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第18話 浄化する者

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聖霊廟は地獄絵図と化していた。

「皆さん早くあちらへ逃げてください、ここは我々が食い止めます!」
「あなた達は早く領主様に連絡を!」

リーデルとセレーネが警備兵や逃げ惑う市民に的確に指示を出す。
本来ならば聖女である私が皆を守らないといけないのに、足が竦んで動けない。

聖霊廟の周りは、地下墓地から溢れ出て来る無数のゾンビで埋め尽くされていた。
普通の魔族なら聖女の力で蹴散らせるけど、ゾンビだけは生理的に駄目だ。

「セーナさん、気を確かに!」

「誰にでも苦手なものはあります、ここは私たちに任せて、一旦退いてください」

「礼拝堂で体験した聖女様のお力に比べればゾンビの突破力など微々たるもの。ここからは一歩たりとも進ませません!」

リーデルとセレーネは魔法障壁を張り、ゾンビたちを足止めする。
しかしそれも長くは続かなかった。
突如前方に現れた巨大な二体のゾンビが魔法障壁に体当たりをすると魔法障壁は衝撃と共にガラスが砕け散るかのような幻影を見せた後、消え去った。

巨大な翼と頭部に立派な角を持つその二体のゾンビはレラージェによって謀殺された魔王軍四天王のムールメイルとイーボスのなれの果てだが、この時の私達にはそれを知る術はない。

魔法障壁を失い無防備となったリーデルとセレーネを二体のゾンビが襲い掛かる。

もうゾンビは苦手だなんて言ってられない。
私は覚悟を決めて彼らの盾になるべくゾンビの前に飛び込んだ。

グリズリーの様な巨大な爪を持つそのゾンビの右腕が私に振り下ろされる。

「くっ……!」

……。

……?

しかしゾンビの攻撃は私には届かなかった。

「死者の身体を弄ぶなど、悪趣味にも程がありますわ」

それはアイリーゼだった。
リーデルやセレーネを遥かに上回る強度の魔法障壁を展開している。

「アイリーゼさんありがとう。こんな高度な魔法が使えるなんてすごいです」

「別にあなた達を助けた訳ではありませんわ。私はただ死者を冒涜するようなことをする者が許せないだけです」

アイリーゼはそっけなく答えると、両手を合わせ祈りの姿勢を取り、ゆっくりと歌を口ずさむ。
透き通るような綺麗な声だ。それはまるで聖歌のようだった。
その歌声に呼応するかのように、アイリーゼの身体からは暖かい光が溢れる。

「あぁ……うぅ……お、俺は一体何を……」

「光が見える……おおモニカよ、今お前の所へいくぞ……」

ゾンビたちはまるで生前の記憶を取り戻したかのように優しい表情を浮かべたかと思うと、ひとり、またひとりと光に溶けるように消えていく。

気が付けば最後の一人になっていた魔族のゾンビに、アイリーゼは問いかける。

「こんな身体にされてさぞお辛かったでしょう。あなたをこんな目に合わせた張本人は誰ですか?」

「お……俺達をこんな目に合わせた奴の名はレラージェ……奴は……今聖霊廟の地下にいるはず……。こんなことを頼めた義理じゃないが……どうか、俺達の仇を……」

最期の言葉を伝えると、魔族のゾンビも光の中に消えていった。

「教えてくれてありがとう。安らかに眠りなさい」

屍使いレラージェのことは私もよく知っている。彼の死体を操る能力は私が最も苦手としているものだ。
彼だけは絶対に野放しにしてはいけない。

私たちは聖霊廟の中に入り地下の墓地へ進むと、大きな棺の前で立ちつくしているレラージェの姿があった。

「やあ聖女様また会ったな。俺を捕まえに来たんだろ?」

観念をしたのか、やけに神妙だ。
逆に怪しい。

「さっさと捕まえてくれよ。今さら逃げやしないぜ。転移の魔法陣も使い切ってしまったしな」

「レラージェ、こんなところで何をしているの?ここへ来た目的は?」

「決まっているだろう。ここには死体がたくさんあるからな。そいつを使ってひと暴れしてやろうと思ったが、予定が狂っちまった」

レラージェは恨めしそうな目でアイリーゼを見た。

「セーナさん、こんな奴は今この場で首を捩じ切ってやりましょう」
「そうですよ、セーナさん、ひと思いにやっちゃって下さい」

リーデルとセレーネは王家の墓が暴かれ、遺体をゾンビとして使役されたことに憤慨していた。
しかし私は相手が外道とは言え、人殺しをする度胸は無い。

「とりあえず彼の処分については国王陛下に委ねましょう」

私は何とか二人を落ち着かせながら説得し、レラージェを簀巻きにして城へ連れていくことにした。
勿論怪しい魔道具を持っていないかどうか、身体検査済みだ。

「アイリーゼさん、今日は助けて頂きありがとうございました」

「先程も言いましたが、あなた達の為ではありませんわ。それでは聖女様、ごきげんよう」

私たちはペレーケイプの町でアイリーゼと別れ、転移の魔法陣で城へ戻る。

衛兵に事情を話し、レラージェを引き渡した後、リーデルが呟いた。

「アイリーゼ……ひょっとして噂に聞く帝国の聖女ではないでしょうか?」

「帝国にも聖女がいるんですか?」

今まで気にした事もなかったけど、確かに他国に聖女がいてもおかしくはない。

「あれ、でも私と違ってあまり強そうじゃなかったですよ?不思議な魔法を使っていたし」

「ええ、セーナさんは我が国で信仰されている力の神≪マッスイーヴ≫のお力をその身に宿されていますが、帝国の民は慈愛の女神≪グレモール≫を信仰していますから、かの聖女がその身に宿す力はセーナさんとは全く異なっているでしょうね」

「慈愛の女神……」

「一説には彼女の歌声が響けば大地は豊かに実り、魔物たちは大人しくなり、人々は争いを止めるといいます」

さらに今日はアンデッドの浄化ときた。なんか彼女の方がこの世界に来るまで私が想像していた聖女のイメージに近い気がする。

「まあ、あくまで噂話ですよ。それではセーナさん、俺達はこれで」

私はリーデル、セレーネと別れて自分の部屋に戻った。
その時だった。

ビリッ。

柱の影から飛び出した何かが身体に触れたかと思うと、全身の痺れと共に意識が遠くなる。

「え、何……?」

薄れゆく意識の中、城の兵士達の声が微かに聞こえた。

「隊長、王国を破滅に導く悪魔を捕えました」

「よし、地下牢へ放り込んでおけ」
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