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第2話 国外追放
しおりを挟む俺を乗せた護送馬車はアガントス王国の首都を離れゆっくりと進んでいる。
貴族の所有している高級な馬車の客車とは異なり、護送用の馬車は檻の中に入っている人間の事まで考えた造りにはなっていない。
整備されていない道では段差や石ころに乗り上げる度にその衝撃がそのまま上に乗る人間に伝わってくるので乗り心地は最悪だ。
馬車に揺られる時間と共にお尻が痛くなってきた。
最初の内は今日で見納めとなる母国の景色を名残惜しんでいた俺だったけど、いつしか早く追放先に到着しないかなと思うようになっていた。
それにしても俺はどこへ連れていかれるのだろう。
御者や兵士に行き先を聞いてみたけど口を噤むばかりで何も教えてくれなかった。
彼らにも役目があるのだろう。
無視されたと恨むのは筋違いだな。
どの道この後すぐに分かる事なんだけど、追放先を事前に知っているのと知らないのでは雲泥の差がある。
今の内に心の準備をしたり追放先での身の振りを考えておきたいからね。
俺は状況から追放先を分析する。
大陸の中央に位置するここアガントス王国は四方を異なる国家に囲まれる形になっている。
どの国に追放されるのかは分からないけど、俺の追放先とは予め国同士での話がついているはずだ。
許可なくSランクの危険人物を放出されたら後々国際問題にもなりかねないからね。
王国の北部にあるゼウリス山脈を挟んだその先には大平原が広がっており、シグルドという遊牧民の国がある。
この国に追放されるならばむしろ大歓迎だ。
大自然に囲まれた彼の地でのんびりと余生を送るのも悪くない。
東部の大河を渡った先にあるのは精強な騎士団を有するヴァハル帝国だ。
生憎俺は騎士道精神という物を持ち合わせていないのでこの国の人間とは馬が合わないだろうな。
できればこの国に飛ばされるのは御免被りたいものだ。
もしこの国に追放された場合は恐らく数年騎士様の奴隷として働かされるんだろうな。
そしてお勤めを終えた後に最下層の身分での市民権を得る事ができれば万々歳といったところか。
西にある大森林はそれ自体がエルフの女王が治めているフィリア王国の領土だ。
エルフという種族はプライドが高く、人間を見下して高飛車な態度をとる。
そんな国が俺のような危険人物を受け入れてくれるとはとても思えないな。
そしてアガントス王国の南側に位置するのは……。
「まさか……」
強烈に嫌な予感が走った。
王国の南にある大渓谷の先にあるのは魔族の国、通称魔界と呼ばれる地域だ。
魔界は力こそが全ての弱肉強食の世界だ。
彼の地は古より魔王と呼ばれる強大な力を持つ者が支配しているが、あの国では下剋上によって支配者が入れ替わるのは日常茶飯事だ。
確かここ数年で大規模な内乱があったと聞いている。
今現在魔界を治めている者がどこの誰なのかまでは知らない。
魔王によっては人間界への侵略を企む者も珍しくなく、その度に大規模な戦争が勃発した歴史がある。
今でもアガントス王国と魔界は国交断絶状態だ。
罪人を送り込むのにいちいち許可なんて取る必要はないだろう。
むしろ俺のような危険人物を送り込んで魔界の内部を引っかき回してくれれば一石二鳥とも考えられる。
もし自分が為政者の立場だったら間違いなく魔界に送るだろうな。
俺は今の時間と太陽の位置と馬車の進行方向を照らし合わせて行き先を割り出してみた。
「嘘だろ……」
嫌な予感通り俺を乗せた馬車は真っすぐ南へ向かって進んでいた。
間違いない、俺の追放先は魔界だ。
そんな所に単身で放り出されれば無事でいられるはずがない。
いや、それ以前に俺は魔界まで辿りつけないかもしれない。
アガントス王国と魔界の間にある大渓谷は通称魔獣の谷と呼ばれ、その中では凶悪な魔獣が蔓延っていると聞いた。
この地に一歩でも足を踏み入れて無事に帰った人間はいないという。
「そうか、そういう事なのか……」
俺は全てを察した。
表向きは国外追放という事になっているけど、この地に送られるという事は事実上の死刑執行である。
やはり父上も気にしていたのは侯爵家に対する世間の評判だけで、俺の命など最初からどうでもよかったのだ。
万一俺が追放先で問題を起こせば勘当されたとはいえエバートン侯爵家の名声の更なる低下は避けられない。
そう考えればそもそも俺を生かしておくという選択肢自体が存在しないんだ。
ずいぶんと回りくどい事をするが、家名を守りつつ危険分子を排除するならば最善手とも言える。
かといって俺の立場からすれば到底受け入れられるものではないけど。
しかし籠の中の小鳥も同然である今の俺には黙って目的地まで運ばれる事しかできない。
ただただ自分の計算が違っている事を祈るばかりだ。
しかし俺の祈りは神様には届かなかったようで、やがて馬車は渓谷の入口に到着した。
その大地に刻まれた巨大な切れ目は最初は緩やかに、そして谷底に向かうに連れて急な斜面となっている。
まさに地獄への入り口としか形容しようがない恐ろしい場所だ。
御者は馬車を停めると俺が入っている檻の部分だけを切り離し、それを護衛の兵士たちが斜面に向けて押し出した。
俺は一気に血の気が引いて悲鳴のような叫び声を上げた。
「ちょっ……ちょっと待って下さい、まさか俺を檻ごと谷底に落とすつもりですか!?」
護送中ずっと無言だった護衛の兵士たちは、ここにきて憐みに満ちた目で俺を見ながらようやく口を開いた。
「そのまさかだよ。俺たちが魔獣が跋扈しているという谷底までお前を担いでいく訳にもいかないしな」
「それじゃあ達者でなルシフェルト。もう二度と現世で会う事はないだろうけど」
「頼む、止めてくれ……」
「これでも仕事なんでな。悪く思うなよ。ふんっ!」
兵士たちは無慈悲にも最後の一押しをした。
「うわああああああああっ!!」
檻は俺を乗せたまま谷底に向かって斜面を滑り落ちていった。
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