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第35話 王国との決別5

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 ヘンシェル、ダイムラー、デマーグの三人はロリエを囲むように陣形を組む。

 まず聖女ダイムラーが神聖魔法で自分と仲間たちの前に魔法障壁を作り出した。
 これでロリエの物理攻撃を食い止めている間に呪術師のデマーグが呪文を詠唱し、隙を見てヘンシェルがロリエに攻撃を仕掛けるという作戦だ。

「見くびられたものですわね」

 しかしロリエは魔法障壁の存在など全く意に介さずにダイムラーに向かって突っ込んできた。

 パリン!

 ロリエの繰り出したストレートは魔法障壁をやすやすと突き破り、その後ろで身構えていたダイムラーの身体をゴム毬のように吹き飛ばした。

「きゃあっ!」

 ダイムラーはその一撃で完全に失神した。

 ダイムラーが意識を失った事でヘンシェルとデマーグを守っている魔法障壁も消滅した。

「くそっ、化け物め! だがこれで終わりだ!」

 ロリエがダイムラーに殴りかかったその僅かな時間で呪術師デマーグは呪文の詠唱を終えていた。

永久とこしえの眠りに就くがいい! ……エターナルスリープ!」

 対象を深い眠りに陥らせるデマーグ必勝の呪術がロリエに襲いかかる。

「さあヘンシェル、奴が睡魔に襲われている隙に攻撃を……何っ!?」

「今……何かしたのかしら?」

 しかし眠りの呪術を掛けられたはずのロリエは平然と立っている。

「……馬鹿な、私の呪術が効いていないだと!?」

「何をしたのかよく分からないけど、あなたから私に向けて発した波動とっても不快なのよね……ああ、嫌な事を思い出してしまいましたわ」

 ロリエは立ち竦んでいるデマーグに飛びかかり、ダイムラーと同様に一撃でのしてしまった。
 あまりにも一瞬の出来事で、ヘンシェルは二人を援護することすらできなかった。

「ふう、これで後はあんただけですけど……他の三人の様にはいかなそうですわね」

「……デマーグの呪術を撥ね退けるとはさすがは魔王の姉といったところか」

「アデプトの事は関係ありませんわ。いちいち引き合いに出すのは止して下さる?」

「それは失礼した。ならば一介の魔族として相手になって貰おう。私はアガントス王国のヘンシェルという。人は私の事を英雄と呼んでいる。いざ尋常に……」

「勝負ですわ!」

 ドオォォン!

 ヘンシェルの剣とロリエの拳がぶつかり合い、その衝撃で周囲の空気が震え出した。

「てりゃあっ!」

 ヘンシェルが剣を振るうたびに木々は薙ぎ倒され地面には亀裂が走る。

「はっ!」

 ロリエが拳を突き足を蹴り上げるたびにその斜線上にある岩が砕け、地面がえぐり取られる。

「うわああああ!?」
「ロリエ様が暴れているぞ! 相手は誰だ!?」
「よそでやって下さい!」

 ロリックス城の見張り兵たちは巻き込まれては敵わないと城の警備を放り出して逃げていく始末だ。


「へえ、かなりのものですわね英雄さん」

「貴様もなロリエ」

「私に本気を出させたのはあんたが二人目ですわよ」

「ほう、私以外にももう一人いるのか。それは魔王か? それとも……」

「さっきから煩いな、何事だ?」

 ヘンシェルとロリエの戦いは城から出てきた一人の男によって中断された。
 その男を見てロリエは拳を止めると後ろへ飛びヘンシェルから距離を取って構えを解いた。

「ごめんあそばせ。どうみても怪しい人間が忍びこんでいらしたのでご用件をお伺いしていたのですわ」

「俺の目には問答無用で殺し合ってるように見えたんだけど。あれか、肉体言語ってやつか? 俺には分からない言葉だな」

「翻訳魔法が必要かしら?」

「別に分かりたくもないからいらないよ。それでこちらの方はどちら様かな?」

 ヘンシェルは剣を収めると、男の目を真っすぐに見据えながら堂々と名乗りを上げた。

「私はアガントス王国のヘンシェルだ。貴様たちの領内に無断で足を踏み入れた事は詫びよう。……貴様がルシフェルトだな。私が用があるのは貴様だ」

 ルシフェルトの外見については把握している。
 見間違うはずがない。

 ヘンシェルの額を一筋の汗が伝った。
 ロリエひとりにユンカース、ダイムラー、デマーグの三人がなすすべもなく敗れ、ヘンシェル自身もロリエと一対一で斬り合うのがやっとだ。

 ルシフェルトはそのロリエと対等以上に接しているように見える。
 ここは力が全ての魔界だ。
 つまりルシフェルトはロリエと同等の力を持っていると考えられる。
 もし自分とロリエの戦いにルシフェルトが加わればもう勝負は見えている。

「ふっ、ここが私の死に場所という事か。ならば……!」

 せめてルシフェルトと刺し違えてやろうとヘンシェルは覚悟を決めた。
 もしルシフェルトが一瞬でも隙を見せれば自分の命と引き換えに放つ必殺剣を叩きこんでやる。

 ヘンシェルはルシフェルトの一挙一頭足に全神経を集中させる。

 ルシフェルトはそんなヘンシェルに向かってゆっくりと近付きながら言った。

「え? あなたがあの有名な英雄ヘンシェルさん? うわあ本物だ! 俺ファンなんです。サイン貰ってもいいですか?」

「お……おう?」

 ルシフェルトの予想外の反応にヘンシェルは困惑した。

「ルシフェルトがあんなに早口でお話をするところなんて初めて見ましたわ」

 ロリエも困惑していた。

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