上 下
140 / 177
五趣生死情侣们(恋人たち)

136:震天動地(五)

しおりを挟む
「大変だ! 彩藍方ツァイランファンに……今すぐ彩鉱門さいこうもんに知らせなきゃ!」

 彩藍方ツァイランファンは兄弟子を送り届けるために彩鉱門さいこうもんへ戻ったのだ。慌てて煬鳳ヤンフォン恒凰宮こうおうきゅうの外に出ようと立ち上がったが、すぐ鸞快子らんかいしに止められた。

「待ちなさい。いま君が急いで行ったところで、事態が好転するというわけでもない」
「だからって、彩鉱門さいこうもんにこのことを知らせないつもりか!」

 煬鳳ヤンフォンは思わず鸞快子らんかいしに掴みかかる。

「地震は今しがた起きたばかりなんだぞ! みなに報せて、逃げないと……!」

 彩藍方ツァイランファン黒炎山こくえんざんでの日々を共に過ごした仲であり、あの噴火の中で唯一生き残った大切な友人だ。地震だけならいざ知らず、それが睡龍すいりゅうの目覚めに関係しているというのなら、いち早く知らせる必要があるはず。
 黒炎山こくえんざんの噴火のとき、幼かった煬鳳ヤンフォン鋼劍こうけんの人々を助けてやることができなかった。

 同じ後悔を再び繰り返すわけにはいかないのだ。

 そんな煬鳳ヤンフォンを見かねたのか凰黎ホワンリィがなにかを言おうとしかけたが、鸞快子らんかいしは「任せて欲しい」とそれを止めた。
 鸞快子らんかいし煬鳳ヤンフォンに向き直り、穏やかな口調で諭す。

「落ち着きなさい。君にはやらなければならないことがあるのではないか? 何のために煬六郎ヤンリウラン殿が多忙の中を縫ってまで人界にんかいへやってきたと思っているのだ?」
「でも、藍方ランファンは俺の幼馴染みなんだ! 見捨てろっていうのか!?」
「……そうではない。彼だって彩鉱門さいこうもんの二公子だ。それに、噴火の折にも彩鉱門さいこうもん黒炎山こくえんざんで暮らしていた。彼らも黒炎山こくえんざんに異常を感じたらすぐに気づくはずだ」

 鸞快子らんかいしの主張は正しい。拝陸天バイルーティエン魔界まかいで混乱の渦中にある国を建て直す役目を負っている。にもかかわらず……煬鳳ヤンフォンのためにこうしてできる限り早く煬鳳ヤンフォンの元へ来てくれたのだ。
 しかも、本来は不可侵の睡龍すいりゅう魔界まかいの皇帝が来ることは、要らぬ軋轢を生みかねない。そんな中においても拝陸天バイルーティエンは甥である煬鳳ヤンフォンのため己の身分を隠してまで、恒凰宮こうおうきゅうを訪ねてきた。

「でも……」

 しかし、煬鳳ヤンフォンはそれでも心配だった。なにせ地震の源は、かつて封印されし睡龍すいりゅう本体なのだ。しかも、地震の直後に大地は枯れ果て鉱山の人々は骨と皮だけの状態になって死んでしまった。睡龍すいりゅう――火龍の力はそれほどに強大なもの。
 心配がないわけがない。

ヤン殿」

 凰黎ホワンリィの隣にいた凰神偉ホワンシェンウェイが口を開く。彼は先ほどまでずっと黙って煬鳳ヤンフォンたちのやりとりを見ていた。

彩鉱門さいこうもんへは私のほうから伝えよう。直接伝えに行くよりも、そのほうが早く伝えることができる」

 驚き返答に詰まる煬鳳ヤンフォンの肩を、凰黎ホワンリィが歩み寄り支えてくれる。

煬鳳ヤンフォン彩鉱門さいこうもんのことは兄上に任せましょう。恒凰宮こうおうきゅう彩鉱門さいこうもんとは交流がありますから。煬鳳ヤンフォンはまず、貴方の霊力についての問題を解決しましょう。鸞快子らんかいしも、煬六郎ヤンリウラン殿もそのつもりでしょうから」
凰黎ホワンリィ……」

 自分のことなど構っている暇はない。
 先ほどまではそう考えていた煬鳳ヤンフォンだったが、凰黎ホワンリィの顔を見てすぐ自分が愚かなことを考えていたのだと気づいた。

(そうだった、凰黎ホワンリィは俺の体の異常をなんとかするために、ずっといままで行動していたんだ。それなのに……)

 己のことは捨て置いて、煬鳳ヤンフォンの体を心配し、治すためだけに一緒にここまで来てくれた人。

「ごめん凰黎ホワンリィ。俺、浅はかだった」
「思いつめないで。誰も責める気はないのですから」

 俯く煬鳳ヤンフォンの頬を、凰黎ホワンリィが優しく包み込む。

「有り難う。……宮主ぐうしゅ殿、彩鉱門さいこうもんの件、よろしくお願いします」
「心得た。……くれぐれも、私の阿黎アーリィを悲しませることのないように」
「ははは……」

 先ほど危うく悲しませかけたからか、凰神偉ホワンシェンウェイの言葉は多少棘があるように聞こえる。

「必要なものがあれば、燐瑛珂リンインクゥに遠慮なく伝えて欲しい。恒凰宮こうおうきゅうで賄うことのできるものならなんでも協力しよう」

 凰神偉ホワンシェンウェイ燐瑛珂リンインクゥ煬鳳ヤンフォンたちの助けになるようにと言い含めると、自らは彩鉱門さいこうもんへ連絡を取るために部屋をあとにした。

 凰神偉ホワンシェンウェイが部屋を出て行ったのを見届けると、鸞快子らんかいしは一同を見回す。

「さて……善は急げとはいうものの、夕餉の時間もとうに過ぎている。せっかく恒凰宮こうおうきゅうで用意してくれたものなのだから、煬鳳ヤンフォンの霊力の調整については夕餉が終わったら始めようか。それまでに私は燐殿と準備を済ませておこう」
「大事なことの割には夕餉のほうを優先するんだな」
「当たり前だろう。こういうときには体力だって大事だ。それに、今すぐ始められるわけではないのだから、時間は有効に使わなければならないだろう。……何より、煬六郎ヤンリウラン殿は君のために忙しい合間を縫ってきてくれた。感謝の気持ちを込めて、夕餉の時間くらいは共に過ごしなさい」
「へ~い」

 こら、と鸞快子らんかいしが軽く窘めたが、拝陸天バイルーティエンは「構わぬよ」と言って笑った。憎まれ口をつい叩いてしまったが、準備が終わるまでの間を有効活用するのは何らおかしいことではない。何より夕餉は既に出来上がっていて、煬鳳ヤンフォンたちが席に座ればすぐにでも食べることができるのだ。

陸叔公りくしゅくこう……じゃない、煬六郎ヤンリウラン殿。魔界まかいの様子はあれからどうなったのか、夕餉を食べながら話してくれよ」
「もちろんだ、小鳳シャオフォン。しかし煬六郎ヤンリウラン殿は他人行儀すぎるな……ここはやはり陸叔公りくしゅくこうと呼んでくれ」

 少しおどけた拝陸天バイルーティエンの言葉の中に、煬鳳ヤンフォンへの思いやりを感じられる。それがとてつもなく有り難くて、煬鳳ヤンフォンには嬉しいものだ。

「分かったよ、陸叔公りくしゅくこう

 叔父という存在に感謝しつつ煬鳳ヤンフォンは笑い、煬鳳ヤンフォンの言葉に拝陸天バイルーティエンも笑う。

 ――だって、こんなにも早く駆け付けてくれたのだから。

 嬉しそうに微笑んだ叔父を見て、煬鳳ヤンフォンも嬉しくなった。

「既に料理は冷めてしまったでしょうが……行きましょうか。そろそろ兄上も戻ってくるでしょうから」
「うん」

 凰黎ホワンリィの呼びかけに応じ、煬鳳ヤンフォンたちは食事が用意されている隣の部屋へと移動する。そこにはいつの間に戻ってきたのか凰神偉ホワンシェンウェイも立っていて、煬鳳ヤンフォンたちがやってくるのを待っていた。

 意外なことに、凰神偉ホワンシェンウェイ凰黎ホワンリィより先に煬鳳ヤンフォンに向かって歩み寄る。恐らく彩鉱門さいこうもんのことであろうと煬鳳ヤンフォンが気を引き締めると「そう気を張ることはない」と諭された。

彩鉱門さいこうもんには既に報せてある。既にみな荷物を纏め下山を始めているようであったが、くれぐれも気を付けると言っていた」

 みなが既に行動を起こしていることを知り、煬鳳ヤンフォンは心からの安堵の息をつく。皆と話しているときも、ずっと彩藍方ツァイランファン彩鉱門さいこうもんのことが気がかりで仕方なかったのだ。

「そっか……有り難うございます。宮主ぐうしゅ殿」
「それから――彩二公子から伝言だ。兄弟子はすぐに手当てをした上で安全な場所に運ばせた。自分たちは清林峰せいりんほうにいったん身を寄せることになったので安心して欲しい。……だそうだ」

 随分長い伝言だと思ったが、間違えずに伝える凰神偉ホワンシェンウェイは凄い。さすがは凰黎ホワンリィの兄だなと妙に感心してしまう。思わず口の端が笑いかけて慌てて煬鳳ヤンフォンは咳ばらいをした。

「ごほん。宮主ぐうしゅさま、重ね重ね、有り難うございます」
「安心したら、早く席に着きなさい。そして、万全の体制を整えて治療に挑みなさい」
「は、はい」

 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィ凰神偉ホワンシェンウェイに近いほうの隣を譲り、凰神偉ホワンシェンウェイとは逆側の凰黎ホワンリィの隣に座る。煬鳳ヤンフォンの行動に凰黎ホワンリィは驚いたようだったが、本音は凰黎ホワンリィのためだろうが、それでも凰神偉ホワンシェンウェイ煬鳳ヤンフォンのために彩鉱門さいこうもんに連絡をとってくれた。そして彩藍方ツァイランファンからの伝言も伝えてくれたのだ。
 感謝の気持ちも兼ねて可愛い弟を隣に座らせるくらいの心配りは、したっていいだろう。

「あー、小鳳シャオフォン?」

 なにかもの言いたげな叔父がこちらを見ている。
 煬鳳ヤンフォンはすぐに叔父の意図を察すると、「陸叔公りくしゅくこう! こっちこっち!」と手招きをした。

「私も小鳳シャオフォンの隣に行っても良いのかな?」
「もちろんだよ。だって、陸叔公りくしゅくこうは俺のために来てくれたんだから。当然だろ?」

 拝陸天バイルーティエン煬鳳ヤンフォンの言葉を聞いて嬉しそうに微笑む。差し出された拝陸天バイルーティエンの手が、頭上に伸びてきたかと思うと頭をかき混ぜられる。照れくさくて煬鳳ヤンフォンは体を捻ろうとしたのだが、結局のところ喜んだ拝陸天バイルーティエンに抱きしめられてそれどころではなくなってしまった。
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...