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五趣生死情侣们(恋人たち)

132:震天動地(一)

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 恒凰宮こうおうきゅうに辿り着くと燐瑛珂リンインクゥがみなを出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、宮主ぐうしゅ様。皆さま」

 泰然とした口調の彼は、出迎えたときも見送ったときと何ら様子が変わることはない。
 そんな燐瑛珂リンインクゥに対し、凰神偉ホワンシェンウェイは労わりの言葉を告げる。

「留守の間はご苦労だった」
「恐れ入ります」

 いつも通りの無駄のない言葉。しかし凰神偉ホワンシェンウェイはそのあとにもう一言続けた。

「あとで仔細は説明するが、いまはみな疲れている。沐浴の準備と各々の部屋を用意してやって欲しい」
「畏まりました。さあ、皆さまこちらへ」

 その燐瑛珂リンインクゥの言葉を聞いて、煬鳳ヤンフォンたちはようやく安心できる場所に戻ってきたことを実感する。同時に、体の底からどっと疲れが湧き上がってくるのを感じて堪らず煬鳳ヤンフォンは、

凰黎ホワンリィ、俺もう疲れた~」

 と凰黎ホワンリィに抱き着いた。
 凰黎ホワンリィはそれを、霊力を使ったせいかもしれないと思ったのか慌てて煬鳳ヤンフォンの額に己の掌を押し当てる。

「おやおや、熱は……うん、上がっていないようですね、宜しい。……それなら煬鳳ヤンフォンが元気になるように私が……」

 ごほん、と咳払いがその言葉を遮った。
 当然、咳払いの主は凰神偉ホワンシェンウェイだ。

恒凰宮こうおうきゅうには父上と母上も眠っておられる。……ここでそのようなことを言い合うのは、そなた達の抱える問題が解決したあと、父上母上に報告してからにしなさい」
「……」

 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィも、凰神偉ホワンシェンウェイの言葉に固まってしまった。

(問題が解決したあとって……いまは駄目ってことじゃないか!)

 凰黎ホワンリィとのことを認めたのか認めてないのか。とりあえず心の整理がつくまで時間稼ぎをしたいといったところだろうか。

 ――心が狭い。

 凰神偉ホワンシェンウェイ、実に心の狭い男である。

「そんなことより、阿黎アーリィ

 しれっと心の狭いことを言ったあと、再び神妙な面持ちで呼びかけたのは凰神偉ホワンシェンウェイだ。先ほどとは明らかに表情が異なっている。

「原始の谷に行く前にそなたの抱える万晶鉱ばんしょうこうの秘密を、きちんと彼に話しておくべきであると私は思う」
「兄上……ですが」

 どうやら凰神偉ホワンシェンウェイは、先ほどの煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィの会話を聞いていたようだ。

「いままでそなたの秘密は私と父上、そして母上だけが知っていた。……しかし、このさき彼と共に生きてゆくつもりなら、そなたの抱える重みは己の家族になる人にきちんと話してあげなさい」

 煬鳳ヤンフォンはその言葉にどきりとした。
 先ほどまで心が狭いなどとのたまっていたが、実のところ凰神偉ホワンシェンウェイはちゃんと煬鳳ヤンフォンのことを考えてくれていたのだ。

(いちゃつくのはあとにしろって言われたけど……)

 しかしそれでも彼は煬鳳ヤンフォンのことを、家族になる人間だと言ってくれている。認めてくれているのだ。
 それだけで煬鳳ヤンフォンの胸は一杯になってしまった。

「分かりました。……有り難うございます、兄上」
「ふん。頑固な弟を持つと苦労するものだ」

 照れ隠しなのか、捨て台詞と共に凰神偉ホワンシェンウェイは長く続く走廊の奥へと消えてゆく。

「では皆さま、こちらへ」

 そうして、残された煬鳳ヤンフォンたちを燐瑛珂リンインクゥがすかさず案内してくれることになった。

    * * *

「ふあ~~! 疲れた!」

 凰黎ホワンリィと共に宛がわれた西の廂房へと案内された煬鳳ヤンフォンは、戸が閉められるなり寝台に飛び込んだ。寝台の寝具はとてもふかふかとしていて、うっかり気を抜けばそのまま泥のように眠りに落ちてしまいそうだ。

「夕餉まで少し時間があります。そのあいだ少しだけ、私の話を聞いて貰っても良いですか?」

 尋ねるように言った凰黎ホワンリィの言葉に煬鳳ヤンフォンは飛び起きた。

「もちろんさ! いま凰黎ホワンリィの話を聞く以上に大事なことなんてないからな!」
「ふかふかの寝台で寝ることよりも?」
「うっ、寝るつもりはなかったんだ。体がだるくてつい飛び込みたくなっただけ!」
「ふふふ、冗談です」

 慌てる煬鳳ヤンフォンに、悪戯っぽく凰黎ホワンリィが笑う。
 凰黎ホワンリィ卓子たくしの脇にある椅子に座り、もう一方の椅子をとんとんと叩いて煬鳳ヤンフォンを呼んだ。

「ここは昔、私の部屋だったんです」
凰黎ホワンリィの部屋?」
「そう。……ですが、流石にもう十五年以上経っていますから、当時と変わらず残っているものは両親が飾ってくれた掛け軸くらいでしょうか」

 客のために用意したにしては広すぎるとは思ったが、凰黎ホワンリィの部屋だと言われれば納得だ。

 大人が眠れるであろう大きさの寝台。
 机案の上には硯が置かれており、この部屋を使う者がいたならばきっと書画でも嗜んでいたことだろう。けれど残念ながら誰かが墨を磨った様子は無く、それを使う者はこの部屋には存在しないようだ。
 立派な家具や床に至るまで埃ひとつない様子は、恐らく凰黎ホワンリィの父母や凰神偉ホワンシェンウェイが、いつの日か凰黎ホワンリィが戻ってくる日を夢見て部屋の手入れを続けていたに違いない。

 両親が飾ったという掛け軸には竹が一本だけ描かれている。
 不思議に思ってその絵を見つめていると、凰黎ホワンリィが気づいて微笑んだ。

「ふふ、変わっているでしょう? 父曰く『そなたは一見すると脆く見えるが、ほんとうは芯が強く、どんな困難にも折れることのない竹のような子だ』と言ってこの絵を私の部屋に飾ったのだそうです」
「それ、当たってるかも」
「本当ですか?」

 煬鳳ヤンフォンの言葉に凰黎ホワンリィは肩を揺らす。
 この竹の絵を選んだとき、宮主ぐうしゅはよもや蓬莱ほうらい凰黎ホワンリィを連れ去ろうとするとは思わず、その先に途方もない困難が待ち受けているとまでは思わなかっただろう、しかし凰黎ホワンリィは数々の困難に負けず、沢山の人々に愛されこうして今も人界にんかいで過ごしている。

 きっと凰黎ホワンリィの両親がこの掛け軸を残しておいたのも、離れていても凰黎ホワンリィがこの竹の絵のように強くあって欲しいと願いを込めていたのだろう。

 それに、凰神偉ホワンシェンウェイも。

 中庭へと通じる格子戸には、夕日を浴びた笹の影が落ち、どこか寂しさを感じさせる。
 本来は凰黎ホワンリィが毎日見るはずだった光景をぼんやりと見つめながら、今日一日に起こった様々な出来事を思い出し、煬鳳ヤンフォンは物思いに耽った。

「さて……。時間も限られていますから、本題に入りましょう。私がむかし原始の谷に迷い込み、万晶鉱ばんしょうこうを持ち帰ったことは話しましたよね?」
「うん。そのあと蓬莱ほうらいがそれを知って恒凰宮こうおうきゅうに押しかけてきたんだったな」
「その通りです」

 凰黎ホワンリィは頷く。これは恒凰宮こうおうきゅうから白宵城はくしょうじょうへ向かう途中で聞いた話だったから、煬鳳ヤンフォンはとてもよく覚えている。

万晶鉱ばんしょうこうはすさまじい力を持つもの。なぜそのような力を持っているかはツァイ二公子が以前説明して下さいました」
「確かものすごい情報を圧縮できる鉱石、だから人知を超えた力を発揮できる。そんな感じの話だったな」

 黒炎山こくえんざん彩鉱門さいこうもんに行ったとき、彩藍方ツァイランファン凰黎ホワンリィのために万晶鉱ばんしょうこうについて知っているかぎりのことを教えてくれた。彩鉱門さいこうもんは鉱石の扱いに長けるがそれだけではなく、万晶鉱ばんしょうこうを鋳造する技術を持った唯一の門派だったからだ。

「そう。……ただ、万晶鉱ばんしょうこうの力がそれだけかと言えば違います。それになぜ万晶鉱ばんしょうこうを扱うことができるのが彩鉱門さいこうもんだけかといえば、それにも理由があるのです」

 凰黎ホワンリィは語る。
 万晶鉱ばんしょうこうはみなが喉から手を出して欲しがるほどの素晴らしい鉱石だ。それがあれば普通の剣や少し呪力が込められた程度の宝器などとは比べ物にならぬほどの威力を発揮する。
 だからこそ、みなが血眼になって求めているのだ。
 しかし同時に、大きな力は不幸をもたらすという。

「不幸?」
煬鳳ヤンフォンは原始の谷のおとぎ話、知っていますよね?」
「そりゃあ、もちろんだよ。原始の谷の宝物を持って帰ろうとしたら死んだっていう、変な話だったけど」
「実はあのおとぎ話は揶揄でも例えでもなくほぼ真実を語っているのです」
「えっ!?」

 煬鳳ヤンフォンが驚いていると、凰黎ホワンリィは「いまから説明します」と告げた。
 まず、万晶鉱ばんしょうこうがなぜ恒凰宮こうおうきゅう翳冥宮えいめいきゅうの双宮によって封印されているかといえば、そうせざるを得ないほど万晶鉱ばんしょうこうが危険な代物だったからだ。その封印はとても強固であり、人界の人間のみならず冥界めいかい天界てんかい、何人たりとも双宮の協力失くしては入ることはできないという。
 おとぎ話の通り、過去に『万晶鉱ばんしょうこう』に触れた人間には破滅が訪れた。

 それも一人残らず、だ。
 ある意味凰黎ホワンリィも程度は違えど苦しい結果となってしまった。

 それはなぜか?

「伝説では、万晶鉱ばんしょうこうを手にすれば過去と未来を垣間見ることができ、一生かかっても得られないような素晴らしい知識を身に着け、更には世の理を支配できると言い伝えられています。さて……ツァイ二公子の言う通り万晶鉱ばんしょうこうの中にはとてつもないほどの力が圧縮されているわけで。それはつまりこの世界が始まったときから遥か未来に至るまでの全ての記憶」
「世界が始まったときから遥か未来に至るまでの全ての記憶……?」
「そう。ですが問題もあります。万晶鉱ばんしょうこうに触れた瞬間その記憶が触れたものの脳内に流れ込むため、結果としてその奔流に耐え切れず、例外を除いてほぼ全員が死に至ってしまうというわけです」

 煬鳳ヤンフォンはそれは一体どれほどのものなのだろうかと考えてみた。しかし少し考えただけでも目が回りそうなほど、それは果てしなく恐ろしく長い時間。

彩鉱門さいこうもんの門弟たちは唯一、万晶鉱ばんしょうこうから流れ込む記憶の奔流を遮断する術を持っているそうです。ただ、あくまで彼らは万晶鉱ばんしょうこうを使って武器や宝器を造り上げるのが目的であり、危険性を知っているからこそ彼らは未来を垣間見ないのだとか」

 およそ想像もつかないが、やはり万晶鉱ばんしょうこうとはとんでもない代物に違いない。そんな鉱石を彩鉱門さいこうもんはよくまあ扱えるものだと煬鳳ヤンフォンは感心してしまう。

(あれ? でも変だな?)

 先ほどの話の通りであれば、凰黎ホワンリィ万晶鉱ばんしょうこうに触れた。ならば彼も万晶鉱ばんしょうこうから記憶の濁流の洗礼を受けたのではないだろうか?
 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィに尋ねる前に凰黎ホワンリィは別の話題を投げかけた。

「私が蓬静嶺ほうせいりょうに引き取られることになった、切っ掛けは覚えていますよね?」
「ああ、しつこい爺さんが言い寄りまくってきたからだろ?」

 一つ一つ確認するように凰黎ホワンリィ煬鳳ヤンフォンに問いかける。しかしあまりに歯に衣着せぬ言い方をしたからか、凰黎ホワンリィが苦笑した。

「言い方……。まあ、そうであったとして。なぜ彼がそこまで私のことを欲したと思いますか? 単なる五歳の子供です」
「有能だから?」
「半分は当たっています。もう半分、それは……彼らを含め、皆が一様に欲している原始の谷の力。万晶鉱ばんしょうこうに触れ、過去と未来を垣間見た者の一人だからです」

 やはり凰黎ホワンリィも過去と未来を、万晶鉱ばんしょうこうの記憶を見たのか。先ほど考えていたことの結論が導き出され、やっぱりという気持ちと驚きとで煬鳳ヤンフォンは一杯になった。
 ほぼすべての人間が万晶鉱ばんしょうこうに触れれば死に至る。

 ――にもかかわらず、凰黎ホワンリィは『例外』となって生還したのだ。

「そもそも、原始の谷は封印されていた。それなのに何故か私は原始の谷に迷い込み、しかも万晶鉱ばんしょうこうに触れ、子供でありながら無傷で戻ってきた。彼らはそれで『神に選ばれた子供』だと私のことを思ったようです」

 凰黎ホワンリィが禁忌である原始の谷に入ったのは本当に、神のいたずらか奇跡としかいいようがない。当時の恒凰宮こうおうきゅう宮主ぐうしゅ――凰黎ホワンリィの両親は相当驚いたそうだが、それも無理はないことだろう。

「……いまでもそれが何故なのか、分かりません」

 凰黎ホワンリィは俯く。その瞳は微かに揺らめいている。

「じゃあ、凰黎ホワンリィは過去のこととか未来のこととか、知ってるのか?」

 煬鳳ヤンフォンは恐る恐る尋ねた。

「ほんの少しは。ですが、それとて過去未来全ての事象から見たら、空から落ちた雫の一滴のようなもの。決して自分が選んだ過去や未来を見ることができるわけではないので……」

 ただ、そのことによって恒凰宮こうおうきゅうは大騒ぎになった。
 このことは外部の者に知られてはいけない、そうでなければ未来を知った凰黎ホワンリィの身が狙われるかもしれない。凰黎ホワンリィの両親は大層悩んだという。
 それなのに、よりにもよって一番厄介なところ――仙界せんかい凰黎ホワンリィに目を付けてしまった。
 凰黎ホワンリィの苦難の道はそこから始まったともいえる。

 だが、蓬莱ほうらい仙界せんかいのに住まう仙人の中でも、五仙が一人と呼ばれるほどの類まれな存在だ。そんな彼が未来が見えるだの、神に選ばれただのという理由だけでここまで執拗に凰黎ホワンリィを引き入れようとするのは違和感がある。

(なにか、他にもまだ理由が……?)
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