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第22話 初めての道徳の授業
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「シェリナ、いよいよ開校だな」
長く準備をしてきた魔界学校の開校を明日に迎えたその日、アザトースさんが前祝いにとワインを手に私の部屋にやってきた。
先日のエロガキの件でちょっと険悪なムードになってしまう事を覚悟したけど、アザトースさんは特に気にした様子もなかった。
むしろ、逆に余計な口出しをしてすまなかったと謝られてしまった。
私はアザトースさんが注いでくれたワインを軽く酔う程度に口に付け、その日は心地よく眠りについた。
そして開校の当日、私は生徒達を校庭に集めて簡単に挨拶をする。
……つもりだったけど、いざ話を始めると言いたい事が沢山出てきて当初の予定以上に話が長くなってしまった。
どこの世界でも校長の話は無駄に長くなるものだ。
「──という訳で、あなた達は未来の魔界を担う立派な大人になるよう健やかに育つ事を私は望みます」
お約束の締めで挨拶が終わった。
こんな話聞いても面白くないよね。
しかし生徒達の方を見ると、意外な事にみんな私の話を最後まで大人しく聞いていた。
おかしいな、いつ学級崩壊してもおかしくないような腕白な子供ばかりだったのに、一体どういう心境の変化だろう?
その答えは直ぐに分かった。
「ほらお前、列から離れるな! お前も私語は慎め!」
よく見るとひとりの魔族の少年が率先して他の子供達をまとめているのが見えた。
この前私にスカートめくりをした少年だ。
あの後生徒名簿を確認したところ、ナラク村から来たシュウくんと書いてあった。
どうやらちゃんと心を入れ替えたらしい。
良かった、私の指導が実を結んだようだ。
しかし彼の話している内容を聞いてその考えを改める事になる。
「お前ら、あの姉ちゃんを怒らせると怖いぞ。魔王様ですらタジタジだったからな。なんでも元々は俺達魔族の虐殺を生業とした聖女っていう化け物らしいぜ」
「まじかよ、こええ……」
「あの人の言う事を聞かなかったら私達殺されちゃうの……?」
「そんなのやだ、お家に帰りたい……」
「……どうしてそうなった」
教育って難しいね。
誤解を解いてちゃんとした指導をしないと。
「シュウくん。話がありますので後で職員室にいらっしゃい」
「ひっ、出た……」
開校の挨拶の後、私に職員室まで呼び出されたこの少年はこの世の終りが来たかのような青ざめた顔をしていたと目撃者は後に語った。
職員室で根気よく説明をしたので多分これで誤解は解けた……かな?
開講式も終わり、明日からは授業が始まる。
生徒の数は百人。
それを五十人ずつのふたクラスに分ける。
クラスの担任とは別に、各教科にはそれぞれ担当教師が就く。
私の担当教科は道徳だ。
毎日授業を行う教科ではないけど、ある意味一番重要な教科だ。
私は授業に必要な教材を作りあげるのに苦労をした日々を思い出した。
私が教会にいた頃に子供達に教えていた道徳の話では女神様とか聖者とか勇者がよく登場する。
どれも魔界にとっては天敵である者達ばかりなので、魔族の子供達に受け入れて貰えるように魔界風にアレンジを加える必要があった。
「ある時、地の底から現れた邪神ニャラルート・ホテップは荒れ果てた大地でお互いを憎しみながら暮らす魔族達の姿に心を痛め、魔族達に大地の恵みである野菜と果物を与えたところ、魔族達は争いを止め、みんなと手を取り合って生きる事の大切さを学んだ。一方、それでも争いを止めなかった覇道の一族と混沌の一族は争いの果てに死に絶えてしまったという……」
うーん、ちょっと無理があるかなあ。
そもそも魔界で崇められている神様とかよく知らないし。
もう全部「わたしがかんがえたさいきょうのかみさま」にしちゃうか……。
私は自分で考えた物語を絵本風にまとめてアザトースさんやオプティムさん達に意見を聞いてみた。
すると全く明後日の方向の意見が返ってきた。
「ほう、これは絵本というのか。このようなものは魔界には存在しないな」
「シェリナ様が描く絵のタッチは独特で心が和らぎますね」
魔界にも絵画の文化は存在するが、どれも写実的なものばかりだ。
所謂デフォルメされた絵柄はかなり珍しいらしい。
以前魔王城の中に保管されている書物を見せて貰った事があるが、魔法や呪術についての知識が描かれているお堅い物ばかりで、小説や絵本のような娯楽性のある物は一切なかった。
私は魔界の民にも小説や絵本の素晴らしさを伝え、普及しようという目標が新たにできた。
しかし私が聞きたかったのはそんな意見じゃない。
「アザトースさん、オプティムさん、私はこのお話の内容についての意見が聞きたいんです!」
「む? ふむ……この邪神ってのは何者だ? 女神の眷族のようなものか? 俺は聞いた事がないが」
「これは全部私の作り話です。実在については気にしないで下さい」
「お互いが死に絶えるまで争うなんて愚の骨頂ですね。ある程度で手打ちにしないといけません」
「そんな意見が聞きたいのではありません!」
結局まずはこの人達に道徳の授業のなんたるかを教える事になった。
魔王に道徳の授業を行った人間なんてきっとこの世界で私が初めてだろうな。
長く準備をしてきた魔界学校の開校を明日に迎えたその日、アザトースさんが前祝いにとワインを手に私の部屋にやってきた。
先日のエロガキの件でちょっと険悪なムードになってしまう事を覚悟したけど、アザトースさんは特に気にした様子もなかった。
むしろ、逆に余計な口出しをしてすまなかったと謝られてしまった。
私はアザトースさんが注いでくれたワインを軽く酔う程度に口に付け、その日は心地よく眠りについた。
そして開校の当日、私は生徒達を校庭に集めて簡単に挨拶をする。
……つもりだったけど、いざ話を始めると言いたい事が沢山出てきて当初の予定以上に話が長くなってしまった。
どこの世界でも校長の話は無駄に長くなるものだ。
「──という訳で、あなた達は未来の魔界を担う立派な大人になるよう健やかに育つ事を私は望みます」
お約束の締めで挨拶が終わった。
こんな話聞いても面白くないよね。
しかし生徒達の方を見ると、意外な事にみんな私の話を最後まで大人しく聞いていた。
おかしいな、いつ学級崩壊してもおかしくないような腕白な子供ばかりだったのに、一体どういう心境の変化だろう?
その答えは直ぐに分かった。
「ほらお前、列から離れるな! お前も私語は慎め!」
よく見るとひとりの魔族の少年が率先して他の子供達をまとめているのが見えた。
この前私にスカートめくりをした少年だ。
あの後生徒名簿を確認したところ、ナラク村から来たシュウくんと書いてあった。
どうやらちゃんと心を入れ替えたらしい。
良かった、私の指導が実を結んだようだ。
しかし彼の話している内容を聞いてその考えを改める事になる。
「お前ら、あの姉ちゃんを怒らせると怖いぞ。魔王様ですらタジタジだったからな。なんでも元々は俺達魔族の虐殺を生業とした聖女っていう化け物らしいぜ」
「まじかよ、こええ……」
「あの人の言う事を聞かなかったら私達殺されちゃうの……?」
「そんなのやだ、お家に帰りたい……」
「……どうしてそうなった」
教育って難しいね。
誤解を解いてちゃんとした指導をしないと。
「シュウくん。話がありますので後で職員室にいらっしゃい」
「ひっ、出た……」
開校の挨拶の後、私に職員室まで呼び出されたこの少年はこの世の終りが来たかのような青ざめた顔をしていたと目撃者は後に語った。
職員室で根気よく説明をしたので多分これで誤解は解けた……かな?
開講式も終わり、明日からは授業が始まる。
生徒の数は百人。
それを五十人ずつのふたクラスに分ける。
クラスの担任とは別に、各教科にはそれぞれ担当教師が就く。
私の担当教科は道徳だ。
毎日授業を行う教科ではないけど、ある意味一番重要な教科だ。
私は授業に必要な教材を作りあげるのに苦労をした日々を思い出した。
私が教会にいた頃に子供達に教えていた道徳の話では女神様とか聖者とか勇者がよく登場する。
どれも魔界にとっては天敵である者達ばかりなので、魔族の子供達に受け入れて貰えるように魔界風にアレンジを加える必要があった。
「ある時、地の底から現れた邪神ニャラルート・ホテップは荒れ果てた大地でお互いを憎しみながら暮らす魔族達の姿に心を痛め、魔族達に大地の恵みである野菜と果物を与えたところ、魔族達は争いを止め、みんなと手を取り合って生きる事の大切さを学んだ。一方、それでも争いを止めなかった覇道の一族と混沌の一族は争いの果てに死に絶えてしまったという……」
うーん、ちょっと無理があるかなあ。
そもそも魔界で崇められている神様とかよく知らないし。
もう全部「わたしがかんがえたさいきょうのかみさま」にしちゃうか……。
私は自分で考えた物語を絵本風にまとめてアザトースさんやオプティムさん達に意見を聞いてみた。
すると全く明後日の方向の意見が返ってきた。
「ほう、これは絵本というのか。このようなものは魔界には存在しないな」
「シェリナ様が描く絵のタッチは独特で心が和らぎますね」
魔界にも絵画の文化は存在するが、どれも写実的なものばかりだ。
所謂デフォルメされた絵柄はかなり珍しいらしい。
以前魔王城の中に保管されている書物を見せて貰った事があるが、魔法や呪術についての知識が描かれているお堅い物ばかりで、小説や絵本のような娯楽性のある物は一切なかった。
私は魔界の民にも小説や絵本の素晴らしさを伝え、普及しようという目標が新たにできた。
しかし私が聞きたかったのはそんな意見じゃない。
「アザトースさん、オプティムさん、私はこのお話の内容についての意見が聞きたいんです!」
「む? ふむ……この邪神ってのは何者だ? 女神の眷族のようなものか? 俺は聞いた事がないが」
「これは全部私の作り話です。実在については気にしないで下さい」
「お互いが死に絶えるまで争うなんて愚の骨頂ですね。ある程度で手打ちにしないといけません」
「そんな意見が聞きたいのではありません!」
結局まずはこの人達に道徳の授業のなんたるかを教える事になった。
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