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第10話 魔族の集落1

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 俺はグリフォンを護衛に付けながらハッサムたちの案内で魔獣の谷の出口に向かって進む。
 魔獣たちはこの谷の主であったグリフォンを恐れ、俺たちに近付こうとする者はいなかった。

 道中にはあらゆる動物の骨が散乱していた。
 それはこの谷の弱肉強食の掟を物語っていた。

 俺は試しに散乱している骨をいくつか黒魔法で破壊し【破壊の後の創造】スキルで創り直してみたが、元の骨に戻るだけで生き返るという事は無かった。
 どうやら既に死んでいる者を【破壊の後の創造】スキルで蘇生させる事はできないようだ。
 ハッサムさんのように重傷者を回復させるためには一度俺自らの手で対象をする必要があるという事が分かった。

 そして【破壊の後の創造】スキルを発動させるためにはその対象を原形を留めないほど徹底的に破壊する必要がある事も分かった。

 対象が生き物の場合は完全に殺す必要があるという事だ。
 これで【破壊の後の創造】スキルは自分自身には使えない事が確定した。

 迷路のように入り組んだ谷底をしばらく歩くとやがて緩やかな上り坂が見えてきた。
 ようやく魔獣の谷の出口に辿り着いたらしい。
 ハッサムさんの案内が無ければ俺はずっと谷底を彷徨い続けていただろう。

 魔獣の谷を抜けると一面に生い茂った草木が俺達を出迎えた。
 ここからハッサムさんの村までは危険な魔獣が出没する事はないという。
 護衛のお役御免となったグリフォンを魔獣の谷に帰し、彼らの村へ向かってただひたすら歩き続ける。

 獣道を抜けて更に奥へ進むと突然視界が開けた。

 目の前に現れたのは人口が三十人ほどの原始的な集落だ。
 村全体を囲んでいる柵は今にも朽ち果てそうなほどボロボロで、村の防衛の役割を果たしているとはとても思えない。

 村の中に点在している十軒ほどの家屋についてもまるで廃屋のように崩れかけた建物ばかりだ。
 彼らの生活水準がひと目で理解できた。

 入口に立っている見張りの青年魔族が俺たちに気付いて声を上げた。

「ハッサムさんもレミュウちゃんもよくぞご無事で。村の皆が心配していましたよ。そちらの人間は?」

「心配を掛けてすまなかったクローム。彼は私達の命の恩人だ。詳しく説明をしたいから村の皆を集めてくれ」

「分かりました。とにかく村の中へ」

「宜しく頼む。ルシフェルトさん、ようこそ私たちの村ノースバウムへ」

「お邪魔します」

 俺はハッサムさんに案内されて村の中に足を踏み入れた。

 やはり魔族の村の中に人間がやってくるのは珍しいらしく、最初は村人たちから遠巻きに奇異の目で見られていたが、ハッサムさんが皆に事情を話すと掌を返したように親しげに話しかけてきた。

「事情は伺いました。私たちの仲間を助けて頂き本当にありがとうございます」
「ハッサムさんはこの村の皆の為に無茶を承知で魔獣の谷に魔瘴石を採りに出かけたのです」
「ハッサムさんが持ち帰った魔瘴石をモロクに献上すれば私たちの村はこの先一年間は安泰のはずです」
「ルシフェルトさんはこの村の皆の恩人です」

 村人たちは諸手を挙げて俺を歓迎し感謝の言葉を並べる。
 思えば他人から褒め称えられる事なんてアガントス王国にいた頃は一度も経験した事がなかった。

「あっはい、どうも」

 俺はどうリアクションをすればいいのか分からずぎこちない返事をする事しかできなかった。

「魔獣の谷から飲まず食わずでここまでいらっしゃったと聞いています。お腹も空いているでしょう。大した物はお出しできませんが、お食事をご用意しますのでしばらくそちらの建物の中でお寛ぎ下さい」

 村人が指差す先にはまるで物置のような粗末な建物があった。
 これでも他の村人の家屋と比べればまだましな方である。
 世話になる身だ、贅沢は言ってられないな。

 俺は建物の中に椅子代わりとして置かれていた岩に腰掛けて一息ついた。

「お兄ちゃん、お薬を持ってきたよ」

 建物の中で寛いでいるとレミュウが薬草が入った籠を持ってやってきた。
 この村に向かう途中でハッサムさんから聞いたのだけど、この村の付近で採れる薬草には俺の【破壊の後の創造】による再構築程ではないが肉体の治癒力を著しく促進する効果があるそうだ。
 普段はそのほぼ全てが税としてモロクに徴収されているらしい。

「そんな大切な物を俺なんかに使っていいのかい?」

「もちろんです。モロクに魔瘴石を差し出せば今後一年は税を払わなくてもいいはずだから余裕ができました。じゃんじゃん使って下さい」

「そうか。じゃあお言葉に甘えようかな」

「はいお兄ちゃん、服を脱いで傷口を見せて」

 俺はレミュウに言われるままに王都から着続けていた横じま模様の囚人服を脱いでうつ伏せになった。

「すぐに良くなりますからね」

 レミュウはすり鉢を使って手際よくいくつかの種類の薬草をすりつぶしてペースト状にし、俺の傷口にそれを塗り、植物の繊維で作られた包帯を巻いていく。

「すごいね、レミュウは薬の調合ができるんだ」

「この村でお医者さんをしていたおじいちゃんに教えて貰ったの。おじいちゃんは二年前に流行り病で死んじゃったけどね。医者の不養生だって笑ってたよ」

「そうだったんだ……」

 きっとその人は最期まで彼女を悲しませまいと明るく振る舞ったんだろうな。

「終わりました。しばらく安静にしていて下さいね」

「うん、ありがとうレミュウちゃん」

「はぅ……お礼なんて良いです、当然の恩返しです!」

 俺が笑顔でお礼を述べると、レミュウは恥ずかしそうに頬を赤らめながら出ていった。

 こんな短時間でも薬の効果が出てきたようで全身を襲っていた痛みは既に無くなっていた。
 自分で自分の怪我を治せない以上レミュウの薬があるととても助かる。

 この村ではレミュウのような子供でも何かしらの仕事を持っている。
 働かざる者食うべからず。
 俺も村の為に何かできる事はないかを考えてみよう。
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