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夫婦ってなんぞや

第十一話

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「ディアナさん。こっちもどうぞ~。」
「あ、これは二番町の惣菜やのおすすめです。」
「こっちの野菜グリルも美味しいよ!!」

 ディアナの周りに女性兵士たちが集まり、女子ランチ会が開催されている。
 街でテイクアウトした軽食やこの基地の食堂のメニューなどが並び、ちょっとしたパーティーのようである。彼女たちが言うには月一回の懇親会のような物らしい。
 ディアナの前にはあれこれと料理が並べられ、目をパチパチさせている。彼女たちの勢いもびっくりだが、料理の種類にも驚く。芋類が中心のバルド王国とは違い赤や黄色のパプリカや茄子や葉物も多い。

(お野菜だけでこんなに種類があるなんて。色がすごく綺麗だわ。)

 エビとブロッコリーの乗った一口大の小さなパイグラタンを口に入れる。プリプリのエビの食感とクリームソースが口の中に広がる。

「美味しい。」

「でしょ!でしょ!」

 カヒル国の首都はバルド王国の王都と同じくらい海から離れていたはず。
 バルド王国では日持ちのしないエビを食べるのは、祝いの日などに限られるご馳走だ。バルド王国で魔道具を使い運送するのはとても高価なのである。

(そんなエビが一般庶民の食堂で供されるなんて。やっぱりカヒル国の技術はすごい。)

 王太子妃の時にも学んだが、百聞は一見にしかずとはよく言ったものである。

(ああ、カヒルにきて良かったですわ。)

 知識欲の強いディアナは、その知識欲を満たすために王太子妃になった。女性の地位の低いバルド王国で、女性が学ぶことは歓迎されない。女性が学ぶのは夫を助けるため、夫を立てるための知識だけが望まれる。
 ディアナは王太子妃という地位を使い、貪欲に手に入るだけの知識を追い求めたのである。

 その行き過ぎた知識欲が、番としての本能を阻害しているのではないかと、ディアナ自身考えているが、バルドゥルに理解してもらうことは出来るだろうか。

 そのバルドゥルといえば、女子会の後ろのテーブルに陣取り、お裾分けされたパスタをちまちまとつついている。
 女性同士の話には口を出さないだけの思慮はある。


「うーん、タイラー閣下。番と結婚してもあんまり変わりませんね。」

「うんうん、もっとデロデロの甘々になるかと思っていたのに。」

 急に声を潜めると、内緒話をするように顔を近づける。

「皆さまはバルドゥル様のこと、どう思われているのですか?」

「寡黙。」
「融通がきかない頑固者。」
「無愛想で気難しい!」
「頑固オヤジ!」

「オヤジって!!!」

 彼女たちは弾けるように笑う。
 無愛想で気難しい上司だが、嫌われてはいないようである。
 
「ディアナさんは、タイラー閣下のことどう思ってるんですか?」

 聞きたい聞きたい、という言葉に、ディアナは少し考える。
 出会ってからそう長く無い時間、自分に対してバルドゥルがどう振舞っていたのか、考える。
 突っ走ることがしばしばあるが、そのほとんどはディアナの為を思ってのことだ。


「バルドゥル様は、
 優しくて、情熱的な方ですわ。」

「うわぉ!さすが新婚!!」

「情熱的?暑苦しいの間違い…ゲフンゲフン」


 盛り上がる背後をよそに、バルドゥルは固まる。

(やばい!嬉しいかも…)

 社交辞令だろうがなんだろうが、ディアナが俺のことを好意的に話してくれるだけで、こんなに嬉しくなるなんて…


「ニヤついてんじゃねーよ。」

 呆れたような声と共に、バルドゥルの座る椅子を蹴りつけたのは、バルドゥルと同じくらい巨漢な男だ。軍服の上からでもわかるガッチリとした筋肉は、バルドゥルと同じくらいだが、背は少し高いように見える。砂色の髪に褐色の肌が野生的な感じを強調している。

「ワルター・ドレイル!貴様、なんのつもりだ!」

 立ち上がったバルドゥルは、ワルターに近づき睨みつける。

「色ボケでニヤついているやつに、挨拶に来てやっただけだろう。」

「貴様の挨拶なんぞいるか!とっとと失せろ!」

 お互い斜に構え、顔を近づけて威嚇する様は、チンピラも真っ青な大迫力だ。


 突然始まった喧嘩に、ディアナはびっくりして固まるが、食堂にいる人々は慣れているのか「また始まった」と言った雰囲気である。

「あの方は?」

「ああ、ワルター・ドレイル閣下。タイラー閣下と同じ階級で第二兵団の団長さんだよ。」

 確かバルドゥルは第三兵団の団長だったはずだ。  
 聞けば二人は同い年であり、同じ階級、ほぼ同時期に団長に就任しているということもあり、常に相手をライバル視しているので、こんな衝突は日常茶飯事だという。


「貴様が番を見つけたというのは、本当のようだな。締まりのない顔しやがって。」

「羨ましいからって八つ当たりするんじゃねーよ。」

「はん、貴様の番など羨ましいわけあるか!!」


 掴みかからんばかりに罵り合う二人を見て、本当に喧嘩にならないのか、ディアナは不安に思う。

「あの、これって凄い喧嘩になったりしないのですか?」

「大丈夫!大丈夫!流石に大将同士だからね。軍紀を乱すようなことはしないよ!」

 いつの間にディアナの隣に男が座っている。軍服を着ているが、細身で優男と言った雰囲気で、茶色の目と髪を持つ特徴のないような男である。

「モルゼコフ統合本部長、昨日はありがとうございました。」

 ディアナは優雅に立ち上がると、流れるように挨拶をする。
 統合本部長は軍の実質的なトップ、バルドゥルの直属の上司にあたり、結婚式にも参列していたのである。

「流石タイラー夫人。一度会っただけなのに、よく覚えていたね。」

「一度会った方のお顔と名前は出来るだけ覚えるようにしておりますので。」

 促されて元の席に座ると、何故かサンドイッチを勧められる。ディアナが断ると、モルゼコフは嬉しそうにサンドイッチを頬張る。その姿はとても軍のトップに見えないどころか、新兵に間違われるかもしれない。

「モルゼコフ閣下!勝手に食べないで下さいよう!!」

「ごめんごめん。」

「そうですよ。会費払ってもらいますよ!!」

「あはは、会費払ったら僕も女子会入れてくれる?」

「「「お断りです!」」」
 
 声を揃えて断られたモルゼコフは、仲間外れにするな~!と楽しそうに戯れあっている。
 後ろではバルドゥルとドレイル言い争いはすでに低次元となりまだ続いている。

(これが、軍の食堂なのでしょうか…カヒル国は自由だと聞いてはいましたが、自由すぎませんか?)

 
「でも、タイラー夫人を連れてきてくれたから、今回の女子会費用は補填してあげよう。」

「やったあ!!」

「え?」

 流石のディアナもびっくりする。自分を連れてきたから費用の補填て一体何?

「タイラー夫人、折り入ってお願いがあってね。
 実はここで働いてもらいたいんだ。」

「食堂ですか?残念ながらわたくし、料理はした事ございませんの。」

「いやいや、まさか!」

 惚けた事を言うディアナに、軽い調子を崩す事なくモルゼコフは、自分の階級章をさして言う。

「カヒル国軍統合本部長付事務官として、どう?」
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