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第30話 アルゴス

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 僕の名前はアルゴス・アマルテラ・エバートン。
 アガントス王国建国以来の功臣であるエバートン侯爵家の次期当主となる男だ。

 エバートン家は代々神官の家系であり、一族の者は皆神聖魔法を使いこなす。


 しかし僕は一族の中で落ちこぼれだった。

 どれだけ神聖魔法の練習を重ねても一向に上達せず、逆に神聖魔法とは真逆の存在である黒魔法の力が上達してしまう始末。

 このアガントス王国では黒魔法は悪魔の力として忌み嫌われている。
 僕は自分の身体の中に宿る黒魔力の存在を他人に知られないように必死で隠し続けた。

 一方で兄のルシフェルトは順当に神聖魔法の腕を上げていた。

 僕は焦った。

 このままでは無能な僕はエバートン侯爵家を勘当され追放されてしまう。

 僕は神聖魔法の腕を磨く為に藁をも掴む思いで古今東西のあらゆる書物を漁った。
 しかし知識としては理解できても実際に使うとなると話が違う。

 自分には神聖魔法の才能はない。

 それはもう認めるしかない。

 だからといってこのまま侯爵家から追放される時を大人しく待っているつもりはない。

 才能がないのなら才能がある者から奪ってしまえば良い。

 僕が読み漁った書物のひとつに精呪石と呼ばれる呪術の媒体として使用されている鉱石の事が書かれていた。
 この鉱石を使って呪術を行えば他者の能力を奪い取ることができるという。

 僕は書物に書かれた情報を元にエルフの森に足を踏み入れた。

 精呪石は滅多に手に入らない貴重な鉱石だ。
 自力で採掘するのは不可能と言っていい。
 そこで僕は森の外れでひっそりと暮らしている変わり者のエルフの呪術師を尋ねた。

 その呪術師は僕の足元を見ながら法外な見返りを提示した。
 しかし仮にも僕は侯爵家の次男だ。
 こんな事もあろうかと屋敷から持ち出してきた母の形見だった宝石を差し出すと、呪術師はまるで旧来の友人と接するような親し気な態度に急変して精呪石を譲ってくれた。

 その夜僕は屋敷の自室に籠り、文献に書かれた通りに兄に呪いを掛けた。

 呪術は成功した。

 その結果兄の神聖魔法の力は僕に宿り、対価として僕の黒魔力が兄の中に移っていた。

 その日から世界が変わった。

 数々の神聖魔法を使いこなす僕を父上や屋敷の皆は伝説の聖者アバターの生まれ変わりだと手放しで褒め称えた。
 一方で神聖魔法の力を失いしばしば黒魔法が暴発するようになったルシフェルト兄さんは屋敷の皆から出来損ないだと陰口を叩かれるようになった。

 いつしかルシフェルト兄さんや屋敷の皆はルシフェルト兄さんが以前は神聖魔法が得意だったことも忘れ、元々黒魔法を使っていたと記憶が書き換えられていた。

 そしてついに兄さんは天贈の儀でシヴァン神より【破壊の後の創造】などという禍々しいスキルを与えられた。
 それを聞いた僕は誰も見ていないところでひとりガッツポーズをした。

 もしあの日僕がルシフェルト兄さんに呪術を使わなければ、【破壊の後の創造】スキルを与えられていたのは夥しい量の黒魔力を有していた僕の方だっただろう。
 そして神聖魔法を得意としていたルシフェルト兄さんにはかつての英雄たちに与えられていたような素晴らしいユニークスキルが与えられていただろう。

 ルシフェルト兄さんの神聖魔法の力が僕に移っている以上、そのユニークスキルを授けられるのは僕の方だ。
 僕が天贈の儀を受ける日が楽しみだ。


 しかし気になるのはその後の兄の動向だ。
 普通に考えれば魔獣の谷で死んだと考えるべきだろうけど、僕は嫌な予感があった。

 今の兄の黒魔力はかなりのものだ。
 その力で魔獣の谷を抜けて魔界へ逃れられている可能性もある。

 そしてルシフェルト兄さんが生きていればいつの日か真相に辿り着き、復讐する為にアガントス王国に舞い戻ってくるかもしれない。
 いや、それよりも真相が世間に明るみになる可能性の方が恐ろしい。
 僕は身内に呪術を行うという禁忌を侵したのだ。
 王国の法律に照らし合わせれば極刑は免れない。

 ルシフェルト兄さんの生死を確認するまでは安心できない。

 それを確認する為に僕は再びエルフの森の呪術師を尋ねた。

 呪術師は宝石を渡されると喜んで協力をしてくれた。

 呪術師が念じると水晶玉に兄の姿が映し出される。

 そこに映っていたのは暗黒の森の中に佇む巨大で禍々しい城だ。
 城の中には多くの魔族がひしめいている。
 そしてその玉座に座っているのはルシフェルト兄さんの姿だった。

 僕は衝撃のあまり気を失いそうになった。

 ルシフェルト兄さんは生きているどころかその強大な黒魔力で魔族を従えているんだ。

 兄さんの次の行動は予測できる。
 魔族たちを率いて人間たち──アガントス王国──に復讐する為に戻ってくる。

 こうしてはいられない。

 僕は大急ぎで屋敷に帰り策を巡らした。

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