幻獣の棲みか

iejitaisa

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第十七章 ダインスレイヴ

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 モハティは監視カメラの映像を固唾を飲んで見つめていた。
 ハッキリ言って想定外だ。想像以上だった。
 雇った傭兵が、敵兵の首領と思われる男を圧倒していく。
 遅れて参戦したウラオー・ホタルにも、容赦なく蹴りを浴びせている。
 ドローンからの映像がコマ落ちでもしたのかと疑うほど、やつは速く動いていた。
 オーサム・ドレイク、これほどまでに強かったとは。
 そして一方、こちらも規格外だ。
 監視カメラの映像が熱でゆがんでいる。
 赤髪の少女が、基地の中を悠然と進んでいる。
 体の周りに球形に練り上げた炎のバリアをまとって、兵士たちが浴びせる鉛玉を全て溶かしている。炎が巻き上げる上昇気流に、二つにまとめた髪が逆立つようになびいている。その状態で、まるで散歩でもするかのように歩き続けている。
 どうも彼女は、ダインスレイヴの格納庫に向かって進んでいるようだった。
 まさか、炎を扱えるということは、同じように熱の存在を感じ取れるということなのか。
 四つの防御壁を飴細工のように溶かし、彼女は基地の奥へ進み続ける。
 兵士たちはガトリングガンを持ち出し、一斉掃射するが、腰に下げた大剣を持ち出されるともうダメだ。
 朱く熱せられた大剣は、空気そのものを蒸発させるほどの高温を発し、毎秒百発を超える弾丸を一つ残らず溶かす。
 彼女の死角から、ロケット砲で狙う兵士もいた。
 しかし、彼女は振り返りもせず、左手だけを向けた。
 兵士が担いでいたロケット砲は、発射前に砲身の中で爆発した。肩と首の付け根を境に、兵士は真っ二つに裂けた。
 モハティは操作卓を移動し、部下に命じる。
「本当によろしいのですか」
 アジア系の兵士が、怯えたようにモハティを見上げる。
「かまわん。そのために買ったのだ。使わんでどうする」
「まだ我が軍が――」
「このまま戦況が覆れば、やつらはここまでくるぞ。死にたいのか」
 モハティは腰を落とし、兵士の耳元でささやいた。
 兵士は氷水に浸かったように身震いし、追い立てられるように操作卓を叩き始めた。
「はい!……いえ……!」
「全部使え、出し惜しみはするな」
 モハティは彼の肩を叩いて称賛した。
 彼女はいずれ、この総合指令所にたどり着くだろう。
 そして、ここを抜ければダインスレイヴの格納庫は目と鼻の先だ。
 整えねば。
 部下たちに悟られぬよう、音を立てずに杖を突く。デス・スターのようにひとりでに開く扉をくぐって、モハティは進む。
 黒い鉄板で覆われた通路だ。壁にかけてあった巨大な銃を、モハティは右肩に担ぎ上げる。
 真っ白な、鉄ともプラスチックともつかぬ材料で作られたこれは、ウラオー博士の最高傑作の一つだ。大きすぎるアサルトライフルのような形状をしている。普通の銃であれば弾倉が装填されている位置に、大容量バッテリーが搭載されている。ここから供給される電力により、長い砲身を強力な電磁石に変える。撃ち出すのはごくごく小さなアルミ球だ。それでいて、戦車の砲撃より強い。
 グローブをした左手で杖を突きながら、モハティは一人高笑いする。



 フェニアスのせいで電源を喪失していた。その基地の屋上が、絨毯を巻き取られるように開いた。非常電源に切り替わったのだ。
 奥からせり上がってきたのは、おでん鍋のように四角く区切られた巨大な箱だ。一つ一つの区画に、真っ白な円筒形の構造物が収まっている。
 ロケットの発射と同じように、白い構造物は煙を吐いて飛び出した。次々に空へ撃ちあがった。
 ミサイルだ。
 アイングラードの谷をあっという間に超え、城下町へたどり着く。
 飛行機でも、ヘリコプターでもない。また見たことのない兵器がやってくる。
 のっぺりとした白い円筒形の構造物が、上空を高速で飛んで行く。
 あれはなんだろう、空中を飛んでいた守り人の一人は、目の前を通り過ぎた不審物に、羽ばたいて近づいた。

 彼は、空中で爆裂四散した。

 爆薬を積んだ白い棺桶が、街に降り注ぐ。
 逃げる途中だった子供たちや、それを守る母親たちの列へ、ミサイルは次々と着弾する。
 部下を守ろうとした男たちを、頭蓋骨が残らぬまで粉々にする。
 建物を根こそぎひっくり返し、地上を焦土へ変え、人を、個人が判別できないほど細かく破壊していく。


 城壁の外で火柱が何十本と上がった。まだ増えていく途中だ。
「はっ……あぁ……!」
 ホタルはすぐに気付いた。
 グリフォンの力で強化された聴力で、少なくとも五十の爆発音を聞いた。
 それだけで、何百人の命が失われた?
 地震でもないのに、大地が揺れている。
 牛舎が、石の家が、人の破片が、城壁を乗り越えて飛んでくる。真っ白なミサイルが、まだ、どんどんやってくる。爆発はまだ起きる。
 大佐に切りかかるのも忘れて、着弾する先を見つめる。
 城壁の向こうで何が起きているのか、想像するのも恐ろしい。
 爆発音にかき消された悲鳴を、自分はいったい、いくつ取りこぼした?
「なんてことをするの!あそこにはまだ、子供がいるのに!」
 オズワイルドと火花を散らす大佐に、ホタルはすがるように叫びあげる。
「やめて!今すぐやめさせて!」
「言ったはずですホタル様!私は雇われの身だ!この侵略戦争の!かじ取りをする立場にない!」
 大佐は蒼い瞳をらんらんと光らせて、オズワイルドの薙刀を振り払う。左手で彼を殴りつける。不死鳥隊の隊長は、胸のあたりを押さえ、血を吐き出しながら後退する。
「責任をなすりつけて!それが大人のすることか!」
 ホタルは奥歯が砕けるほど噛み締め、ヴァルキリーの武器を大佐に叩きつけた。大佐はかぎ爪をひょい、と捻って受け止めた。悔しくて何度も切りつけたが、大佐はチャンバラごっこに付き合う父親のように軽々と受け止める。
「ならばなぜ戦う!なぜ抗う!幻獣が何をした!何を与えた!扉を開けてこの世界から出て行く!たったそれだけで助かった命だ!」
 オズワイルドが戦線復帰する。彼と交互に攻撃を繰り出しながら、ホタルは魂を込めて訴えかける。
「そんなことをすれば!幻獣の命が奪われる!それを許さなかったから!フェニアスさんは戦ってる!」
「神が作ったからなんだ!神聖だからなんだ!それが!一人の人間を!3000年も閉じ込める理由になるのか!!」
 大佐はウォーッと唸って、全身に電撃をまとった。ホタルとオズワイルドは、かぎ爪のたった一振りで弾き飛ばされた。
 悲鳴を上げることも、呼吸をすることもできなかった。
 気付いた時、ホタルは、地雷が作ったクレーターに顔を突っ込んでいた。
「ぶ……うぶぅ……」
 顔を上げると、城壁内の惨状がよく見えた。
 城への道で力尽きているケンタウルスたち。守り人に八つ裂きにされた名もなき兵士たち。地雷に飛ばされた足、腕、頬の肉片。おびただしい数の死で、ここは埋め尽くされている。
 ジェットエンジンの轟音があちこちから飛来する。
 フェニアスではない。モハティの爆撃機たちだ。
 ひゅうぅ、ひゅうぅ、ひゅうぅうぅう……チョコボールを落とすくらい簡単に、対地ミサイルがばらまかれる。
「はぁ……はぁ……はぁ、はあ……!」
 届かない。
 どれだけ手を伸ばしても届かない。
 城壁の向こうで、地面の裂ける音が立て続けに聞こえる。
 悔しい。
 また人が死ぬ。
 悔しい。
 誰一人、救うことができない。
 悔しい。
 飛んでくる死体の中に、大佐の部下たちのヘルメットまで混じっている。
 ちくしょう!
 バチバチと、周囲の空間に放電しながら、大佐が身震いしている。オズワイルドは少し離れたところで倒れている。
 ホタルはオズワイルドのところまで這って行き、肩を揺さぶった。彼は生きていたが、気を失っていた。美しい頬に、吐き出した血の痕がべっとりついていた。
 逃げなければ。
「くっ……!んん……!」
 ホタルはオズワイルドの脇の下に体を潜り込ませ、二メートルあろうかという長身を持ち上げた。グリフォンの力は、それすら可能にした。
 気を失ってなお、オズワイルドは薙刀を固く握りしめたままだった。その戦闘本能に脱帽した。
 ホタルは背中から金色こんじきの翼を振り上げ、飛び立つ。左肩にオズワイルドを担ぎ、右手にヴァルキリーの武器を持ち、ぶきっちょな羽ばたきで、一路城を目指す。
 振り返ると、大佐が、大きな背中を丸め、苛立ったように唸っている。
「グウウゥゥゥゥ……龍め……言うことを聞け……!」
 その背後にもっと恐ろしい生物が潜んでいる気がして、ホタルは顔を背けた。
 羽ばたきを今一度強め、穴の開いた踊場へと急いだ。

「グオオオオオオォォォォォォォ!」

 大佐の大咆哮に襲われ、ホタルは二メートルも落下した。
 空気が、恐怖に震えている。
 息が詰まる。喉を絞められたように苦しい。羽ばたけど羽ばたけど、上昇できない。
 大佐が地面を殴りつける。地の底まで見える地割れが起き、城まで届く。
 その衝撃は、固い石の壁をも襲った。
 フェニアスの城が、守り人たちの歴史と権威の象徴が、てっぺんまで真っ二つに割れた。


 耳元で無数のハチが飛び回っているようだ。
 けたたましい羽音に、フェニアスは顔をしかめる。
 目当ての兵器にはたどり着いた。我が城にも入り切らぬほどの巨大な構造物だ。大きな砲身が張り出し、熟れたカマキリの卵のように、内部が桜桃色に光っている。
 聞かなくてもわかる。これがダインスレイヴだ。だからこそ、やつがここにいる。
 モハティ・ルドヴィングが!
 やつはダインスレイヴの後ろで、肩に巨大な銃器をぶら下げ、グローブをした左手に石板のようなものを持って立っていた。そして今、右手で石板の表面をなぞった。
 プロペラのついた機械式の鳥たちが、編隊を組んで飛び回る。小さなガトリングガンが、フェニアスの胸元を寸分たがわず狙っている。
 フェニアスは蹴爪のヒールを爆発させ、飛び上がる。さっきまで立っていた空間を、無数の銃弾が薙ぐ。
 ダインスレイヴのメンテナンス用に造られた、入り組んだ通路を飛び越え、機械鳥たちを振り切ろうと飛び回る。
 しかしダメだ、総勢十五機の鳥たちは、一糸乱れぬ動きでフェニアスの後を追う。
 弾切れになったガトリングを切り捨て、鳥たちは腹をパカリと開いた。姿を見せたのは、えんぴつのように小さなミサイルだ。
 放たれるミサイルに手の平を向け、高温で熱する。次々と誘爆させる。生まれた炎の渦を、自らの炎と混ぜ、巻きとる。右手の周りに、炎の竜巻として定着させる。
 狙うはダインスレイヴ、そしてモハティ・ルドヴィングだ。
 まとめて蒸発させてやる。
 熱でゆがんだ視界の中、フェニアスはたしかに狙いを定めた。

 はずだった。

 ガラスの表面を針でなぞったような音だった。
 フェニアスは撃ち抜かれた。
 なんだ!?
 何が起きた!?
 右腕の、肘から先の骨がまとめて砕け散り、次の瞬間には付け根の痛み以外、全ての感覚が消えた。
 ホタルの言葉を、フェニアスは思い出す。
 この百年で、人類はいったい、どれだけの兵器を生み出してきた!?
 亜音速で何かが飛んでくる。
 視認できない。
 炎の壁で防ぎきれない。
 弾丸が溶け切る前に、フェニアスの身体は撃ち抜かれる。
 今度は右肩だ。
 モハティの持っていた銃か、人が担げる大きさなのに、大砲のような威力だ。
 フェニアスは格納庫の端まで飛ばされ、天井近くの壁に打ちつけられる。地面まで十数メートルもずり落ち、腰の骨が砕ける。
 十五機の機械鳥たちが、編隊を組んでやって来る。腹を開き、えんぴつのように小さなミサイルを見せる。
 治癒の炎が間に合わない。防御の炎も、出すことができない。身体が、もう、動かない――
 ミサイルの猛攻が来る。
 フェニアスは次々と襲う爆炎に身を焼かれる。
 腕が、足が、へし折れる。肉が焼け、内臓が焦げ、意識が、格納庫を飛び越え、彼方へと飛んで行く――――


 城の中を進んでいたワタルたちは、突然の地震に面食らう。
 床が突然バックリと割れ、自分が今立っているところと、これから進む先の廊下が、三十センチもズレた。
 反対側にいたルーと、思わず手を伸ばしあった。
 空いた隙間からは、激戦繰り広げられる青空が見えた。翼を生やした守り人が、爆撃機のコクピットに取りついている。
「ワタル!」
「ホタル!」
 階段の方から幼馴染が飛び上がって来る。
 抱えられていたオズワイルドが、目を覚まし、身をよじり、廊下に着地する。ホタルはそのまま滑空して、ワタルの頭上を越える。割れ目の向こう側へヴァルブレイカーを振り下ろし、ルーの背中を貫こうとしていた銃弾を切り裂く。
 階段から登って来る敵兵をオズワイルドが、目的地へと続く廊下をホタルが、それぞれ一騎当千の力で撃破していく。オズワイルドなど、鼻血を流したままだというのに、鬼のように強い。
 ワタルは割れ目を飛び越え、ルーに手を引かれて加速する。兵士の脇を通り抜ける時、斧を反対向きにぶつけて卒倒させる。
 ホタルはヴァルブレイカーを目にも止まらぬ速さで振り回し、敵の銃撃を全てはじいて行く。敵兵との距離を詰め、ヴァルブレイカーの切っ先を振り上げる。
 彼女は優しい。刀身を横に向け、平らな面で、兵士の頭をカチ割れない程度に叩く。ヘルメットこそ砕け散るが、兵士たちはみな生きたまま、その場に倒れていく。
 ナイフを持ったリンドと、弓矢を操るベルナルグがそこに加わり、一向はついに、廊下を右に曲がる。
 その先には、真っ赤な絨毯が敷き詰められた部屋がある。入り口の大扉は開かれたままだ。教えられた情報が正しければ、あそこが王の間だ。
 ここに来るまで死ぬほど走ってきた。喉はからからだし、少しでも気が緩めばたちまち泣き出してしまいそうだ。それでもワタルは、太ももを叩いて走り出した。
 先陣を切るホタルと、両翼を務めるリンドとベルナルグ、自分の周りで高速移動を続けているルー、後ろからの敵を封じるゲンキとオズワイルド。彼らに負けぬよう、ワタルは果敢に立ち向かう。銃撃を繰り返す敵を、協力して撃ち破りながら、城の真ん中へ向かう。
「隊長だ!」
「撃ちかたやめ!撃ちかたやめぇーっ!」
 後方の兵士が叫んだ、その直後だった。
 こんなに恐ろしい生き物を、ワタルは見たことがなかった。
 怒り狂う大佐は、あまりにも速すぎて、廊下の角を曲がりきれなかった。

 だが止まらない。

 壁まで駆け上ると、そのまま壁面を走り出した。
 人であることを捨て、四足歩行になって、物理法則を無視した化け物のようにでたらめな歩幅で走って来る。
 大佐が通り過ぎたあとから、石の壁が一つ残らず砕け散っていく。
 ゲンキが甲羅を掲げて立ちふさがるが、大佐は壁を凹ませて飛びつき、甲羅もろともゲンキを王の間まで吹き飛ばす。ワタルのすぐ横を、オレンジの髪が残像となって抜ける。
 どごぉ、と轟音を立て、王の間から煙が上がる。ゲンキの甲羅が、部屋の中にあった電子機器に突き立っている。
 王の間にいた兵士たちは何もせず、固唾を飲んで見守っている。
 まるで、ジャマをすれば自分たちが先に殺されてしまうと怯えているように。


「誰が3000年生きた……」
 薙刀握るバーンアウトを睨みつけ、ドレイクはつぶやく。
「誰がこの秘境を守ってきた!」
 廊下の空気が張り裂けんほどに叫ぶ。
 守り人全員が、武器を取り落としそうになるほど震えている。
 その様すら腹が立つ。
「ぉ前か!?」
 バーンアウトを指さす。
「違ぁう!」
 そしてすぐに否定する。
「フェニアス・バックスだ!」
 ホタルを、その友人を、彼らを守るように立つ守り人を睨みつける。
「感謝もされず……労いの言葉も貰えず……それでも、それこそが自らの使命と信じ……3000年もの間守ってきた!」
 廊下はしぃん、と静まり返っていた。
 ここで動き出せば、オレに一瞬で息の根を止められると、全員が感じ取っているようだった。
 そうとも、その通りさ。
 百年前のあの日から、オレはこの世のすべてがちっとも、これっぽちも、ミジンコの指先ほども気に入らない!
「お前たちにわかるのか!?十六の少女が、たった一度の覚悟で!無限の孤独を味わう絶望を!幻獣の棲みかが存在する限り!フェニアス・バックスは囚われたまま死ぬことも許されない!それ以外には!人類を滅亡させるしかないだろう!」
「狂っている……!そんな理由で!神が作りし幻獣を、絶滅の危険に晒すとは……!」
 バーンアウトが、おぞましいものでも見たかのように後ずさった。
 ドレイクは舌なめずりして、不死鳥隊の隊長を睨みつける。
「狂ってけっこう……愛とはもとより狂気の沙汰だ!お前はフェニアスのためになにができる!」
「この身を捧げるさ!私の命を!」
「じゃかあしいわぁ!若造がぁ!」
 怒りが、稲妻となって体中を駆け巡った。
 左手でバーンアウトの頭を掴むと、銀髪の軌跡を残して床にたたきつけた。
 石造りの廊下が砕け散る。やつの顔が破裂し、歯と血とが宙を舞う。
「貴様の命一つ程度で、土俵に上がれると思うなよ!」
 虫の息になったバーンアウトに、ドレイクは唾を浴びせる。
 ホタルがすぐさま駆け付ける。わかっている。そういうお人だ。
 ヴァルブレイカーを持つ彼女の手首を、素手で掴みあげる。振り向きもせず、それ以上反応もしない。今オレが怒りをぶつけるべきは、バーンアウトなのだ。
「男なら、一億年語られる悪行を背負い!人類史すべての罪をかぶると言ってみせろ!それで初めて!愛を語る権利をやる!」
「そこまで愛しているなら!どうしてフェニアスさんの願いに気づいてあげないの!?」
 ホタルの言葉が心の奥をなぞる。
 ひっかくと言った方が近いだろう。
 蒼の力が、自分の意志とは関係なく駆け上って来る。喉の内側を、ビリビリとマヒさせる。
 あぁそうか、オレは心底頭に来ているのだ。
 龍が抗いきれぬほどの怒りを、この女に感じているのだ。
「お前たちがそうやって言うから!フェニアス・バックスは死ねないんだろぉぉがあぁぁぁぁ!」
 覚悟は決まった。
 ドレイクはバーンアウトを蹴り飛ばし、また王の間の電子機器にうずめた。
 ホタルの手首を捻り上げ、友人の方へ投げ飛ばした。
 慌てて動き出した銀髪の女と、踊り子の少女を、彼女らより速く動いてしこたまぶん殴った。
 フレスベルグの盟約者が緑の矢をつがえていたが、弓を引き絞る前に首根っこを掴み、こいつもまた、王の間に投げ飛ばした。
「オレが救いたいのは、今も昔も変わらない」
 ワタルを押しのけて立ち上がったホタルが、ヴァルブレイカーを持ち上げようとしている。
「オレが救いたいのは一人の人間だ」
 手が勝手に、拳を握りこむ。
 注がれる力の奔流に逆らうことなく、全てを受け入れ、全てを吐き出す。
「たった一人の人間だ!」
 ホタルの小さな体を、ピンポン玉のように吹き飛ばした時。
 ドレイクはようやく我に返った。
 元の色に戻る視界――破壊しつくされた機械の数々――怯えて、失禁までしている部下たち――壊滅的な被害を受けた守り人たち――燃えるような、赤い、絨毯――――違う。
 燃えるような色をしていたのは、違う。
 手が止まる。足が止まる。
 記憶に思考を奪われる。
 そして思い出す。


「あぁ――――――――」
 炎の中で、フェニアスは息を吹き返す。
 まだ死ねないのか、これほどのダメージを負っても、まだ。
 ほくそ笑んだモハティが、杖を突きながら近付いてくる。
 フェニアスは桜色の炎に浸かりながら、追憶の旅へと向かう。
 瞳を閉じれば、昨日のことのように思いだす。


「隊長!?」
 遅れてあがってきた兵士たちが、反対側のドアから入ってきた兵士たちが、自分を呼んでいる。
 洞窟の向こうから呼びかけられたように、薄ぼんやりとした声だ。
 ドレイクは、違う。
 違うものを見ている。



 最も美しい記憶を。
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