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第19話 慈愛の聖女

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翌朝目を覚ますと、いつも通り穴だらけの床と潰れたベッドがそこには……なかった。

「どこ、ここ……?」

寝ぼけ眼を擦りながら部屋の中を見渡す。
狭く薄暗いこの部屋の入り口には鉄格子が見える。
ここが牢屋の中ということに気が付くのに、さほど時間はかからなかった。

冗談じゃない、投獄されるようなことをした覚えは全くない。

「とにかくここから出よう」

私は鉄格子を両手で掴み、力一杯両腕を開く。これで外に出られるはずだった。
しかし、鉄格子はびくともしない。
それならば今度は壁に穴をあけて脱出しよう。
私は壁に向かって渾身のストレートを放つが、今度は不思議な力に跳ね返された。

この感触には覚えがある。
私が礼拝堂で特訓をしていた時、建物が崩壊しないように魔道士達が展開していた魔法障壁のそれだ。
だがあの時の魔法障壁とはまるで強度が違う。

「力ずくで脱獄しようとは何と野蛮な。やはりあなたは聖女などではなく、悪魔の子なのですね」

この声には聞きおぼえがある。
牢の外から私に侮蔑の眼差しを向けていたのは両脇に二人の男性を従えたアイリーゼだった。

「アイリーゼさんあなたは一体……」

「改めて自己紹介を。私はアイリーゼ・リヒタ・ローゼンベルク。帝国では慈愛の聖女と呼ばれています」

やはり、彼女の正体はリーデルさんの予想通りだった。
彼女の魔法障壁の強度は昨日見させてもらった。彼女も神の力を宿しているのなら、私の力でも突破できないのは理解できる。

「その表情、私の正体に薄々気づいていたようですね。さすがは腐っても聖女様です」

私はリーデルに言われるまで全然思いも寄らなかったけど、あえて黙っておく。

「そんなことより、この状況について説明をしてもらいたんですけど」

「簡単な話です。あなたのその強大な力は世界の平和を乱す元凶となります。あなたを外に出したら、暁の聖女のように世界を我が物にしようと野心を抱くでしょう。よってあなたを閉じ込めさせていただきました」

散々な言い様だ。

「そんなこと考えたこともありません!それに、私にこんなことをしたら王国の皆が黙ってはいないわ!」

私の言葉に、アイリーゼは憐みの表情を浮かべる。

「どう黙っていないのかしら」

アイリーゼは両脇に立つ人物に交互に視線を向ける。
薄暗い部屋の中では初見では気が付かなかったが、私は目を凝らして両脇にいる人物の顔を確認し、言葉を失った。

それは、シルザー陛下とステンゲレス将軍だった。

「陛下、将軍、どうして……」

魔王亡き今、聖女は用済みということですか。
クラウディア王国の皆さんの為と思い、今まで身体を張って頑張ってきたのに、その結果がこれですか。

「聖女、いや悪魔の子よ。我々もアイリーゼ様と同意見だ」
「危うく悪魔に騙されて国に災厄をもたらすところであった」

どうしてこんな女の言う事を真に受けるんですか。私より聖女っぽい見た目だからですか。
だったら日本に帰してくれればいい。どうせ後2、3日観光したら帰る予定だったのに。

「もういいです。私は日本へ帰ります。帰還魔法使いを呼んで下さい」

「駄目です。あなたにはここで死んでもらいます。この先、力に溺れて世界を脅かす者が現れないよう、見せしめとなっていただきます」

慈愛の聖女が無慈悲に言い放つ。

「世界の平和のために死ねることを誇りに思いなさい」

何が世界の平和のためだ。帝国が領土を広げるためにどれだけ近隣諸国を泣かせてきたか、黒い噂はたくさん聞いている。
これも帝国が勢力を広げるための謀略に違いない。

「アイリーゼ、これが帝国のやり方なの!?」

私の問いを受けたアイリーゼは、予想外にイラついた表情を浮かべ、声を荒げて答える。

「帝国は関係ありません。私の意志です」

「え?」

これは問題発言だ。
一国の王を誑かし聖女を処分するという、国際問題に発展しかねないことを、アイリーゼは独断で行っているということだ。

「あなたは帝国の……皇帝の命を受けてここへ来たのでは無いのですか?」

「そんなわけないでしょう。皇帝もその取り巻きも、頭の中にあるのは自身の利益だけ。弱者の事を顧みもしない。さすがに目に余るので少々を施してあげました。今ではすっかり良い子になりましたわ」

「教育……」

私はリーデルの話を思い出した。

(聖女の歌声を聞くと、人々は争いを止め……)

そうか、そう言うことか。

慈愛の聖女の歌声は、人々の精神に影響を与える。

アイリーゼがクラウディア王国へやってきたのは、戦勝祝いの為なんかじゃない。

アイリーゼは聖女の力を使って、帝国も、王国も……国中の人々を洗脳して回っている。

よく見るとシルザー陛下もステンゲレス将軍もどこか虚ろな表情をしている。両目の焦点も合っていないように見える。
もう間違いはない。

この分だと、既に王国中がアイリーゼの手に落ちているということになる。
もう私の力でもどうにもならない。
私は絶望に打ちひしがれた。

「あら、もう観念されましたの?でも無理もありませんわ。もうこの国にはあなたの味方は一人もいませんものね。あなたが予言の聖女様と持て囃されていたのも、それは彼らに聖女という存在が必要だったから。その聖女が必要なくなった今、誰もあなたのことを気にかける者はいません」

そうだ、この国にもう私は必要ない。
誰も私を助けてくれる人はいない。

「しかしマッスイーヴ神の力は厄介ですね。あなたが私の麻酔魔法で気を失っている間、槍で刺してみたり、火であぶってみたり、水に沈めてみたりと色々試させて頂いたんですが、殺傷する事はできませんでした。なので、あなたにはこの中で一切の食事を与えず、餓死してもらうことにしました。それでは御機嫌よう」

アイリーゼは陛下と将軍を連れて、この場を後にした。

一人独房に取り残された私は、ダメ元で脱出を試みるが、アイリーゼの魔法障壁の前では私の力も無意味だった。

「私、このまま……こんなところで死んじゃうのかな」
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