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第27話 謎の少女7
しおりを挟むあの日からロリエはノースバウムの外れに簡易的な住居を構えて住みついている。
おかげで俺は毎晩いつ寝込みを襲われるかも分からないと戦々恐々とした日々を送っているが、今のところまだ被害には遭っていない。
ロリエの事だ、諦めたとは考えにくい。
きっと機会を狙っているのだろう。
そんなある日、村の広場で日課である黒魔法の修練をしていたら魔王の使者と名乗る魔族が一通の書状を持って俺を尋ねてきた。
開封して中身を読んでみると、その内容は予想だにしないものだった。
「うーん、いきなりそんな事を言われてもなあ……」
「どうしたのルシフェルトお兄ちゃん?」
難しい顔で唸っている俺を気に掛けてレミュウが声を掛ける。
「レミュウ、魔王から書状が届いてね……」
「魔王様からのお手紙? さすがルシフェルトお兄ちゃん。それでなんて書いてあるの?」
「俺とロリエの縁談の話だよ。この話がまとまったら俺にロリエの補佐として魔界北部の統治を任せたいらしい」
「ルシフェルトお兄ちゃんがロリエ様と結婚するってことは、魔王様の義理の兄になるってこと? すごーい!」
レミュウは目を輝かせながらはしゃいでいる。
「いや、これは所謂政略結婚ってやつでね。そうなった方が魔王にとって都合がいい事情があるのさ。さすがに簡単に首を縦に振れないよ。それにそもそもロリエにもそんな気はないだろうしね」
俺も貴族の生まれではあるので政略結婚については特にどうこう言うつもりはない。
むしろ貴族の間では恋愛結婚の方が珍しい。
しかし今の俺は貴族の位はとっくに剥奪されており、平民どころか罪人の身分だ。
今更この身を政治に利用されるなんてまっぴらだ。
「ふーん、それはどうかなあ。ロリエ様はルシフェルトお兄ちゃんの事が好きだと思うけどな」
「それはないない。そもそもロリエが狙っているのはあくまで俺の黒魔力だけだからね。そもそもあの内面筋肉ゴリラが人間に対して恋愛感情を持ってると思う?」
「それはちょっと言い過ぎだよお兄ちゃん」
「筋肉ゴリラで悪かったですわね」
「うぐっ……ロリエ……どうしてここに?」
最悪のタイミングで当のロリエがやってきた。
「今の発言は後程一発引っ叩かせていただくとしまして、それよりもアデプトから書状が届いてんですって? どうせ碌でもない内容なんでしょうけど」
本気で怒っている訳ではないだろうけど、ロリエの馬鹿力で引っ叩かれたら俺の身体なんて簡単に壊れてしまう。
俺は苦笑して誤魔化しながら話を続けた。
「そうなんだよ、ちょっと読んでみてくれ。馬鹿馬鹿しくて逆に笑えてくるから」
ロリエは俺が渡した書状を「ふむふむ」と頷きながらじっと眺める。
「へえ、あの子にしては良い話を持ってきたものですわね」
「まったくだ、魔王はいったい何を企んで……って、今なんて?」
「良い話だと思いますわ。私領内の統治とか良く分からないのでそこは全部あんたにお任せしても宜しくて?」
「ちょっと待って、俺たち結婚させられるんだよ。実の弟の一方的な都合で」
「そうすれば私たち毎晩堂々と一緒にいられますわね」
「え? それって……まさかレミュウの言った通りロリエは俺の事を……」
「思わずよだれが出そうになりますわ。じゅるり……」
「……」
ああそうだった。
ロリエは俺の黒魔力を狙っているだけだ。
ロリエにとってはこの縁談は決して悪い話ではないらしくむしろ乗り気であった。
恋愛感情よりも食欲が優先されていなければ俺もちょっとは前向きに考えても良かったんだけどな。
「それであんたはこの話を受けるつもりなのかしら?」
「え? うーん……ちょっと考えさせて。こういう一生ものの事はもっと時間をかけてじっくり検討を重ねた上で結論を出さないとね」
いつまでも煮え切らない態度の俺にロリエは痺れを切らして突っかかってきた。
「もう、何を迷う事があるのかしら? 私が相手では不満がありまして?」
あるに決まっている。
もしロリエと結婚して寝食を共にする事になったら俺は毎晩彼女に黒魔力を吸い取られるだろう。
黒魔力は俺にとっての生命線だ。
魔界は強さこそが全ての世界だ。
黒魔力が枯渇して魔法が使えなくなった俺はこの魔界では虫けら同然、最下層の存在となる。
そうやすやすと他人に渡せるものか。
それに魔王の思い通りになるというのも気に入らない。
しかし俺は仮にも侯爵家の嫡男として育てられた身だ。
領主となってそこに住まう民衆を導けというのなら喜んで協力をさせて貰おう。
それが人間だろうが魔族だろうが関係はない。
俺はロリエとの縁談については一旦保留にしたけど、表向きはロリエに協力するという体で魔界北部の統治を行う事は了承した。
但し決して魔王の傘下に入った訳ではないという事だけは強調しておく。
俺は魔王の使者に返事の書状を渡して送り返した。
これで後は魔王からの正式な任命書を待つだけだ。
俺は中断していた日課の黒魔法の修練に戻ろうとした。
「うふふ……私そろそろ我慢できなくなってきましたわ……」
ふと横を見ると、ロリエの様子がおかしい。
俺を見るその目は獲物を前にした狩人の目だ。
先日俺から黒魔力を奪った時ロリエの身体はその黒魔力のオーラで覆われていた。
しかし今のロリエの身体からは黒魔力を感じない。
人間が食べた物は時間を掛けて体内に取り込まれ血肉や活動エネルギーとなって消費されていくように、あの日俺から奪った黒魔力がそろそろロリエの体内で消費し尽くされる頃なんだろう。
でもロリエは魔獣と同じで普通の食べ物を食べる事もできるはずだ。
黒魔力がなければケーキでも食べればいいじゃないと思ったけど、ロリエはそうしない理由を語った。
「私、あんたの味を知ってから普通の食べ物も物足りなくなって喉を通らなくなってしまいましたの。責任は取って頂きますからね」
「いや、それは自業自得じゃないか?」
「くすくす……それではごきげんよう」
ロリエは意味深な笑みを浮かべながらその場から去って言った。
今のロリエは飢餓状態だと考えられる。
間違いない、これは恐らく今夜夜這いを決行するパターンだ。
前回は不意をつかれて足を掬われたけど、来ると分かっているのなら対処はできる。
そう何度も襲われてたまるか。
二度と俺には手を出せないと思わせるほど徹底的に懲らしめてやる。
俺は自宅に戻ると入念な迎撃準備に取り掛かった。
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