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第16話 人馬一体
しおりを挟む何時間街道を走り続けただろうか。
既に太陽は真上に昇っている。
一キロメートルほど前方に宿場町セフィロを取り囲む数千の魔物の軍団が見えてきた。
ゴブリン、オーク、コボルト、ガーゴイル。
ファンタジーゲームでお馴染みの魔物達が所狭しとひしめき合っている。
「猫の這い出る隙間もないな。だが何としてもあの包囲を突破しなければ」
「殿下、魔物達が我々に気付いたようです」
アドラーが指差す先を見るとこちらに向かってくる魔物の一団が視界に飛び込んできた。
その数は約五百匹。
こちらの五十倍はいる。
「こうなれば強行突破するしかないな。お前達覚悟はできているか?」
「はい、最後まで殿下にお供いたします」
この世界の人間は肝が据わっている。
ルトリア殿下たちは一瞬にして覚悟を決めた。
こうなったら私も最後までお付き合いするだけだ。
馬の突進力があれば十匹くらいは蹴散らせるか?
しかしその時ルトリア殿下は思いも寄らない行動に出た。
上半身を少し後ろに逸らして真後ろに手綱を引いた。
停止の合図だ。
見ると他の者達も馬の足を止めている。
「リナ嬢、そして他の馬たちもよく我々をここまで連れてきてくれた。これ以上君達を巻き込むわけにはいかない。ここから先は我々だけで行くからこのまま王都へ戻ってくれ」
そう言ってルトリア殿下は私の背から飛び降り、鞘から剣を抜いて魔物の群れの中に走り出した。
「者ども我に続け!」
「おう!」
ルトリア殿下と生徒たちは迫り来る魔物達を次々と斬り捨てていく。
しかし数の差は歴然。
ルトリア殿下たちは見る見るうちに魔物の群れの中に飲み込まれ姿が見えなくなる。
私は遠目からそれを眺めている事しか出来なかった。
──はずもなく。
(ここまで来て蚊帳の外だなんて冗談じゃない! 皆いくよ!)
私は仲間の馬たちを引き連れ、一丸となって魔物の群れの中に突っ込んだ。
棍棒を手に飛びかかってくる魔物を体当たりで撥ね飛ばしながら一直線に突き進む。
私たちはあっという間に先行したルトリア殿下に追いついた。
「リナ嬢、どうしてついて来たのだ!? ここは危険だ、早く王都へ戻れ!」
(全くこの人は……まだそんな事を言ってるの?)
私はルトリア殿下の服に噛みつくと、首を振って真上に放り投げる。
「うわっ、何をするんだリナ嬢!?」
ルトリア殿下が落ちた場所は私の鞍の上だ。
「リナ嬢……乗ったまま戦えというのか?」
私は首を縦に振って応える。
「すまない、恩に着る!」
ルトリア殿下は剣を右手に持ちながら左手で手綱を掴んだ。
そして両脚で私の横腹を圧迫し、発進の合図を送った。
「行くぞ!」
私はルトリア殿下の合図通りに左右に進路を変えながら魔物の陣形を縦横無尽に切り裂いていく。
馬を操りながら戦う方法なんて教えた事は一度もないのに、ルトリア殿下はまるで歴戦の騎兵のように立ち回っている。
他の生徒達もルトリア殿下に倣って騎乗し、馬上から剣や槍を振るって戦っている。
気が付けば五百匹の魔物の一団は散り散りとなって逃げていった。
戦闘が一段落ついた後ルトリア殿下は仲間の被害状況を確認する。
「アドラー、貴様も無事だったか」
「はい殿下、手傷を負っている者もいますがまだ全員戦えます」
「うむ。だがこれからが本番だ。何としてもあの包囲を突破しなくては」
かなりの激戦だったがまだ魔物の群れのほんの一部を撃破しただけだ。
宿場町セフィロのは依然魔物達の大軍に取り囲まれている。
あれだけの数の包囲を正面から突破するのは如何に馬のパワーを持ってしても不可能だ。
でも馬が本領を発揮するのはパワーよりもスピードだ。
私にひとつ考えがある。
まず私とルトリア殿下以外の八騎が包囲網の周りを走り回る。
魔物達はそれを追いかけてくるだろう。
でもそれは陽動だ。
魔物が分散されて囲みが薄くなったところをルトリア殿下を乗せた私が一直線に突っ切るという作戦だ。
でも今の私にはルトリア殿下にその作戦を伝える手段がない。
日が暮れて私が人間の姿に戻るまでにはまだ何時間もある。
私は馬の状態ならば仲間の馬との意志の疎通ができるので、馬たちには直接その作戦を伝える事はできる。
しかし生徒たちには私達の意図が分からずに馬が暴走したようにしか思えないだろう。
でも考えている時間なんてない。
生徒達には悪いけどこの作戦を強行させて貰おう。
私は仲間の馬たちに陽動作戦の詳細を伝える。
「ヒヒーン!」
次の瞬間馬たちは一斉に四方に散った。
「お、おい。お前達どうした!? 止まってくれ!」
突然制御を失い走り出した馬たちに、生徒たちは動揺を隠せない。
「お前達何をしている。勝手な行動は慎め!」
「殿下、違います! 馬たちが勝手に!」
「何だと!? くそっ、戦場の空気で馬たちが興奮して暴走をしてしまったのか……いや、待てよ……」
ルトリア殿下は私の目を後ろからじっと覗きこみながら言った。
「そうか、これはリナ嬢がやらせているのだな。何か考えがあるのだろう。お前達、馬を制御しようと思うな。逆にお前達が彼らの動きに逆らわずに合わせるんだ」
「は、はい殿下!」
ルトリア殿下の一言で生徒たちは落ち着きを取り戻し、振り落とされないように馬の動きに合わせて馬上でバランスを取っている。
これならもう大丈夫だ。
それにしてもルトリア殿下はどうして私がやった事だと分かったんだろう。
ルトリア殿下はそんな私の心の内を見透かしたように呟いた。
「この非常時だ、本当に馬が暴走しているのならばリナ嬢、君が馬たちを止めただろう。そうしなかったという事は馬たちが走り回っているのは君にとって不測の事態ではないという事だ」
乗馬の神髄は人馬が一体となる事だ。
人と馬が一体になる事でその力は五倍にも十倍にもなる。
今この瞬間、私とルトリア殿下は身体だけではなく心までも一体となっていたのを感じた。
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