上 下
9 / 50

第9話 学校の怪談的な階段

しおりを挟む


 ベルスはシーフが持っている警戒スキルをフル活用しながら慎重に校舎内を進む。
 あれだけ用心深く進まれたら怨霊の力を持ってしても殺す事は簡単ではなさそうだ。

 しかし彼らにはもはや入り口や窓から外に出るという考えはない。
 これは好都合だ。

 俺は二人を殺す為に多くの霊力を消費した。
 怨霊は恐怖心を糧にしているが、人間が食事をした後に消化して栄養を取り込むまで時間がかかるのと同じで直ぐに力を取り込める訳ではない。

 霊力を回復させるのには半日程の時間が必要だ。

 今朝から力を使っていない愛と由美子ちゃんは万全の状態だけど、いたずらに力を浪費するのは愚策だ。

 俺は力の回復を待ちながら彼らの監視を続ける。

 ベルスとトリスは校舎の行き止まりにある上り階段を上がり、校舎の二階へとやってきた。
 このまま屋上に出ればそこから脱出できるかもしれない。

 このまま彼らが逃げようとするのを黙って見ているのも芸がないので、折角だから彼らを怖がらせる事にした。

 ベルス達が音楽室の前を通りがかった時だ。

 ポロン……ポロン……。

 無人の音楽室の中からピアノの音が聞こえてくるのは学校の怪談話ではお約束である。

 ベルスとトリスは足を止めて様子を伺う。

「ベルスさん、何の音でしょう?」

「これも楽器……か?」

 異世界にも鍵盤楽器は存在するので二人はすぐにこれがピアノの音であると気付いた。

「なあトリス、さっきの部屋には笛があっただろ。ひょっとするとこの建物はどこかの楽団が使っていた施設だったんじゃないか?」

「すると俺達を襲っているのは演奏者のゴーストという事ですか?」

 ベルスとトリスは少ない情報を頼りに思考を巡らせるが全くの的外れだ。

「この部屋の中から聞こえてきます。どうします?」

「罠かもしれんが……調べない訳にはいかないな。行ってみよう」

 ベルスは慎重に扉に触れ、罠がない事を確認すると扉を蹴破って中に踊り込んだ。

 部屋の中には朽ち果てたグランドピアノがあり、その周囲に椅子が散らばっていた。

 人の姿はない。
 さっきまで聞こえていた音ももう聞こえない。

 ベルスはゆっくりとピアノに近付いて調べるが、どこにでもある普通のピアノだ。
 しかし長く調律をされていなかったこのピアノは、彼らが鍵盤に触れても音は出なかった。

「この楽器の音じゃなかったのか……じゃあさっきの音は一体?」

 ベルスは音楽室内を見回す。

「うっ!?」

 ベルスとトリスは音楽室内の壁に並んで貼られていた音楽家達の肖像画を見て息を飲む。

「は……はは、ベルスさん、ただの絵ですよ。変わった髪型してますね……わっ!?」

 音楽家達の顔の中に、昨夜死んでいったバートンやキンメル達の顔が紛れていた。
 その目はかっと見開かれ、不自然に開いている口はまるでまだ生きている自分達にも早くこっちに来いとでも言いたげな様子だ。

「まさか……この人達は全てゴーストに殺された犠牲者なんじゃ……」

「トリス、この部屋は危険だ、早くここから出るぞ!」

「は、はい……」

 ベルスとトリスの二人は勝手に勘違いをして震えながら音楽室を飛び出していった。

 彼らの恐怖心によって、俺達はおやつを食べた程度の軽い満腹感を覚えた。

 ベルスとトリスは息を切らせながら更に奥にある階段を上り校舎の屋上を目指す。

 それを俺達は残念そうに眺めていた。

「人体解剖模型とか、骨格模型とか、もっと怖がらせるネタが沢山あったんだけど、すっ飛ばして先に進んじゃったな」

「もう、詩郎君が驚かせすぎるからだよ。何事も程々にしとかないと」

「無茶言うなよ、愛。今のは不可抗力だ」

「それにしても詩郎君ってピアノが下手ね」

「うるさいな。あいつらを怖がらせる為にあえて不気味な不協和音を鳴らしたんだよ!」

「はいはい、そういう事にしとくわ」


 ベルスとトリスは三階から更に屋上へと続く階段を上る。

 その時、彼らの目に一体の白骨死体が目に入ってきた。

「ひっ……」

「こんな所にも犠牲者が……」

 その白骨死体は階段の最上段で屋上へ出る扉に手を伸ばしながら息絶えていた。
 ここから脱出しようと階段を上ったところで力尽きたであろう事は容易に想像ができる。

 ベルスとトリスは名前も知らないその犠牲者に向けて両手を合わせ弔いの意を表する。

 しかしそれは俺達の復讐心にとって火に油を捧ぐ結果になった。

 この死体の生前の名前は石川 高子いしかわ たかこ
 鈍異学園の新任教師だった。

 異世界からの呪いが俺達の村を襲ったあの日、熱狂的なキリシタンだった宿直の石川先生はいつも手にしていた十字架に宿った加護のおかげか、狂気にかられる事なく正気を保っていた。

 石川先生はおかしくなった大人達から身を呈して俺達を守ってくれたが、その時に大怪我を負ってしまった。
 俺達が森の中に逃げて行った事を確認した石川先生は今度は自分の身を守る為に校舎内に逃げ込み、全ての出入り口に施錠をして籠城した。

 校舎の周りは暴徒達に包囲され、いつ内部に侵入されるか分からない。
 石川先生は少しでも遠くに逃げようと足を引きずりながら階段を上り、屋上に出る直前で力尽きそのまま息絶えた。

 死後魂となった石川先生は同じく死んで霊魂となった俺達と再会し、「生徒を守るのが教師の役割なのに守ってあげられなくてごめんね」と涙を流して何度も謝罪を繰り返しながらあの世に旅立っていった。

 先生は何も悪くないのに。

 先生を殺したのは俺達じゃない。
 お前達だ。

 お前達に先生を弔う資格はない。

 お前達も先生と同じ苦しみを味わえばいい。

 しかし愛が俺を制止するように前に出てきた。

「愛? どうして止める?」

 愛は首を横に振って答えた。

「詩郎君、さっきから霊力を沢山使って疲れてるんでしょう? 私がやるわ」

 ベルスが石川先生の白骨死体から目を離し、屋上の扉に手を掛けた時だ。

 扉に向かって延びていた石川先生の腕が不気味に動き出し、ベルスの足首を掴んだ。
 愛の霊力によるものだ。

「うわっ!?」

 ベルスは悲鳴を上げながら石川先生の死体を注視する。

「こいつまさか……アンデッドか!? くそっ、油断をした!」

 ベルスは石川先生の死体をゾンビか何かと誤認し、手にした短剣で腕を切断して逃れようとするが一瞬遅かった。

 ベルスが石川先生の腕に引っ張られた先は階段だ。

 しかも経年劣化でボロボロになっており、床板がささくれ立っているところも多い。
 そんなところから転がり落ちれば人間の身体がどうなってしまうかは想像に難くないだろう。
 まるで大根おろしの滑り台だ。

 ベルスは受け身も取れないまま少しずつ身体を削り取られながら階段を転げ落ちていった。

「ベルスさん!」

 トリスが悲鳴にも似た声を掛けるがベルスからの返事はない。

 当然だ。
 身体のあちこちを削り取られ、赤いボロぞうきんとしか形容しようがない姿になった彼を見て生きていると判断できる者はいないだろう。

「あ……あああああああ!!!」

 トリスは変わり果てたベルスの姿を直視できず、泣き喚きながら屋上の扉を開けて外に逃げ出した。

「詩郎お兄ちゃん、あの男の人はどうするの? 殺す?」

 由美子ちゃんが俺の顔を覗き込みながら問いかける。

 俺は答えた。

「今彼を殺してしまったら勿体ないよ。この中で起きた事を……その恐怖を仲間に伝えて貰わないとね」

「そっか。うん、分かった」


 横を見ると、愛が石川先生に手を合わせて呟いていた。

「石川先生、あの男の命は私達からの手向けです」

「愛……」

「愛姉ちゃん……」

 俺達は愛に倣って石川先生の屍に手を合わせ黙祷を捧げた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

魂盗り

冴條玲
恋愛
“ 次の満月までにどちらかが死ぬ ” それは始まる前から終わりの見えた、 決して、捕らわれてはならない恋だった。 しかし、互いに惹かれまいとするその心とは裏腹に、 瞳は相手を求め―― 月は残酷に満ちる。 【表紙】谷空木まのみ様

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

おっさん聖女!目指せ夢のスローライフ〜聖女召喚のミスで一緒に来たおっさんが更なるミスで本当の聖女になってしまった

ありあんと
ファンタジー
アラサー社会人、時田時夫は会社からアパートに帰る途中、女子高生が聖女として召喚されるのに巻き込まれて異世界に来てしまった。 そして、女神の更なるミスで、聖女の力は時夫の方に付与された。 そんな事とは知らずに時夫を不要なものと追い出す王室と神殿。 そんな時夫を匿ってくれたのは女神の依代となる美人女神官ルミィであった。 帰りたいと願う時夫に女神がチート能力を授けてくれるというので、色々有耶無耶になりつつ時夫は異世界に残留することに。 活躍したいけど、目立ち過ぎるのは危険だし、でもカリスマとして持て囃されたいし、のんびりと過ごしたいけど、ゆくゆくは日本に帰らないといけない。でも、この世界の人たちと別れたく無い。そんな時夫の冒険譚。 ハッピーエンドの予定。 なろう、カクヨムでも掲載

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

処理中です...