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千山万水五行盟(旅の始まり)

033:陰森凄幽(八)

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清粛チンスウ、お前まで冗談を言うのは止めておくれ。私がいったいなんの犯人だと言うんだい? 孫の前でそんな……」
「それはもちろん、ここ数か月にわたる、七人もの清林峰せいりんほうの人間を殺した犯人ですよ」

 榠聡檸ミンツォンニンの言葉を鋭い声で、凰黎ホワンリィが遮る。

「一緒にいらっしゃるご令孫れいそんとお弟子さんが四人、残りの三人は先生とご令孫れいそんの犯行ですね。殺害理由は索冥花さくめいかを盗み出すため、そして秘密を知られて脅されたため、でしょうか」
「――!」

 榠聡檸ミンツォンニン榠曹ミンツァオが息を飲んだのが分かった。
 昨晩、鼓牛グーニゥを見送ったあとで煬鳳ヤンフォンたちはもう一度あらゆることを調べ直したのだ。犯行日の前後にいったい誰が清林峰せいりんほうにいたのか。各地で奇跡を起こした神医たちは誰なのか。
 調べてみると、やはり国王たちの病気を治したのは清林峰せいりんほうの者、しかも榠聡檸ミンツォンニンの弟子たちだった。そして彼らの行った治療といえば、やはり索冥花さくめいかを使ったのだろうと思えることばかり。

「何を根拠にそのような言いがかりをつけるのでしょう。冗談はよしてください」
「言い逃れしようとしても無駄です。犯行に関わったと思われる弟子の方々は、蓬静嶺ほうせいりょうの者たちが捕らえました。彼らは既に、犯行を自供しています」
「!」

 凰黎ホワンリィの言葉を聞くと、さしもの榠聡檸ミンツォンニンも言葉が出なくなってしまったようだ。信じられるか、という表情で凰黎ホワンリィのことを睨んでいる。

「信じようと信じまいとご自由に。しかし私には理解できません。……ミン先生。あなたはかつて各地を旅し、貧富に関係なく様々な人たちの病や怪我を治したことで『神医』だと言われるようになったと聞いています。どんな難しい病でも諦めず、瀕死の状態の人でも懸命に治療し、中には奇跡すら起こせたこともあったでしょう。そんな貴方がどうしてお弟子さんやご令孫れいそんの暴挙を止めず、自らも罪を重ねてしまったのですか」
「煩い!」

 榠聡檸ミンツォンニンが叫んだ。

「お前たちに、何が分かる! 我々の何が分かるというのだ!」

 ――随分久しぶりに、榠曹ミンツァオ清林峰せいりんほうに帰ってきた。孫の帰郷に喜んだものの、どこか反応は上の空。何か悩みがあるのではないか、森の外では辛いことがあるのではないかと気を揉んだ。それから暫く経ったある夜、榠曹ミンツァオが明らかに狼狽した顔で家に戻ってきた。

 一人目の犠牲者が発見されたのは次の日の昼。
 まさかという疑惑の思いが頭をもたげたが、そんな筈はないと思った。その後も心のもやもやが晴れることは無かったが、考えないように努めることにした。

 それから暫く経ったころ、今度は榠曹ミンツァオ榠聡檸ミンツォンニンの弟子も連れて戻ってきた。彼らはみな志を持って清林峰せいりんほうから旅立った弟子たちだ。懐かしく再会を喜びながら、楽しい数日を送った。
 一人で暮らす自分を心配して、孫が孫たちを連れて戻ってくれたのだと思い、榠聡檸ミンツォンニンはとても喜んだ。

 それからまた少し経って、一人、二人と死んでいるのが見つかった。
 今度は酷く残虐で痛ましい方法で。

 四人目のときもやはり息子が滞在している期間の出来事だった。しかも今度は息子だけではなく、弟子たちも一緒に帰郷していた折のこと。
 前日の夜、彼らが死んだ者たちと一緒に連れ立って歩いているのを、榠聡檸ミンツォンニンは見ていたのだ。
 榠聡檸ミンツォンニンは息子と弟子たちを問い詰めた。榠曹ミンツァオたちは涙ながらに自分たちの犯行を白状し、国王の治療を頼まれて失敗すれば命は無く、そんな時に索冥花さくめいかの存在を思い出し藁にすがる思いで盗み出そうとしたのだと言う。
 結局途中で見張りに見つかってしまい、やむを得ず殺してしまった。

 榠聡檸ミンツォンニンは激しく悩んだが、黙っていることにした。
 幸いにしてそのあと犠牲者は僵尸きょうしに変じてしまったため、それ以上の証拠が見つかることも無く炎の中に消え去ったのだ。
 彼らとて、好き好んで殺したわけではない。やむを得なかったのだ。
 そう思い、榠聡檸ミンツォンニンは彼らのことを見逃すことに決めた。

『何事もなかったように装い、何事もなかったように彼らの住む国に帰りなさい。私は全て見なかったことにしよう』

 苦渋の末に出した決断であったが、弟子たちは驚くほど自然に、何事もなかったかのように清林峰せいりんほうから去っていった。

 しかし、それだけでは終わらなかった。
 今度は目撃者が現れたのだ。
 それが五番目の犠牲者。

 彼は榠聡檸ミンツォンニンに「あんたの孫が人を殺すところを見た」と言ってきた。幸いにして彼は金銭を要求するだけだったが、狭い清林峰せいりんほうにおいて弱みを握られるなど絶対にあってはならない。
 仕方なく榠聡檸ミンツォンニンは広場へ彼を呼び出し、男の首を毒の針で傷つけ殺してしまった。

 残る二人も顛末は大体同じ。
 違っていたのは、彼らが脅したのは榠曹ミンツァオだったということ。
 彼らの一人は「清林峰せいりんほうから出て自由な暮らしがしたいから、援助して欲しい」と言い、もう一人は「国王に紹介して欲しい」と言う。

 恐らく彼らはずっと榠聡檸ミンツォンニンの弟子たちが清林峰せいりんほうの外で地位と名誉と金を得ていることを疎ましく思っていたのだ。そして、いつか自分達もその利益を享受する機会を、虎視眈々と狙っていたに違いない。
 泣きついてきた榠曹ミンツァオに懇願されて、榠聡檸ミンツォンニンは彼らを殺す手伝いをするほかなかった。

 脅した手前、彼らもさすがに殺されぬようにと警戒をしていたようだったが、結果は変わらず。
 二人で体を抑え込み、毒を飲ませて殺した――。

「こんな貧しい暮らしの中で、いったいこれからどのような希望が見いだせる? いくら技術を持っていても、助ける術を持っていても、このような隠れ里のような場所ではそんなもの無価値! この清林峰せいりんほうの名を広めるため、清林峰せいりんほうの名誉と栄光のためなのだ!」

 叫ぶ榠聡檸ミンツォンニンを冷めた目で煬鳳ヤンフォンは見た。凰黎ホワンリィが言ったことが真実ならば、かつての彼は身を粉にして人々を救った。
 それなのに、同じ人間がこうも残酷になることができるとは。

「違うな。あんたがこんなことをしたのは、自分自身の欲のためだ。名誉のためでもなんでもない」

 煬鳳ヤンフォン榠聡檸ミンツォンニンに言い放つ。初めに会ったときは、確かに彼のことを弟子思いの医者だと思っていた。しかし、いまは違う。

清林峰せいりんほうの名誉のために清林峰せいりんほうの人間を六人も殺したのか? 人を助けるために人を殺すのか? しかも国王や金持ちばかりで、助けたあとはちゃっかりお抱え医師になってるしな。清林峰せいりんほうのためなんて嘘もいいところだ。お前は、お前らは自分たちの名誉と富と地位のためだけに、他人の命を踏みにじった。医者でも何でもない、ただの人殺しさ」

 煬鳳ヤンフォンを神医に会わせたい一心で、凰黎ホワンリィ五行盟ごぎょうめいから仕事を引き受けここまでやってきた。その気持ちを無碍にしてしまう申し訳なさはあったが、それでも榠聡檸ミンツォンニンのような神医に診てもらうのは願い下げだ。

「危ない!」

 凰黎ホワンリィの声で煬鳳ヤンフォンたちは飛び退る。青白い雷光が迸り、床に炸裂した。

「しまった……!」

 うかつだった――榠曹ミンツァオが放った雷撃は攻撃のためではなく、逃げるための手段だった。彼らも清林峰せいりんほうの門弟であり、また榠曹ミンツァオ榠聡檸ミンツォンニンの弟子でもあるのだ。
 軋んだ音を立てて床は崩れ落ち、その場にいたミン祖孫そそんを下の階へと逃がしてしまった。部屋にはまだ青白い炎が、雷光と共にくすぶっている。冬場の木々は燃えやすい、このまま放っておけば火事になってしまうだろう。

煬鳳ヤンフォン! ここは私に任せて、貴方はミン祖孫そそんを!」
「分かった! 行くぞ清粛チンスウ!」

 言うや否や煬鳳ヤンフォンは穴から飛び降りる。吹き込む風に、二人は開いた窓から逃げ出したのだとすぐに理解した。
 窓枠に手をかけひょいと表に飛び出すと、走ってゆくミン祖孫そそんの後ろ姿がすぐに見える。

黒曜ヘイヨウ、あいつらを阻め!」

 煬鳳ヤンフォンが叫ぶと、さっきまで光の珠だった黒曜ヘイヨウは黒い鳳凰の姿へと化身する。黒く燃え上がる翼は夜の中でもなお昏く、それでいて不思議と明るい。黒曜ヘイヨウは鳴き声と共にミン祖孫そそんに向かって飛んでゆく。
 黒曜ヘイヨウの後を追いながら頸根くびねがジリジリと焦げ付くような熱さを感じる。――このことを凰黎ホワンリィが知ったら、きっと悲しむだろう。けれど今は仕方ないのだ、そう言い聞かせて煬鳳ヤンフォンは走った。

「うわぁ、なんだこいつは!」

 ミン祖孫そそんの前に躍り出た黒曜ヘイヨウが燃える翼で祖孫そそん威嚇いかくする。祖孫そそんは巨大な鳥の出現に驚いて足を止めてしまった。
 黒曜ヘイヨウ煬鳳ヤンフォンの霊力が増せば増すほど、比例して大きくなるし強くなる。いまは大した力を出してはいないが、それでも大人二人分の大きさの鳥が翼を広げているのだ。
 すかさず煬鳳ヤンフォンは彼らの動きを封じるべく懐より呪符を取り出したが、それを使うより早く黒曜ヘイヨウを慌てて引き戻した。

黒曜ヘイヨウ、避けろ!」

 白い電光が煬鳳ヤンフォンの横を走り抜ける。刃物のように凄まじい電撃と風圧で大地が削れ、風が掠っただけなのに頬が熱気でひりついた。間一髪、先ほどまで黒曜ヘイヨウがいた場所を焼き尽くし、ぐるりと榠祖孫そそんの周りを包み込む。光の筋が壁となり、ミン祖孫そそんは光の檻の中に閉じ込められてしまった。

「なんだありゃ……結界の中に閉じ込めたってことか!?」

 一歩間違えたら黒曜ヘイヨウが焼き鳥になるところだったかもしれないし、その力が煬鳳ヤンフォンに返ってきたかもしれないのだ。なんという無茶をするのだろう。

(こんなアホみたいなことをやるやつは……)

 嫌な予感がして後ろを振り返ると、奴はいた。

「はーはっはっは! 悪人のいるところ、雷靂飛レイリーフェイあり!」

 案の定、それは雷靂飛レイリーフェイの仕業だった。
 さっきまでぐっすり眠りこけていたやつがいう台詞とは思えない。確かに彼の雷撃は見事なものだったが、周りの者まで巻き添えにしかけるのはいかがなものだろうか。だから霆雷門ていらいもんは駄目なんだよ――そう言いたかったが、この男に何を言っても恐らく無駄だろう。
 しかし同時に凰黎ホワンリィが言っていた言葉は真実だったとも思い直す。

 ――万に一つ雷靂飛レイリーフェイに何かあったとしても、彼なら無事に切り抜けられるでしょう。

 確かに何かあったが、全く問題は無かった。
 それを見抜いた凰黎ホワンリィは凄い。
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