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 図書館に女性の姿は減ったが、男性の姿は相変わらずだ。
 夢うつつで聞いた話では、押し込み強盗の一味と変装した警ら隊がいるらしいが、アプルにはもちろん区別がつかない。なので、出来るだけカウンターや他の職員から死角になる場所は避けるようにしている。

 それでも気になるのは、カウンターから死角になるこの棚だ。

「またあの本が入ってる。」

 アプルが梯子から落ちた事故の時、女が持っていた本。あの時、正しい棚に戻したのに、また哲学の棚に戻っていたのである。

 もちろんオーリーとダリルにその話はしたが、特に怪しいところはなかったと言っていた。


 アプルはその本を手に取ると、パラパラとめくってみる。建築の構造理論の本らしく、図解や数字が多いが、特別な何かがあるわけでもない。ページの途中に何かが挟まっているわけでもない。

「考えすぎ・・・かな。」

 もう一度パラパラめくると、一瞬印のようなものが見えた気がした。

「あれ」

 もう一度。ゆっくりページをめくると印のあるページを見つけた。構造計算のページで計算式の中の「23」の数字が丸で囲んである。
 
「?」

 ペラペラと前後のページを確認しても何もないし、この数字は計算式の中の一部なので、特に重要な意味があるとは思えない。

 残念なことに図書館の利用者の中には、本に印をつけてしまう人も確かにいる。「ここは重要なところだから」と言って、線を引いてしまう薬屋の御隠居さんもいる。

 ただの落書きなのだろうか?

 何気に目次を見てみると、目次にも印があった。
 『近代建築の変容・・・・・56』
 「56」に丸印がついている。

「56ページ。56あった!」

 ページを開いて指を滑らせるが、どこにも印はない。

「どういうこと?・・・やっぱり関係ない?」

 もしかして、押し込み強盗の連絡方法とやらの手がかりを見つけたかも!と思ったけど、やっぱりそんなに甘くはない。
 そう思ってページをめくるとまた印を見つけた。

 「い」


「何か、何か法則が見つかれば!」

 先ほど「23」に印がついていたのは・・・125ページ。
 「い」に印がついていたのは・・・55ページ。


 思いついて45ページを開いてみる。
 ページに滑らせる指がムズムズしてくる。真ん中の下の方にはまた印がついていた。
 アプルは震える手で目次を開くともう一度「56」の文字を探す。

「違う。56じゃなくて5だ。・・・5のつくページのことだったんだ。」

 アプルはポケットからペンを取り出すと、紙を探すが紙はない。仕方なく左手の平に見つけた文字を書いていく。

 「ハ、み、る、ト、ン、い、チ、の、15、25、に、ち 、23、0、」

 緊張で手のひらがムズムズして、変な汗のせいで文字が滲んでいる。

 アプルは本を閉じると、本を抱えてカウンターまで急ぐ。閉館間近の館内は人も疎らだが、誰にも見つからないよう慎重に動いて、カウンターの下に本を隠した。

 カレンダーを見れば、確認するまでもなく今日は25日。
 もしこれが本当に押し込み強盗の連絡方法なのだとしたら・・・。

「アプル?」

「ひゃいっ!」

 驚いて変な声が出てしまったアプルはそうっと振り向く。後ろには不思議そうな顔の館長が立っていた。

「どうしたの?顔色悪いけど。」

「・・・館長。」

 心配顔の館長に本のことを知らせようとしたが、まだ館内には人が残っている。この中に押し込み強盗の仲間がいないとは限らない。なんとなく見られているような気がして落ち着かない。
 ここで本を渡して気づかれたら・・・。
 
 ふとアプルは左手のメモを思い出した。

「いえ、もうすぐ閉館時間ですよね。私、この間の事故で助けてもらったお礼をしに、近衛隊のオーリーのところへ行って来ようと思っているんです。」

 話しながら、素早くカウンターの上のメモ用紙に、押し込み強盗の連絡方法を見つけたことを書くと、館長に渡す。

「ちょっとお礼が遅くなってしまったので、できたら今日は早上がりさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ん、ああ。そうだね。お礼に行った方がいいだろう。サボっていたのがバレてから、図書館には来づらいみたいだからね。」

 素早くメモを確認した館長は、全く表情を変えず話を合わせてくれた。

「一人で大丈夫かい?」

「ええ、気にしすぎると困るので、一人で行ってきます。」

「・・・気をつけて。ああ、ついでにこの本をダリル隊長に届けて欲しいんだ。よろしく頼むよ。」

 館長は適当な本を取ってくると、アプルがカウンターの下に隠した本を挟んで、それを大きな布袋に入れて渡してくれた。

「行ってきます。」

 緊張しないよう努めて、アプルは図書館から近衛隊の詰所に向かった。
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