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第23話 謎の少女3
しおりを挟む「怪しい奴だ!」
「魔王のスパイか? 捕まえろ!」
崩壊した城壁の後ろで伸びていた黒装束の男は瞬く間に村人たちに取り押さえられ、両手を縛られた状態で村の中央の広場に引きずり出された。
ロリエの目的も気になるけど、今のところ俺たちへの敵意は感じられない。
まずはこの男が村で何をしていたのかを白状させよう。
そこから芋づる式にロリエの目的が分かるかもしれないし。
「ルシフェルトさん、ここはひとつ私に任せて下さいよ」
日頃ニート生活を満喫しているクロームさんがここぞとばかりにしゃしゃり出てきた。
たまには何か仕事をする振りをしないとそろそろ村人たちから白い目で見られると考えての事だろう。
クロームさんは井戸から水を汲んでくると、ざばあと黒装束の男にぶっかけた。
「ほら、起きろ」
「うっ……はっ!?」
その刺激で黒装束の男は目を覚まして周囲を見回し、即座に自分が村人に捕らえられている状況を把握した。
クロームさんは黒装束の男の襟首を掴みながら問い詰める。
「おい、お前は一体何者なんだ。私の村に忍び込んだ訳を話して貰おう」
クロームさん、さりげなく村の代表面をするのは止めてくれないかな。
「ふん、貴様達には関係がない事だ。それに殺されたって口を割るものか」
黒装束の男はぷいっと顔を背けた。
「強情な奴だ。いいか、ここにいるルシフェルトさんは黒魔法の使い手というだけでなく、【破壊の後の創造】スキルを持っていらっしゃる。つまりどれだけ酷い拷問をしても直ぐに治療できちゃうんだ。さっさと吐かないと死ぬ事もできず永遠に苦痛を味わう事になるぞ」
そう言ってクロームさんは俺の方を見てウインクをする。
村人たちもそれに気付き、俺に視線が集まった。
「……え? クロームさん、俺がやるんですか?」
「ささ、ルシフェルトさんひと思いにやっちゃって下さい!」
「いや、ひと思いにやったらだめでしょう」
クロームさんは強引に俺の背中を押して黒装束の男の前まで連れてきた。
「く、やるならやれ! 覚悟はできている!」
黒装束の男は覚悟を決めた目で俺を見据えている。
成り行き上……というか大体クロームさんのせいで俺がこの男を拷問する事になってしまった。
確かに怪しい男だけど現時点ではまだ何かをされたわけでもなく、ロリエの話ではそもそも俺たちではなく彼女の監視が目的という話だ。
魔王の姉の監視が任務だとすれば、その依頼主は余程の大物である事は想像に難くない。
その目的をペラペラと村人たちに話す訳がない。
どれだけ拷問を掛けても決して口を割らないはずだ。
俺も身に覚えのない事で裁判に掛けられて母国から追放された身だ。
疑わしくは罰せよという考え方は俺の中にはない。
当然拷問なんて気が進まない。
「うーん」と唸りながら悩んでいる俺に救いの手を差し伸べたのはロリエだった。
「ねえルシフェルト、この人アデプトに仕えているネジョウの家来ですわよ」
「ロ、ロリエ様!」
ロリエの暴露に黒装束の男が反応を示した。
「大方アデプトに私を監視するよう命令されたのでしょう?」
「そ、それは……」
男の顔色が変わった。
図星らしい。
「確定ですわね。はい、これでもうあなたが口を噤む理由はなくなりましたわ。さっさと全部白状してお帰りあそばせ。それに心配する必要はありませんわ。もしあなたが任務に失敗したからといって罰せられるような事はこの私が許さないと言っていたとアデプトとネジョウに伝えなさい」
「うぐ……そこまで言われてはもう隠す必要はありませんね……ロリエ様の仰る通り、私は魔王様の命を受けたネジョウ様の指示でロリエ様の監視をしていました」
黒装束の男は諦めて自分がこの村にやってきた理由を語り始めた。
そうか、ロリエは彼が不必要な拷問を受けないように自主的に話さざるを得ない状況に持っていったんだな。
意外と優しい女性らしい。
だからと言って彼女の疑いが消えた訳ではないけど。
黒装束の男の名はアハト。
魔王軍最高幹部の一人にして魔界の南部一帯を支配している魔軍師ネジョウが組織している隠密部隊に所属している男だ。
ロリエは魔王アデプトの血を分けた実の姉ではあるが魔王の庇護下にはなく、いつも自由気ままに魔界中を飛び回り、各地でトラブルを引き起こしているという。
魔王の姉という肩書を持っている以上彼女の行動は魔界の住人にとっては魔王と無関係では通らない。
ロリエが何かトラブルを起こす度に魔王が尻拭いをさせられているそうだ。
「アデプトは私がこの村でも何か問題を起こすのではないかと心配していらっしゃるのでしょう? 今魔界中で話題になっているルシフェルトがいらっしゃいますものね。アハトといいましたね、あんたは今すぐサタナキアキャッスルに戻ってアデプトに伝えなさい。私が何をしようともあんたに指図される筋合いはありませんわ、と」
「は、はぁ……」
「あまりにもしつこいようでしたら弟と言えども承知しないともお伝え下さいまし」
「は、はい」
ロリエの有無を言わせぬ迫力に、アハトはたじたじになっている。
どうやら俺の事は魔界中に知れ渡っているみたいだし、この流れならアハトから魔王についての情報を引き出せるかもしれない。
俺はダメ元で口を挟んでみた。
「あー、俺からもひとつ質問良いかな? 魔王はモロクを討った俺やこの村をどうするつもりなんだ?」
俺の質問にアハトはチラっとロリエの顔を見、「別に教えてあげてもいいんじゃない?」と頷いたのを確認して口を開いた。
「魔王様はあなたやこの村の者に報復行動をするつもりはありません。ただこの辺り一帯の領主が不在になってしまったので近々後任となる者を遣わせるとの事です」
「そう、分かった。ただしモロクみたいな奴がやってきたら俺はまた村人たちと一緒に戦うよ」
「は……しかとその旨を魔王様にお伝えいたします」
俺は黒装束の男にこの村に手出しをする事は絶対に許さないと再度念を押した後解放してあげた。
魔王はこの村に報復をするつもりはないらしいけどどこまで信用できる事やら。
さて、次はロリエにこの村に来た目的を問い質す番だ。
「あ、あれ?」
振り向くと既にロリエの姿はなかった。
魔王城に帰ったのかとも考えたけど、ロリエは黒魔力を持っていないおかげでその気配を探りにくい。
まだ村のどこかに潜んでいるのかもしれない。
警戒するに越した事はないな。
俺は村人たちに村内の見回りを強化するように伝え、城壁や村の中の建物も【破壊の後の創造】スキルによって更に強固な物に創り直した。
一通りの作業が終わったのは夕暮れ時だ。
帰宅しようとする俺をレミュウが呼び止めた。
「ルシフェルトお兄ちゃん、これ貰って下さい」
モジモジしながらレミュウが俺に差し出したのはハッサムさんが魔獣の谷で採掘してきた魔瘴石だ。
元々はモロクに税として献上するはずだった物だけど、その必要がなくなった今はハッサムさんの家の箪笥の肥しになっていた。
「こんな大切な物受け取れないよ。魔界では凄い価値がある物なんだろう?」
「黒魔法が使えない私たちが持っているよりルシフェルトお兄ちゃんが持っていた方がきっと役に立つ事があると思うの。遠慮なんてしないで!」
レミュウはいつになく強引に迫ってくる。
「うーん……じゃあしばらくお守り代わりに借りておくよ。必要になったら直ぐに返すから言ってね」
結局俺の方が折れてしばらく魔瘴石を預かる事になった。
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