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愛ってなんぞや

第三十一話

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 バルド王国軍に後始末を任せ、カヒル国軍はバルド王国を後にすることにした。
 ヘリオスは是非ともバルド王国で休んでいってほしいと、しきりに引き止められたが、大量の捕虜に第一の門の確認と第二の門の修理、人員の配置など勝ち戦ではあったが、満身創痍なバルド王国軍に負担はかけられないと、固辞した。

 ぶっちゃけ戦の後始末は面倒くさい。
 どうせ野営になるのなら気心の知れた仲間内だけの方が気が楽だ。
 国同士のやりとりはレオンハルト達、政務官が問題なく行うだろう。



「ディアナはどうする?」

「どうするとは?」

 第三兵団に引き上げの命令を出したので、団員達が集まり準備をしている。準備といっても獣化して身一つで行軍してきたのだから、すぐにでも出発できる。

「いや、せっかくだからバルド王国に帰ったらどうだ?」

 結婚して一年たらずだが、懐かしい祖国は目と鼻の先だ。なかなかできない里帰りを提案してみてもいいだろうとバルドゥルは思ったのだ。

「バルド王国に帰る、ですの?」

「ああ、せっかくだから帰った方がいいかと……」

「わかりました。帰ります。」

 ふいっとディアナは顔をそらすと、ヘリオスの馬に素早く跨ると猛烈な勢いで走り出した。

「うえっ?ディアナ??」

「あ!ディアナ、私の馬だぞ!!」

 瞬く間に小さくなっていくディアナの姿を見て、バルドゥルは獣化し、後を追う。

「スミノフ!後は頼んだぁぁあ!!」

 一瞬でトップスピードまで上げたバルドゥルの声が、ドップラー効果を生みながら響き渡り、土埃と共に消えていった。




「あー。……それじゃあ我々はこれで。」

 第三兵団は逃げ出した。










「マーズ、お利口さんですね!頑張って走ってください。」

 兄の愛馬のマーズはディアナの指示にも嬉しそうによく従う。
 そして、今は自分と並走する猛獣に慄きながら、ディアナのために走り続けているのである。

「そうか、お前はマーズか。
 よしよし、いい子だ。ゆっくり止まれ!」

「マーズ!!」

 肉食獣の威嚇に負けたのか、マーズは次第にスピードを落とし、なんとなく申し訳なさそうにディアナの方に視線をやって止まった。

「悪かったな、ご主人の命令をやめさせて。」

 獣化を解いたバルドゥルは急いで手綱を取り、全力で走ってきた馬の首筋を優しく叩くと、気にするなとばかりにマーズはぶるるるっと鳴いた。
 実際、主人はヘリオスなのでそれほど後ろめたさは無いが、いつに無いディアナの様子に気遣うような様子を見せる。気遣いのできる馬である。


「どうして付いてくるのですか?!」

 マーズの手綱を握られたディアナが、不思議そうな顔で聞いてくる。

「ディアナこそ、どうして一人で駆け出したりするんだ!」

「だって、帰れと言ったのはバルドゥル様ですよ。わたくし、帰されるなら一人で帰れますわ!」

「帰れなどと言っていないぞ。バルドにはと言う習慣はないのか?」

「里帰り……

 ……っ!!!!」

 
 両手で顔を覆ったディアナがブンブンと頭を横に振る。

「わ、わたくしっ!好き放題してるから!…ついにバルドゥル様に、愛想を尽かされたのかと……」

「えっ?」

「だって、任務中は公務ということですよね?
 公務中にプライベートを混同することはありませんもの。だから、わたくしをバルド王国に帰すのは愛想がつきたのだと。」

 いや、結構混同してる奴は多いのだが、完璧な王太子妃だったディアナにとっては、ありえないのだろうか。
 バルドゥルは第三兵団の面々を思い出す。
 多分この後、国境まではおとなしいだろうが、国境を越えたら、任務完了予定日までは、誰も基地には戻らないだろう。暗黙の了解だ。


 ディアナは思い込みで突っ走ってしまったことが恥ずかしいのか、両手で顔を覆ったままだ。両手の隙間からはか細い声がきれぎれに聞こえる。

「それに、タル王国軍に啖呵を切ってしまったところ見られてしまって……淑女として!……しゅ、淑女として……行軍の最中にはっ、はっ発情して、ご迷惑を……。

 だから…バルド王国に帰されるのかと思って、だから、一人で帰ろうと……」

 
 ディアナに好き放題している自覚があったのか。

 いつも楽しそうにしているディアナがそんな風にバルドゥルに対して、引け目のようなものを感じているとは思わなかった。

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