けて不敵な笑みを浮かべながら言った。

「貴様がこの国の王だな。降伏すれば命だけは助けてやる。もっとも全ての国民は我ら魔族の奴隷となって貰うがな」

「馬鹿を言うな! 我が愛する民をそのような目に合わせられるか!」

「余の慈悲深い心を理解して貰えんとは至極残念だ。ならば仕方があるまい。手始めに貴様から死ぬが良い」

 魔王ラレルの手から禍々しい炎を纏った漆黒の剣が現れた。

 このままでは国王陛下が殺される。

 他の近衛騎士たちは剣を構えてはいるものの足が竦んで動けない。

 動けるのは……俺だけだ。

「陛下には指一本触れさせん!」

 俺は勇気を振り絞り、剣を抜いて魔王に向かって突き進んでいった。

「身の程を弁えよ愚か者め。丁度良い、貴様には見せしめになって貰おう。余の力を思い知るが良い」

 キンッ。

 魔王ラレルが薙ぎ払った剣先は俺の手にした剣に当たって止まった。
 当然だ。
 俺が今手にしている剣は予知夢で見た時に装備していたなまくらとは違う。

 魔王ラレルは驚き目を見開いて言う。

「余の剣を受け止めただと? まさかその武器は……」

「そのまさかだ。これこそ伝説の英雄ユーシェスがかつて人間界を恐怖に陥れた魔王ドルマを打ち滅ぼした時に手にしていたという女神の加護を受けし聖剣デラキレールだ」

 俺は旅の途中でかつての英雄ユーシェスが冒険をした足跡を辿りその末裔であるマルトリットという男性の下に辿り着いた。
 彼の家系は既に戦いからは離れ一般の民と変わらない生活を送っており、家宝として代々伝わる聖剣デラキレールや数々の伝説のアイテムが彼が英雄ユーシェスの血を継ぐ者だという事実を物語っているに留まった。

 俺はマルトリットに事情を話し、聖剣デラキレールや魔王ラレルとの戦いに役立てそうなアイテムを譲ってくれるよう交渉をした。
 当然マルトリットは難色を示したが、代金として国王陛下から頂いた膨大な資金の一部をちらつかせたら掌を返したように態度を変えて喜び勇んで承諾をしてくれた。

 そして俺はこの旅の過程で様々な魔物との戦いの経験を積み、王宮に帰る頃には魔王ともやり合える程の一流の戦士へと成長していたのである。

「くっ……まさか一介の騎士如きがそのような業物を所持しているとは……まあいい、今日は挨拶に来ただけだ。貴様とはいずれ決着を付けてやる。……エビルリターン!」

 魔王ラレルは魔界に撤収する為に転移魔法を詠唱するが、彼の意に反して何も起きなかった。
 思わぬ事態に魔王ラレルは戸惑いの色を隠せずにうろたえている。

「これは一体どういうことだ!? 何故余の魔法が発動しない」

 俺は魔王ラレルの問いにふふんと鼻を鳴らし、得意満面の笑みで答えた。

「形勢が不利になれば魔界に逃げ帰るだろうことは最初から予想できていた。だから魔法封じの結界を張らせて貰ったよ」

「魔法封じだと!?」

 魔王ラレルが周囲を見回すとカレンを筆頭とした王宮魔道士たちが魔方陣を描くように並んで呪文を詠唱しているのが見えた。
 ひとりひとりの魔力は魔王ラレルには遠く及ばないが、王宮中の魔道士が力を合わせればその威力は魔王ラレルにも通用する。
 今日この時間に魔王ラレルが玉座の間に現れる事が分かっていた俺は予め魔道士たちに魔法封じの結界を張らせていたのだ。

「あいつらの仕業か! ええいならば皆殺しにしてやる!」

 魔王ラレルはターゲットを魔道士たちに変更して飛びかかった。

「そうはさせるか!」

 その瞬間俺は懐から拳大程の水晶を取り出し魔王に向けて翳すとその水晶から放たれた眩い光が魔王を包み込んだ。

「な、なんだこの光は……う、動けぬ……」

「教えてやろう。これこそが邪悪なる者を封じ込める為に神々が作ったという伝説の秘宝、封印水晶だ」

「お、おのれ小僧! この屈辱はいつか必ず晴らして……うぐあぁぁー!」

 負け惜しみの言葉を言い終える間もなく魔王ラレルの肉体は水晶に吸い込まれていき、僅かな余韻を残して玉座の間に静寂が訪れた。

「……やった、魔王ラレルをこの中に封じ込めたぞ」

「お……おお、やったのかモブリンド!」
「うおおおおおおお!」
「俺たちの勝利だ!」
「モブリントの作戦通り足が竦んで動けない振りをするのは結構大変だったぞ」
「嘘をつけ、お前は本当に腰が抜けてたじゃないか」

 俺の一言で魔王ラレルの封印が成功した事を把握した騎士たちの歓声が玉座の間に響き渡った。

 少しの間をおいて国王陛下が騎士たちを静かにさせて言った。

「モブリンドよ、そなたの作戦通り一人の犠牲者を出す事もなく魔王ラレルを封じ込める事ができた。この功績を称え望む褒美を授けよう」

 俺は陛下に跪くと首を横に振って答えた。

「いえ、本来ならば私は魔王によって殺されていました。私が今こうして生きているのはカレンのお陰です」

「そんな、私なんか……少しお手伝いをしただけです。それに他の魔道士の皆さんの協力もあっての事です」

 顔を赤らめて謙遜するカレンを国王陛下が制止させて続けた。

「いや、モブリンドの申す通りである。それではモブリンドとカレンの二人を救国の英雄として王国史にその名を書き留める事とする」

「有り難き幸せ」
「身に余る光栄です」

「ところでモブリンドよ、魔王ラレルを封じ込めたその封印水晶はどうするのだ。城の宝物庫に隠すとしてもいずれ魔王ラレルの手下どもが封印を解く為に奪回に来るかも知れん」

「それでしたらトイレにでも流したらどうでしょう。汚水槽の底まで落ちてしまえば見つかりようもありませんし、もし場所が分かったとしても魔族たちも汚くて回収する気も起きないでしょう」

 国王陛下は俺の提案にぷっと吹き出して笑いながら言った。

「ははは、それは名案じゃ。そのようにしよう。それでは皆の者、今夜は盛大に勝利の宴を開くとしようぞ!」

「ははっ!」

 こうして俺の提案通りトイレに流された魔王ラレルはその後二度と復活する事はなかった。

 魔族たちは魔王を失った事で急速に勢力を衰えさせ人間たちの反攻が始まった。

 俺とカレンは今回の功績でそれぞれが近衛騎士隊長、王宮魔道士長に任命され、やがて結ばれた俺たちは力を合わせて永く王国の繁栄を支えていく事になる。





 完

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